第22話終わり
「……臣民ハ、国体ヲ護持シ……」
昭和二十年、八月十五日。
正午の照りつける太陽の下、診療所のラジオから流れてきたのは、雑音の混じった、酷く重々しい「陛下の声」だった。
何を言っているのか、最初はよく分からなかった。けれど、ラジオを囲んでいた先生や村の人たちが、その場にばさばさと崩れ落ち、声を上げて泣き始めたのを見て、私はすべてを理解した。
日本が、負けたのだ。戦争が、終わったのだ。
「終わった……本当に、終わったのか……」
先生が顔を両手で覆い、肩を震わせて呟いていた。村のおばさんたちも、地面に伏して激しく泣き叫んでいる。
私の胸の中には、一言では表せない巨大な感情の嵐が吹き荒れていた。
生まれ育った自分の国が敗れたのだ。お父さんやお母さん、そして拓也が命をかけて守ろうとした日本が、敵の国に屈してしまった。その事実に対する、言葉にできない悔しさと、これから私たちはどうなってしまうのだろうという、底知れない恐怖が頭を支配する。負けた私たちは、アメリカの人たちに酷い目に遭わされるのだろうか。そんな不安が、胸を暗く押し潰そうとする。
けれど、その悔しさや不安のすぐ隣で、胸の奥から止めどなく溢れてくる、もう一つの強い感情があった。
(あぁ……よかった。これで、これ以上爆弾が降ってこないんだ)
(もう、誰も死なさなくていいんだ……!)
そして何より、山に隠れているロバートが、これ以上憲兵さんに怯え、殺される恐怖に震えなくて済む。国が負けたことを悲しまなければいけないのに、胸の奥で確かに灯ったその「うれしさ」に、私は激しい罪悪感を覚えた。でも、もう誰も死なないという現実は、私の心を涙が出るほどに救い上げていた。
私は大人たちの泣き声に背を向け、診療所の勝手口から外へと飛び出した。
もう、大人の目を盗む必要なんてない。遮光カーテンを閉める必要も、お参りの嘘をつく必要もないのだ。
私は夏の生ぬるい空気の中を、ただロバートの待つ秘密の洞窟へと、がむしゃらに走り出した。
「ロバート……! ロバート……!!」
息を喉の奥で詰まらせながら蔦をかき分け、洞窟の中へ飛び込む。
奥にいたロバートは、私の足音に気づいてすでに立ち上がっていた。その碧い瞳は、村の人たちから聞いたであろう外の騒がしさを察して、じっと私を見つめていた。
「陽子……。戦争が、終わったんだね」
「はい……。日本が、負けました。みんな、診療所で泣いています」
私はその場にへたり込み、堪えていた涙をボロボロと流した。
「悔しいんです。国が負けたのが、お父さんたちの生きた国が負けたのが、本当に悔しい。……なのに、これでロバートが死ななくて済むんだって思ったら、私、すごく嬉しくて……。こんなこと思うなんて、私は本当に非国民で、悪い子です……っ」
泣きじゃくる私の前に、ロバートが静かに膝をついた。私を巻き込まないために「自分の身を第一に」と言ってくれた、あの優しい手が、私の泥だらけの小さな手をそっと包み込んでくれた。
「陽子。ユーは何も悪くないよ。国が負けたことを悲しむのも、命が助かったことを喜ぶのも、どちらもユーの本当の心だ。……私たちは、生き延びたんだ。これから世界がどう変わるか、私にも分からない。でも、もう私たちは『敵』じゃない。これからは、あの約束の未来へ向かって歩き出せるんだ」
ロバートの優しい日本語が、私の頑なな心を包み込み、引き裂かれそうだった葛藤を静かに鎮めていく。
顔を上げると、洞窟の隙間から差し込む夏の強い光の中に、あのマリーゴールドの花が、まるで私たちの新しい始まりを告げるように、黄金色に輝いていた。
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