↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
空襲ですべてを失った少女は家族を奪ったはずの敵兵と恋に落ちる  作者: にんじんさん


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
22/37

第22話終わり

「……臣民ハ、国体ヲ護持シ……」


 昭和二十年、八月十五日。

 正午の照りつける太陽の下、診療所のラジオから流れてきたのは、雑音の混じった、酷く重々しい「陛下の声」だった。


 何を言っているのか、最初はよく分からなかった。けれど、ラジオを囲んでいた先生や村の人たちが、その場にばさばさと崩れ落ち、声を上げて泣き始めたのを見て、私はすべてを理解した。


 日本が、負けたのだ。戦争が、終わったのだ。


「終わった……本当に、終わったのか……」


 先生が顔を両手で覆い、肩を震わせて呟いていた。村のおばさんたちも、地面に伏して激しく泣き叫んでいる。


 私の胸の中には、一言では表せない巨大な感情の嵐が吹き荒れていた。

 生まれ育った自分の国が敗れたのだ。お父さんやお母さん、そして拓也が命をかけて守ろうとした日本が、敵の国に屈してしまった。その事実に対する、言葉にできない悔しさと、これから私たちはどうなってしまうのだろうという、底知れない恐怖が頭を支配する。負けた私たちは、アメリカの人たちに酷い目に遭わされるのだろうか。そんな不安が、胸を暗く押し潰そうとする。


 けれど、その悔しさや不安のすぐ隣で、胸の奥から止めどなく溢れてくる、もう一つの強い感情があった。


(あぁ……よかった。これで、これ以上爆弾が降ってこないんだ)

(もう、誰も死なさなくていいんだ……!)


 そして何より、山に隠れているロバートが、これ以上憲兵さんに怯え、殺される恐怖に震えなくて済む。国が負けたことを悲しまなければいけないのに、胸の奥で確かに灯ったその「うれしさ」に、私は激しい罪悪感を覚えた。でも、もう誰も死なないという現実は、私の心を涙が出るほどに救い上げていた。


 私は大人たちの泣き声に背を向け、診療所の勝手口から外へと飛び出した。

 もう、大人の目を盗む必要なんてない。遮光カーテンを閉める必要も、お参りの嘘をつく必要もないのだ。

 私は夏の生ぬるい空気の中を、ただロバートの待つ秘密の洞窟へと、がむしゃらに走り出した。


「ロバート……! ロバート……!!」


 息を喉の奥で詰まらせながら蔦をかき分け、洞窟の中へ飛び込む。

 奥にいたロバートは、私の足音に気づいてすでに立ち上がっていた。その碧い瞳は、村の人たちから聞いたであろう外の騒がしさを察して、じっと私を見つめていた。


「陽子……。戦争が、終わったんだね」

「はい……。日本が、負けました。みんな、診療所で泣いています」


 私はその場にへたり込み、堪えていた涙をボロボロと流した。


「悔しいんです。国が負けたのが、お父さんたちの生きた国が負けたのが、本当に悔しい。……なのに、これでロバートが死ななくて済むんだって思ったら、私、すごく嬉しくて……。こんなこと思うなんて、私は本当に非国民で、悪い子です……っ」


 泣きじゃくる私の前に、ロバートが静かに膝をついた。私を巻き込まないために「自分の身を第一に」と言ってくれた、あの優しい手が、私の泥だらけの小さな手をそっと包み込んでくれた。


「陽子。ユーは何も悪くないよ。国が負けたことを悲しむのも、命が助かったことを喜ぶのも、どちらもユーの本当の心だ。……私たちは、生き延びたんだ。これから世界がどう変わるか、私にも分からない。でも、もう私たちは『敵』じゃない。これからは、あの約束の未来へ向かって歩き出せるんだ」


 ロバートの優しい日本語が、私の頑なな心を包み込み、引き裂かれそうだった葛藤を静かに鎮めていく。

 顔を上げると、洞窟の隙間から差し込む夏の強い光の中に、あのマリーゴールドの花が、まるで私たちの新しい始まりを告げるように、黄金色に輝いていた。


読んでいただきありがとうございます。

評価とブックマークおねがいします。

次回もおねがいします。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。