第21話あなたとの約束
八月に入ると、戦争の激しさはさらに狂気を増していった。
日を追うごとに空襲の警報が鳴り響く回数は増え、夜が来るたびに遠くの街が真っ赤に燃え上がるのが見えた。診療所に運ばれてくる怪我人の数は増える一方なのに、薬も包帯も、そして私たちの命を繋ぐための食料も、とうに底を突きかけていた。
「陽子ちゃん、ごめんねぇ。今日配給で もらえたのは、これっぽっちの豆だけなんだ」
診療所の手伝いをしてくれているおばさんが、申し訳なさそうに小さな器を差し出す。一日に食べられるのは、ほんの少しの薄いお粥や、配給の豆を炒ったものだけ。お腹が空いて目が眩むような毎日の中で、それでも私は、自分の分のわずかな食料を削っては、こっそりと裏山の洞窟へと運び続けていた。
山もまた、夏の終わりの激しい熱気と、どこか飢えたような重苦しさに包まれている。
「陽子、顔色がとても悪いよ。ユー自身がちゃんと食べていないんだろう」
「大丈夫です……。ロバートの方こそ、また少し痩せましたか? ごめんなさい、これしか持ってこられなくて」
手ぬぐいに包んだ数粒の豆を差し出すと、ロバートはそれを愛おしそうに見つめた後、私と半分ずつに分けて口に入れた。カリリ、と固い音が洞窟の静寂に響く。
「……美味しいよ、陽子。ユーの優しさが詰まっているからね」
「気休めはいいです。でも、本当に大変なことになってきました。村の人たちも、みんなピリピリしていて、いつまでこの秘密が守れるか……」
私の不安を遮るように、ロバートが私の両手をそっと包み込んだ。足の怪我がすっかり完治した彼の大きな手は、以前よりもずっと力強く、頼もしかった。
「陽子。この戦争は、もう長くは続かない。きっと、もうすぐ終わる」
「終わる……? 本当に、そんな日が来るんでしょうか」
「ああ、来るさ。そして、戦争が終わったら……私たちはここを抜け出そう。もうお互いを敵と味方に分けるものが何もなくなったら、私はユーを連れて、この山を降りたい」
ロバートの碧い瞳に、強い決意の光が宿っていた。
「そして、あの時の約束を守るんだ。ユーは立派な医療の人間になって、私はアメリカからたくさんの新しい機械をユーの診療所に贈る。二度と爆弾なんか作らない。ユーが救ってくれたこの命をかけて、今度は私たちが、新しい未来を作っていくんだ。……約束を、守ろうね、陽子」
ロバートの言葉を聞いているうちに、私の目から、ぽろぽろと涙が溢れ出してきた。
恋だとか何だとか、頭での否定なんて、もうどうでもよくなるほどに彼の言葉が嬉しかった。家族を失い、生きる意味を失くしていた私に、彼は『戦争が終わった後の未来』という、まばゆいほどの光をくれたのだ。
「はい……。約束です。絶対に、守りましょうね」
私たちは暗い洞窟の中で、しっかりと指切りを交わした。
外では、まるで私たちの未来を祝福するかのように、黄金色のマリーゴールドの花が夕風に揺れている。しかし、この時私たちはまだ知らなかった。二人が指切りを交わしたその数日後、この国に、そして私たちの運命に、歴史をひっくり返すほどの巨大な『その日』が訪れることを――。
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