第19話嵐の後
それからの日々は、嵐が去った後のように、表向きは穏やかな時間が流れていった。
憲兵隊は「敵の飛行士は谷底へ転落して死亡した」と完全に結論づけ、山狩りは二度と行われなくなった。村の人たちの間でも、あの騒動は「恐ろしい敵兵が山で勝手に死んだ」ということで、すっかり解決したことになっていた。
けれど、私とロバートの秘密が消えたわけではない。
あの日以来、私は前よりもさらに慎重に、周囲の目を盗んで山へ通うようになった。
「陽子ちゃん、今日も山へ行くのかい?」
ある日の昼休み、薬草を入れる籠を持って勝手口を出ようとした私に、あの日私を「非国民」と激しく責め立てた、近所のおばさんが声をかけてきた。
私は一瞬、体が強張るのを感じたけれど、おばさんの目はあの日とは違って、どこか哀れむような、申し訳なさそうな色を帯びていた。
「……はい。少し、様子を見てきます」
「そうかい。……あの日、きついことを言って悪かったね。あんたは優しい子だから、あの男の魂が迷わないように、お参りに行っているんだろう? 敵とはいえ、死んでしまえば仏さまだものね。班長さんにもね、『陽子ちゃんはお参りに行っているだけだから、もう放っておいてあげなさい』って言ってあるからね」
おばさんはそう言って、私の手元にそっと、小さな、でも貴重な干し芋の包みを握らせてくれた。
「その……お供えにでも、使っておくれ」
村の人たちは、私がまだあの場所に通っていることを、なんとなく察していたのだ。でも、彼らは私が「死んだ敵兵の冥福を祈るために、お参り(供養)に行っている」のだと、優しく勘違いして見逃してくれていた。あの日あんなに怒ったおばさんも、本当は私の家族が死んだことを誰より悲しんでくれていて、だからこそ私の『お参り』に理解を示してくれたのだ。
私は胸が詰まる思いで、「ありがとうございます」とうつむいてお礼を言い、山道を登った。
秘密の洞窟に入ると、ロバートはもう、杖がなくても自分の足でしっかりと立って待っていた。
「陽子、今日も来てくれたんだね。……おや、それは?」
「村のおばさんが、お供えにって、干し芋をくれたんです。ロバートがお参りされてる死体だと思われているおかげで、これからは怪しまれずにここへ来られますよ」
私がクスッと笑って包みを開けると、ロバートも「それはありがたいお参りだね」と、干し芋を口に運びながら嬉しそうに微笑んだ。
「日本の干し芋は、噛めば噛むほど甘くて美味しいね。ユーの村の人たちは、本当に優しい。私を激しく怒ったおばさんが、こんなに温かいものをくれるなんて」
「村のみんな、本当は戦争なんてしたくないんですよ。ロバートを隠し通せるか毎日すごく怖いけれど、おばさんの優しさを知ったら、少しだけ救われた気がしました」
「そうだね。私も、ユーや村の人たちの優しさに触れて、自分の国がしてきたことの重さを毎日考えているよ。陽子、ユーの足の傷はもう大丈夫かい? あの日、私のせいで何度も転んで泥だらけにさせてしまっただろう」
ロバートはふと真面目な顔になり、私の膝の擦り傷を心配そうに覗き込んできた。その碧い瞳が間近に迫り、私は慌てて手で膝を隠した。
「これくらい、なんともありません! 診療所の助手ですから、自分の手当てくらいお手の物です。それより、ロバートの足こそ、もう本当に痛まないんですか?」
「ああ、もう走れるくらいさ。陽子が毎日、丁寧に包帯を巻き直してくれたおかげだよ。ねえ、陽子。もしこの戦争が終わったら、ユーは何がしたい?」
「戦争が終わったら、ですか……?」
考えたこともなかった。毎日を生き延びることで必死だったから。私は少し考えてから、ぽつりと言った。
「……また、お父さんやお母さんと暮らしていたあの家を建て直して、先生のお手伝いを続けたいです。今度は、薬がたくさんある診療所で、たくさんの人の命を救いたいです」
「素晴らしい夢だね。ユーならきっと、たくさんの人を幸せにする立派な医療の人間になれるよ。その時は、私もアメリカからたくさんの新しい医療の機械をユーの診療所に贈るよ。だから、絶対にその夢を叶えてほしい」
「ふふ、約束ですよ。嘘をついたら、もう芋はあげませんからね」
ロバートは「それは困るな」と言って、また子供のように声を上げて笑った。
村の人たちの優しい嘘のおかげで、私たちはこうして繋がっていられる。
彼が美味しそうに食べる姿をじっと見つめながら、私は自分の胸の奥が、静かに、でも確かに甘く急き立てられるような感覚を覚えた。これが何なのか、私はまだ言葉にできない。ただ、村の人たちにも内緒の、この薄暗い洞窟の中だけの二人きりの時間が、たまらなく愛おしくて、ずっと続いてほしいと願わずにはいられなかった。
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