第18話守りたい人
涙で視界がぐにゃぐにゃに歪む。
私は診療所の勝手口を飛び出し、もう一度、狂ったようにあの山道を駆け上がっていた。
「嘘だ……嘘だ、嘘だ……!」
何度も足がもつれ、激しく転んで膝を泥だらけにしながらも、私はがむしゃらに斜面を這い上がった。憲兵たちの「殺してやった」というあの残酷な笑い声が、頭の中で何度もリフレインして胸を締め付ける。
ロバートは私を守るために、わざと優しい嘘をついて帰らせたのだ。自分が身代わりになって捕まるつもりだったのだ。そう思うと、悔しさと絶望で胸が張り裂けそうだった。
どうか、せめて幻でもいいから、もう一度だけあの姿を見せてほしい。
息を喉の奥で詰まらせながら、私は這うようにして秘密の洞窟へと滑り込んだ。
「ロバート……っ! ロバート……!!」
暗い洞窟の奥に向かって、私は叫んだ。溢れ出る涙のせいで、目の前が何も見えない。冷たい地面に両手をつき、私は声を上げて泣き崩れた。
手当てをしたあの温かい足も、日本を愛してくれたあのおじいさんの思い出も、昨日繋いだ手のぬくもりも、すべてが幻のように消えてしまったのだと、そう絶望したその時だった。
「陽子? どうしてそんなに泣いているんだい」
暗闇の奥から、聞き覚えのある、少し困ったような、でも信じられないほどに穏やかで低い声が響いた。
「え……?」
ハッとして涙を拭い、顔を上げる。
そこには、衣服の袖を少し破き、顔に少しだけ煤をつけただけの、驚くほどピンピンとして元気なロバートが、岩陰からひょっこりと姿を現して私を見下ろしていた。
「ロ、ロバート……? あなた、死んだんじゃ……」
「はは、死んでないよ。憲兵たちがそこまで来たからね、私が昔着ていたボロボロの衣服を、岩場の奥の深い谷底へ向かって、人間の形に似せて投げ落としたんだ。彼らは勝手に私が足を滑らせて転落死したと勘違いして、谷の上から銃を一発撃って、満足して帰っていったよ。骨の折れた私の足は、ユーがくれた美味しい芋のおかげで、彼らから走って逃げ切れるくらいにはもう、すっかり治っていたからね」
ロバートは白い歯を見せて、いたずらが成功した子供のようにニカッと笑ってみせた。
「っ……、うわぁぁぁん!!」
生きていた。本当に、生きていた。
私は堪えきれなくなって、彼の胸に飛び込むようにしてしがみつき、さっきとは全く違う安堵の涙をボロボロと流した。ロバートは驚いたように身体を強張らせたけれど、やがて、私の小さな背中にその大きな手をそっと添えて、優しく包み込んでくれた。
「心配をかけてごめんね、陽子。私はユーに、生きて故郷へ帰れと言われたんだ。こんなところで簡単に死ぬわけにはいかないさ」
ロバートの胸の鼓動が、トントンと力強く、確かに私の耳に伝わってくる。
洞窟の入り口では、あの小さなマリーゴールドの花が、夕暮れの光を浴びて黄金色に優しく輝いていた。まるで私たちに無事でよかったね、と言ってくれているような、そんな感じがした。
最悪の絶望から一転して訪れた、生きていたという奇跡。彼の確かな体温を感じながら、この命を、何があっても絶対に守り抜きたい。何がなんでも守ってみせる。戦争になんか屈しない。そう決意した。
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