第15話発覚
「陽子ちゃん。ちょっと、そこに座りなさい」
翌朝、診療所の勝手口から中に入った瞬間、冷え切った声が私を足止めした。
薄暗い台所に立っていたのは、先生ではなかった。昨日のお昼、私に「最近よく山に行くね」と声をかけてきた、近所のあのおばさんだった。その隣には、険しい表情をした村の班長さんも腕を組んで立っている。
(これは…ヤバいかも…)
二人のただならぬ空気に、私の心臓がどくんと嫌な音を立てた。ダラダラと汗が伝うのが分かる。昨夜、ロバートと繋いだ手のひらの残っていた温もりが、一瞬にして氷のように冷たくなっていく。
「あの……何か、あったんですか?」
「とぼけんじゃないよ!」
おばさんが突然、激しい声を上げて台所の床をドンドンと踏み鳴らした。その目は怒りと、信じられないものを見るような侮蔑の色で血走っている。
「あんた、昨日の夜、山で何をしてたんだい! 私はね、夜中にあんたが診療所を抜け出すのを見たんだ。怪しいと思って後ろをつけていったら……あんた、あそこの岩場で、敵の飛行士の男と仲良さそうに並んで座ってたねえ!」
「っ……!そんな。!」
頭を大きな鉄槌で殴られたような衝撃が走り、私は言葉を失った。昨夜、背後に感じていたあの冷酷な視線は、このおばさんのものだったのだ。つい夢中になって気づかなかった。なんて愚かなことをしたのだろう…
「班長さん、本当だったろ!? この子は、村のみんなを殺したアメリカの兵隊を、あんな汚らわしい敵を、山に匿って看病してたんだよ! 挙句の果てには夜中に色目を使って……なんて破廉恥な、とんでもない非国民だ!」
「陽子、本当なのか」
班長さんが低い声で私を睨みつける。私はがたがたと震える膝を必死に押さえ、声を絞り出した。
「違います……! 私は、ただ、怪我をしている人がいたから……。敵とか味方とかじゃなくて、診療所の助手として、目の前の命を見捨てられなくて……!」
「黙りなさい!」
おばさんの鋭い怒声が狭い台所に響き渡り、私の言葉を容赦なく掻き消した。
「命を見捨てるなぁ!? よくそんな綺麗な口が叩けるもんだ! あんたの父親も母親も、あの男の仲間が落とした爆弾で死んだんだよ! 拓也ちゃんだって、まだあんなに小さかったのに、真っ赤になって死んじまったじゃないの! 村の他の家だって、みんな誰かを殺されてるんだ! なのにあんたは、その人殺しを優しく手当てして、夜中に逢い引きしてたっていうのかい!?」
「そんな、逢い引きだなんて…そんなつもりは…!」
おばさんの言葉は、正論だった。この時代において、私のしていることは絶対に許されない大罪だ。分かっていたはずなのに、おばさんの口から「拓也」の名前を出された瞬間、胸が引き裂かれるように痛んだ。
「あんたの優しかった親御さんが草葉の陰で泣いてるよ! 敵を匿うなんて、村全体の連帯責任になって、みんな憲兵さんに引っ立てられるんだ! あんたは村中を破滅させる気かい!?」
怒りと恐怖で我を忘れたおばさんの罵声が、容赦なく私に浴びせられる。私はただ下を向き、涙をボロボロとこぼしながら、唇を血がにじるほど強く噛み締めることしかできなかった。
「班長さん、今すぐ憲兵隊に通報しておくれ! あの男も、この非国民の娘も、まとめてしょっ引いてもらうんだ!」
おばさんの叫び声が、診療所の薄暗い天井にいつまでも木霊していた。
逃げ場のない白い光に晒されながら、私の頭の中は、彼のことでいっぱいだった。
(なんとかしなくては。憲兵さんたちが山に来る前に…!)
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