第13話「意味のわからない鼓動」
「陽子ちゃん、最近よく裏山へ行くねぇ。何か良いものでも見つかるのかい?」
お昼の休憩が終わる頃、薬瓶の整理をしていた私に、近所のおばさんが何気なく声をかけてきた。
(やばいやばい。誤魔化さないと。)
冷や汗を垂らしながらも、なんとか答える。
「え……あ、はい。先生に頼まれた薬草を、少し探しに行っているんです。ほら、最近は薬が本当に手に入りにくくなっていますから」
「ああ、なるほどねぇ。こんな時代だもの、先生もやりくりが大変だ。でも、あんまり奥まで行っちゃ駄目だよ。この前山狩りがあったばかりだし、何が潜んでいるか分からないからね」
「はい、気をつけます。」
おばさんはそれ以上疑うこともなく、笑顔で診療所を出て行った。
(ふぅ…よかった。)
なんとか誤魔化せたけれど、心臓がうるさい。村の人たちに怪しまれ始めている。これ以上、山へ通うのは本当に危険かもしれない。
――それなのに。
私の頭の中は、夕方にロバートから言われた、あの言葉が頭から離れなかった。
『陽子。今夜、来れるかい?』
貧相な夕食を終え、夜の九時を過ぎた頃。診療所の遮光カーテンはきっちりと閉められ、外の電灯の光を漏らさない暗闇の時間が訪れた。先生は奥の部屋ですっかり眠りについているはずだ。
私は布団の中で、じっと柱時計の音を聞いていた。
(行っちゃ駄目。夜中に抜け出すなんて、もし見つかったら非国民として捕まってしまう)
(でも……彼は待っている。あの薄暗い洞窟の奥で、一人で)
(ほんとうにどうしよう…)
胸の奥が、昼間走ったときよりもずっと激しく、ドクドクと音を立てている。それが、見つかるかもしれない恐怖のせいなのか、それとも別の「何か」のせいなのか、今の私には分からなかった。ただ、彼に会いたい、彼と一緒にあの星空を見てみたいという、理屈ではない強い衝動が私を突き動かしていた。
私は意を決して布団から這い出ると、音を立てないように木綿の衣服に着替えた。
先生の寝息を確かめながら、勝手口の戸を、ミリ単位で慎重に押し開ける。
ギギ……と、かすかな軋み音が夜の静寂に響き、私は思わず息を止めた。先生が起きる気配はない。私は滑り込むようにして、診療所の外へと抜け出した。
外は、完全な暗闇だった。
どの家も遮光カーテンを閉め切っているため、街灯ひとつない。夏の夜気は、昼間の熱を残したまま、蒸し暑く、私の肌にまとわりつく。
(急がないと)
私は懐中電灯の光を最小限に絞り、足元だけを照らしながら、昼間よりも何倍も不気味に見える裏山の斜面を登り始めた。
風が木々を揺らすたびに、何かが追いかけてくるような気がして、何度も後ろを振り返る。草むらで虫が鳴く声さえ、誰かの囁き声に聞こえて足がすくみそうになった。
それでも、私は歩みを止めなかった。胸の奥のドキドキが、暗闇の恐怖を必死にかき消してくれる。
ようやく、生い茂る蔦に覆われたあの秘密の洞窟の入り口へとたどり着いた。
息を整え、震える手で蔦をかき分ける。
「ロバート……」
小さな声で呟きながら、暗い洞窟の中へと足を踏み入れた。
すると、暗闇の中から、カサリと衣服が擦れる音がして、あの懐かしい大きな影がゆっくりと立ち上がるのが見えた。いつもは木漏れ日だったのに、今は月の光が彼を照らしている。
私はその瞬間、心臓が今までで一番大きく振動した気がした。
「陽子……本当に、来てくれたんだね」
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