第11話「ざわめき」
翌日の昼休み。私は手ぬぐいに包んだふかし芋を抱えた。そして再び秘密の洞窟へと向かった。
昨日、憲兵さんたちが山狩りをしたばかりだから、今日は逆に警戒が薄いはず。それでも、周囲を何度も見回しながら、慎重に草むらをかき分けて進んでいった。本格的な夏が始まり、とても暑い。
しかし、洞窟の中に滑り込むと、ひんやりとした空気に包まれる。前に進むと、暗がりの中で、ロバートを見つけた。私を待っていてくれたのだろうか。
「陽子……。今日も、来てくれたんだね」
「約束しましたから。これ、お昼の残りの芋です。まだ少し温かいですよ」
手ぬぐいごと差し出す。「ありがとう」と受け取り、不器用そうに皮を剥き始めた。なかなかうまく剥げないらしい。祖国では芋を剥いだことはなかったのかな、なんて思いながら微笑ましくみていた。
昨日、この場所で彼と本当の心をぶつけ合った。彼もまた戦争の被害者。今まで、たくさん苦しんでいたのだと分かった。けれど、分かったからこそ、知ったからこそ、今の私はどう彼に接していいのか、何を言えばいいのか、分からず、妙な気まずさが二人の間に漂っていた。
しばらくは外で蝉が鳴く音だけ聞こえた。
この沈黙を断ち切ろうと声をかける。
「あの……足の具合はどうですか? 包帯、巻き直しますね」
「ああ、お願いするよ。……昨日よりずっと、痛みが引いているんだ。ユーのおかげだね。」
私は彼と目を合わせないようにして、足元にしゃがみ込んだ。
彼の大きな足に触れ、丁寧に古い布をほどいていく。先生に教わった通りに手を動かしているだけなのに、なぜか、いつも近所のおじさんたちを手当てするときとは違う、奇妙な緊張感が指先に走る。それは彼が普通の患者とは違うからだろうか。それとも、外人だから?それとも―。
触れているロバートの肌が、昨日よりも温かいような気がして、私はなんだか落ち着かない気持ちになった。
「陽子。本当に、ありがとう。……ユーは、素晴らしい医療の助手だね。いや、もう一人前の医者だね。」
「そんなわけ…私はまだ16歳ですよ…?」
そう言った彼の声が、とても低くて、優しかった。笑ってごまかしたけれど、でも、その声をすぐ近くで聞いた瞬間、私の胸の奥が、トクン、と小さく跳ねた。
(……なんだろう、今の。走ってきたから、まだ息が上がっているのかな)
自分の鼓動が急に恥ずかしくなり、私は慌てて顔を伏せた。顔が少し熱い気がするけれど、それは暑い中走ってきてまだ暑さが体にこもっているせいだ。うん、そうだ、そうに違いない。そう自分に言い聞かせる。
彼が敵だとか味方だとか、そんなことより、今はただ、この静かな空間で彼の手当てをしている時間が、彼と色々話している時間が、彼が芋を食べるのを見る時間が、不思議と嫌ではない自分、それどころか少し楽しみに思うようになった自分に戸惑っていた。
「包帯、結びます。……ちょっと引っ張りますよ」
「うん、大丈夫さ」
大急ぎで結び目を仕上げ、私は逃げるように立ち上がった。早く帰りたい。ここにいると自分の気持が分からなくなる。いや、帰りたくない。もっと話はしていたい。そんな気持ちが心の中に渦巻く。分からない。自分がどうしたいのか。こんなことは初めてだ。
「じゃあ、私はもう戻ります。また明日、何か持ってきますから」
結局、そういったのは帰りの時間が迫ってきてからだった。
「ああ。気をつけて帰るんだよ」
ロバートの碧い瞳を背中に感じながら、私は洞窟の外へと這い出た。
胸の奥の落ち着かないザワザワとした気持ちがずっと漂っている。可能性を否定しようとしながらも、それにあがらえない自分の気持ちに頬を赤ませながら、診療所へ戻っていった。
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