chapter④ 3話
「お帰りなさいませ、ルーク様」
十数名の使用人たちが一斉に出迎える。彼らは皆、エインズワース製のホムンクルスたちだ。両親が「たった一人では心配だから」とよこしてきた者たちで、人間の使用人と同様に、身の回りの世話をさせている。
ルークとしては両親の提案を突っ撥ねたかったが、「別邸を一人で使いたい」という我儘を言ってしまった手前、どうにも拒否出来なかった。
はじめは窮屈だったが、彼らはよく働いてくれており、これだけの人数でも慣れてしまえば何ということもなかった。何より彼らは、余計なことを言わない。
「ルーク様」
部屋に向かおうとすると、メイド長のエリザに呼び止められた。
「お客様がお見えになっております。来客室にてお待ちでいらっしゃいます」
「来客?誰なの?」
「ルナ=ギアハート様です」
それは、ルークがよく知る名前だった。
「……分かった。すぐ行く」
来客室の扉を睨みつける。
こんなことをしていたって埒が明かないことは、ルーク自身がよく分かっている。仕方なく扉を開けると、ソファで寛いでいる赤髪の女性が、ひらひらとこちらに手を振った。
「ルーク君、久しぶり~!元気してた?」
「……僕の両親に命令でもされた?」
「そんなんじゃないって。拗ねないでよ」
「じゃあ何しに来たわけ?」
「悪いけど、大した用事じゃないよ。君に会いたくなっちゃってね~……なんて、君にはこんな冗談通じないか」
「……」
「君、まだ人形師になるのは嫌?」
ワントーン低い声色。軽薄な態度は鳴りを潜め、その赤い瞳は静かにルークを見据えている。
「ま、別に私だって、人形師の仕事に誇り持ってるわけじゃないけどね。お金が入るなら、それでいいの」
「……あんたはなんで、人形師なんかやってるのさ」
「さあね。ほとんど成り行きみたいなもんよ」
他人事のように言って、彼女は立ち上がる。
「私もあんまり偉そうなこと言えないけどさあ。もうちょっとご両親の気持ちを汲んであげてもいいんじゃない?君がホムンクルスを毛嫌いする気持ちもわかるけどね」
「……」
彼女は、自分が何を言っているのか分かっているのだろうか。
彼女もまた、そのホムンクルスであるというのに。
「じゃあね、ルーク君。『研究』、頑張ってね~」
本心でもないだろうに、彼女は励ましの言葉を送りながら屋敷を去っていった。
「本当、何しに来たんだか……」
『不思議な方でございますね!』
◇
翌日、カレッジの廊下を歩いていると、見知った後ろ姿を発見した。ルークはその背中に向かって声を掛ける。
「ハーストさん」
「おや、ルークくんじゃないか。僕に何か用かい?」
声を掛けられ振り向いたのは、厚いフレームの黒縁眼鏡を掛けた、うだつの上がらない風体の青年だった。
「アルドリッジに会いたいんだけど、今どこにいるか知ってる?」
「エドワードくんなら、まだ医療塔にいると思うけど……」
「分かった。ありがとう」
「あーでも……今あそこに近づかない方がいいかも」
「何で?」
「『餌の時間』」
ルークはその一言で、全てを察した。
「ああ、それは厄介だな——」
その時、ぼん、と何かが爆ぜる音がした。
音のする方を見やると、一人の女が空を飛んでいた。
いや、正確には、片っ端から校舎の壁に激突していた。
「ひゃっほ~!やっぱメシの後は気分爽快、最高に気分いいぜぇ~!」
高揚感に満ちた声が、カレッジに響き渡る。
「……あの馬鹿、今回は相当ハイになってるな」
「これはまた、修繕が面倒だね。しっかり請求しなきゃ」
ぎゃはははは、という下品な高笑いが木霊する。周りの生徒や教師は、まるで珍獣でも見学するようにその光景を眺めていた。
いつまで続くのかと観客が見守っていると、女は「ぎゃんっ」と情けない声をあげ、中庭へと落ちていく。
「ベリアル」
地に伏した彼女の元へ一人の男性が歩み寄る。彼に名前を呼ばれた女――ベリアルは、その男を憎々し気に睨み付けた。
「お前が暴れたことで、俺が不利益を被った。さて、お前が次にすべきことは?」
「一々うるせーな、損得勘定野郎!俺は――」
「"跪け"」
「ぎゃんっ」
男の放った一言――そこに込められた魔術により、ベリアルの身体がまたもや地面にめり込んでいく。
それを見て、隣にいたハーストが哀れみの声を上げた。
「うわあ……こんな大衆の面前であんなことされたら、僕は協会で生きていけないよ」
「されるようなことしなければ大丈夫だよ」
「それもそうだね」
集まっていた野次馬たちは、数分で蜘蛛の子を散らすように去っていく。そうして一連の騒動は、まるで「いつもの日常」のように流された。
「丁度いいや。今から会いに行ってくる」
「やめといた方がいいんじゃない?」
「大丈夫。用があるのはアルドリッジだけじゃない」
「尚更良くないと思うけどなあ……」
中庭へ繋がる入口をくぐり、背を向けている男の元へと歩み寄る。
「アルドリッジ」
名前を呼ばれ、男が振り向く。
男は如何にも神経質そうな顔立ちで、今も尚眉間に皺が寄っている。彼はルークの顔を見ると、その皺が一層深く刻まれた。
「相変わらず馴れ馴れしいな、ルーク・エインズワース。見ての通り、取り込み中だ。話なら後にしてもらえるか」
「馴れ馴れしいのは当然だろ。同じ『貴族』の人間なんだから。あと悪いけど、用があるのはそいつの方だ」
ルークは地べたに這いつくばったベリアルを指差し、要求する。
「何を考えているか知らんが、こいつはお前の手には負えないぞ。そもそも、奪いたくとも奪えないけどな」
「勝手に話進めてんじゃねえ……よっと!」
ベリアルは魔術による制約を振り払い、立ち上がる。
足元まで届くほどの長く黒い髪を二つに結わえ、漆黒のジャケットとゴシックドレスという、奇妙な出で立ち。先程暴れ回っていたせいで全身が瓦礫と土で汚れてしまっているが、それらで損なわれぬほど異様な存在感を放っている。
何よりもぎらぎらと輝く金色の瞳が、彼女を一際特異な存在にさせていた。
「ベリアル、お前は自制心が足りない。まあ、自由と快楽が生きがいのお前ら悪魔に言っても無意味か」
「そうだ。俺が一番嫌いなものは束縛だ。そんな俺がこれまでずーっと言うこと聞いてやってんだ。感謝しろよ」
ベリアルの傲慢な物言いに、二人で揃って溜息をつく。
「んで、話ってなんだよガキ。しょうもねえことだったらぶっ殺すからな?」
暴れていた時の上機嫌ぶりと打って変わって、今の彼女はすこぶる機嫌が悪いようだ。
しかしルークは強迫めいた暴言にも臆することなく、簡潔かつ淡々と、彼らに己の要望を伝えた。
「アルドリッジ、こいつを僕に貸してくれ」
忽ち、彼の鉄面皮が歪む。ベリアルも珍しく驚愕しているようで、その金の瞳を見開いている。
「……お前、自分が何を言ってるのか分かっているのか?」
「分かってるから、言ってるんだろ」
「一つ聞くが……何のために、そんなことをする?」
「ただの『研究』だよ。議会も近いしね」
ルークはただ、相手の返答を待つ。ベリアルも同様に、彼の判断を見定めている。
アルドリッジは暫し思案した後、
「今から二十四時間、猶予を与える。ベリアルを貸してやるから、その間までにこいつを満足させろ。それが出来たら、認めてやる」
「あ?お前、勝手に決めんなよ!」
「忘れたのか?お前に拒否権なんて人間らしい権利は存在しない。そういう契約だったろうが」
ベリアルは尚も不満げだったが、「ちっ」と舌打ちして反論を引っ込めた。
「……分かった。条件はそれだけでいいんだな?」
「ああ。精々、取って食われないように気を付けろ」
それは比喩か、それとも言葉通りの意味か。エドワードは挑発的な視線をルークへ送ると、その場を去っていった。
◇
「エドワードくん」
「今度はお前か、ハースト」
「ルークくんと何の話してたの?」
「一丁前に交渉を持ち掛けてきた。だから、ベリアルを貸してやった」
事の次第を聞き、ハーストは絶句した。
「……正気?」
「あいつの『裁判』はもう大昔の話だ。ある程度自由にさせることは、そこまで大事じゃない。ただ――」
エドワードはゆっくりと息を吐き、
「俺が気掛かりなのはただ一つ。エインズワースが見合った対価を払えるか、ということだけだ」




