chapter④ 2話
霊媒体質にも、個人差があるらしい。
ある者は妖精を。ある者は悪魔を。時には、あらゆる怪異を。
自分の場合は、とにかく死霊に好かれるようだった。
体質というよりも、殆ど呪いのようなものだ。
気味の悪い視線に付きまとわれ、その度に気分が悪くなる。その上、あちらも視えていることがわかるとこちらへ狙いを定めてくるのだから、たまったものではない。
酷い時には周囲の人間にも影響が出る始末であり、自分には、何よりもそれが恐ろしかった。
自分はこれからずっと、この呪いと向き合わなければならないのだろうか。そう思うと、悲しくて泣きたくなった。
七年前だっただろうか。
両親はそんな自分を不憫に思い、解決策を探し回った末に、一人の占い師を頼った。
その占い師は、若い女性だった。勝手な想像だが、如何にも怪しげな老婆が出てくると思っていたので、初めて会った時は少し驚いた。
占い師の女性は事情を聞くと、三日後にまた来て欲しいと言い、一度自分たちを帰した。
指示通り三日後に再度出向くと、彼女が渡したのは、死霊除けに特化したという魔除けだった。
かなり胡散臭い話だが、実際その魔除けの効果は抜群だった。体調不良に悩まされることもなくなり、気味の悪い声も一切聞こえなくなった。
これで人生は上向き。もう恐れるものは何もない。
――そう思っていたのだが。
「一つ、忠告なんですが……その魔除けの効果は、絶対ではないんです。あまりに強い霊や、『それ以上の存在』には効き目がありません」
占い師はきっぱりとそう告げた。
「ですが気に病むことはありませんよ。一番大事なのはそんな道具よりも、安心、信頼できる『味方』です」
そう言って占い師は、自分の背後にいる両親へ目配せをした。それだけで彼女が何を伝えたかったのかを、幼いながらも察した。
「ああ、それと最後に――」
七年も前の記憶なんて、最早曖昧だ。
それでも一つだけ、はっきりと覚えていることがある。
「少年。困った時は、いつでも私を頼りなよ」
その占い師は、蛇のような赤い眼を持つ女だった。
◆
スーパーマーケットとは、日常生活に必要なものが大方揃う、有り難い存在だ。例え閉じ込められたとしても、広い店であれば数ヶ月は生きられるんじゃないかと思う。それこそ街にゾンビが溢れたって、ここに立てこもれば一安心だ。なおそういった映画では大抵、その平穏は脆くも崩れ去るのだが。
「スタン、お前さん霊感あるとか言ってたよな?」
勤務中、なじみ客のバーンズさんが唐突にそう尋ねてきた。彼とはこの店で働き始めた時からよくしてもらっており、以来店で顔を合わせる度、こうして他愛もない雑談に興じることが多い。
「そうですけど……なんすか、急に」
「先日、たまたま見ちまったんだよ。火なのか光なのか、ゆらゆら空中を漂ってる物体を……ありゃあ、この世に未練を残した人間の魂に違いない……」
バーンズさんは絵に描いたようなほら話を、まるで大仰なナレーションのような口ぶりで語る。しかしスタンはそれを一笑に付すことなく、その妙な物体の正体を明かしてあげた。
「ああ……それ、ウィルオウィスプじゃないですか?」
「なるほど、ウィルオウィスプか。確かにそれっぽいな」
「因みに、何処で見たんです?」
「ミレニアム・カレッジのすぐ近くだよ」
スタンはその言葉に、ぴくりと反応する。
「あー、あそこかあ……」
「どうかしたか?」
「俺、あそこ苦手なんですよ」
「なんで?」
「何というか……感覚的にただ苦手ってだけで、深い意味はないんですけど」
「ま、あそこは名家や優秀な学生さんの通う学校だから、お前と縁はないだろうなあ」
「あっ、それもそうか~」
スタンは彼の失礼な物言いに憤ることなく、へらへらと笑った。事実あの学校は、家柄も頭脳も並みである自分とは程遠い存在である。
……なのだが、理由はそれだけではない。
土地、人物、建物……世の中には近づいてはいけない、足を踏み入れてはならないものがある。
スタンはそれらが発する危険信号に対して、異様に敏感であった。誰に言われたわけでもなく、単なる己の主観だが。
原因は想像がついている。幼い頃から、危険なものと隣り合わせであったせいだろう。
ともかくあの学校からは、それを非常に強く感じたのだ。
「ま、それはそうと、あんまり怪しいものには近づいちゃだめですよ。何が起こるか分かったもんじゃないんだから」
「はいよ~」
スタンが忠告するも、バーンズさんは軽くあしらう。少しむっとしたが、彼の楽観的な性格はよく知っているので、それ以上諭すことを諦めた。
「それにしてもあの光、前にもどっかで見た記憶があるんだよなあ……」
「ウィルオウィスプを?何度も見れるもんなんですか?俺は……どうだったかなあ……」
「へえ、意外だな。お前さんはああいうのによく遭遇するって聞いてたのに」
言われてスタンは曖昧に笑う。
彼を含め、知人には霊媒体質のことを詳細に話してはいない。死霊だけを異様に呼び寄せてしまうことを軽々しく打ち明けて、不安にさせたくはないからだ。
「そういえばバーンズさん……最近街で不思議な女の子見ません?」
「不思議な女の子?」
「金髪で黒い服の、赤い眼の女の子ですよ」
「う~ん……そんな子は見かけたことないなあ。他に特徴は?」
「十四、五歳くらいで、お人形さんみたいに綺麗な子」
バーンズさんはう~んと唸った後、「知らないなあ」と肩を竦めた。
「そっかぁ……」
スタンはがっくりと肩を落とす。
「お前さん、どうやらその子に随分入れ込んでるようだが、今さっき怪しいものには近づくなとか言ってたじゃないか」
「それとこれとは別。あの子は多分、俺だけに見える妖精さんなのかも」
「……妖精なんかいないだろ」
「人間の魂がどうこう言ってた人が、何を今更」
「なら是非ともいつか、俺の目の前にその妖精さんとやらを連れてきてほしいもんだね」
「いいっすね。もし俺が本当に連れてこれたら、その残った髪、全部毟って店の裏に埋めます」
「やめろ。せめて俺の家の庭にしてくれ」
「髪毟るのはいいんすか?」
雑談を終え、仕事に戻る。
とはいえすることといえば棚の整理くらいのもので、後は場合に応じて品出しをする程度だ。
「ルーカスのやつ、またシンクレアにチェス挑んで負けたってよ」
「いつも思うんだけど、楽しいのかな?」
「楽しいんだろ、自尊心を削るのが」
三人の青年の会話を尻目に、黙々と作業を続ける。こうも暇だと、頭の中が余計なもので支配されてしまう。学校の課題、給料の使い道、バーンズさんが見た謎の光……
街で見掛けた、不思議な少女。
その少女を初めて目にしたのは、数週間前の昼下がり。まるでふらりと散歩にでもしにきたかのように、ロンドンの街を優雅に歩いていた。
しかし妙なことに、少女の存在に誰も気が付いていないようだった。
最初はいつもの死霊かと身構えたが、連中のようなおぞましさや悪意は微塵も感じられない。それどころか、西洋人形に生命が吹き込まれたかと思うほど、美しく可憐な少女だった。
だからこそ不思議だった。
誰もかれも、彼女を気にも留めない。
まるでそこには、誰も存在していないかのように。
そして何より、スタンにとって奇妙なのは――
少女の赤い瞳が、記憶に残るあの占い師と全く同じだったことだ。




