chapter④ 1話
ルーク・エインズワースは魔術師だ。
七大魔術師貴族である、エインズワース家の次期後継者。ホムンクルスの錬成を家業とする人形師。
ルーク・エインズワースは、ホムンクルスが嫌いだった。単純に嫌っているのではなく、彼らの在り様に嫌悪感を抱いていた。
それでも自分は、ホムンクルスと向き合わねばならない。
商人の子は商人となるように、魔術師の子は魔術師となる。現代まで繋いできた魔術を受け継いでいくために。それ以外の道など、最初から存在しない。
血筋というのは己の箔付けにはなるが、一方で縛り付ける呪いのようでもあると、ルークは常そう思っていた。貴族など、その最たるものだろう。
エインズワースが属する七大魔術師貴族とは、かつてノクセルペンティアに師事し、彼女たちがもたらした魔術によって栄えてきた貴族たちの総称だ。
魔女たちを半ば崇拝していた彼らは、秘匿協定が結ばれて以降、今や組織を牽引する立場にある。
どの家も己の血筋と魔術に誇りを持っており、ルークにしてみればどいつもこいつも、碌でもない人間ばかり。
もとより――魔術なんてものに手を染めたことが、どうかしていたのだ。
ルークは懐から一枚の紙を取り出して広げる。そして初見時と同様に、顔を顰めた。
「はあ……」
『ルーク様!どうされました!?溜息などつかれて!』
騒音にも等しい大声が、どこからか湧いた。ルークはそれに眉一つ動かさず、言葉を返す。
「前に話したことあるだろ。『蛇十字協会での悪魔管理計画』……そいつを提案した魔女が、急に手紙を寄越してきたんだ」
『……ああ、アレでございますか!一体全体、何を企んでおいでなのでしょうね!?』
「さあね……」
蛇十字協会では様々なものを管理、保護している。記録、文書、果ては妖精までも。
しかし今の今まで、悪魔を管理しようなどと教会はもとより魔女や魔術師ですら、その考えに至らなかった。計画を聞いた当時のお偉方は、どんな顔をしたのだろう。ルークはそれを想像し、内心ほくそ笑んだ。
『わたくし、以前から思っていたのですが……全ての悪魔を投獄するというのであれば、蛇十字の魔術師総出で召喚してしまえば手っ取り早いのでは!?』
「あのな……そんなことしたら、教会に嗅ぎつかれて面倒なことになるだろ。それに、お前みたいに比較的従順な奴ばっかりじゃない。牢屋にぶち込まれることを素直に了承する悪魔がいるとは思えないね」
『成程!そういうものでございますか!』
本当に分かっているのか、能天気な返事が戻ってくる。ルークはそんなパートナーに呆れつつも、「そういうものだよ」と返した。
彼の声は、常人には聞こえない。
彼は悪魔だ。
悪魔と契約する際、無機物を器にするというのは魔術師にとっては常識だ。ルークもそれに則り、自身が身に付けている腕時計を器として憑依させている。
『それにしても……その方は何故、ルーク様へお声を掛けたのでしょう!?』
「多分どこかで、僕が悪魔について研究してるのを聞きつけたんだ。それに貴族だから、色々と情報を得やすいと踏んだんだろうね」
しかしこの依頼は、一体どういうことか。これを読んだ直後、直接彼女のもとへ出向こうかとも考えたが、会いにいったところで顔を合わせてくれる保証はない。そもそも彼女は滅多に協会へ顔を出さないことでも有名であるし、接触するのは難しいだろう。
いっそ彼女たちにでもかけ合おうかとも考えたが、それもやめた。
魔術組織とは言っても、蛇十字協会が重んじるのは偏に「秩序」だ。故に無用な混乱を招かないためにも、慎重に行動へ出なければならない。魔術師貴族とはいえ、自分はまだ一学生なのだから。
「ところでマルコシアス……お前、『獣』についてはどれくらい知ってるんだ?」
『わたくしが知る限り……それは太古より自然発生し、自然消滅するのが常でございます!』
「自然消滅?」
『はい!獣とはいえ、彼らも生命……『食糧』を摂取しなければ、自然淘汰されるのでございます!』
「その食糧っていうのは?」
『悪魔や人間の魂でございます!』
「なるほどね……確かに、聞いた通りだ」
聖統教会の、生涯の敵――黙示録の獣。
蛇十字にとってはそれらはけして、忌むべき害悪ではない。
そもそも彼らとこちらでは、根本的に認識が異なる。
聖統教会は獣を「世界を破滅させる災害」と捉えているそうだが、蛇十字――ノクセルペンティアは、「人が人である限り永久に生まれ続ける、世界の歪」と考えている。
けれどそんなものが、現実に存在するのだろうか。
獣に関する記録は、カレッジの図書館にも僅かにしか残っていない。それを深く知るノクセルペンティアも同様に。
聖統教会も蛇十字協会も、己のひた向きな信仰心と、唯一残った伝承に縋っているだけだ。
世界は複雑なようで、単純だ。この目で目にしたもの、体験した出来事こそが、真実だ。
「……獣だの、天国だの地獄だの、全部欺瞞だな」
『ルーク様はそう思われますか!』
「そうだよ。死後の世界なんて、まだ生きてる人間にとってはただの空想だ。本当にあるかどうかもわかりゃしない」
『そのお考えは面白いですね!ルーク様が死んでしまわれた時どちらに行くのか、わたくし今から楽しみでございます!』
機械仕掛けの時計の中で、悪魔が笑う。ルークはそんな彼の表情を想像し、
「あーあ、魔術師も悪魔もクソくらえだな」
誰に向けるでもなく、そう零した。
◇
スタン・マーシャルは、どこにでもいる、ごく普通の学生だ。
決して裕福ではないが、穏やかな父と活発な母、真面目な兄に囲まれ、充実した生活を送れている、と思う。
そう。平和が一番。人生なんて、それが一番いい。
けれど――
朝、耳をつんざくようなアラームの音で目を覚ました。恨めしげに時計を見ると、時計の針が時刻に迫っていることに気が付き、意識を一気に覚醒させる。そしてばたばたと騒がしい音を立てながら、飛び降りるように階段を降った。
「父さん、エヴァン、おはよ!」
「おはようスタン」
コーヒーを片手に朝食を嗜んでいる父と、支度中の兄へ挨拶を交わす。
「おはよう。相変わらず朝から騒がしいやつだな、お前は」
スーツをかっちりと着込んだ兄は、少し呆れながらも朗らかに微笑む。そしてスタンへ小さな袋を手渡した。
「ほらスタン、母さんからだ」
「もう来たんだ?今度はなんだろ」
「えーと、手紙によると、いろんな動物の牙とか爪でできた魔除けだって」
「いつも思うけど、あの人どこでこんなの見つけてくんの?」
母は考古学者で、フィールドワークのために各地を回っている。そのためか国を移動する度に、こうして現地の「お土産」をよこしてくる。家族を思っての行動は有り難いが、いよいよ部屋が混沌としてきてしまい、友人を招き辛いのが悩ましい。
「やべ、もう出ないと」
スタンは飛び出すように家を出ると、愛車である自転車へと駆け寄った。
「気を付けて行ってこいよー」
「分かってるー!」
玄関から顔だけ覗かせた兄へ元気よく返事をすると、スタンは自転車を思いきり漕ぎだした。
住宅街を颯爽と駆け抜ける。朝のひんやりした空気が心地いい。
目の前に突如、薄っすらと人の形をした影が現れた。スタンはスピードを一切落とすことなく、それに突っ込んでいく。
そのまま衝突――するかと思いきや、それは霧のように霧散していった。
スタンは振り返りもせず、前だけを見て走る。まるで何事もなかったかのように。
そしてただ静かに、先程受け取った魔除けを握りしめた。
スタン・マーシャルは、霊媒体質だった。




