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Hellish Heaven  作者: 紫咲雪花
chapter③ 巣食われた女
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chapter③ 3話

 廊下を小走りで駆ける。リモンは丁度、館の玄関から外へ出るところだった。

 急いで彼の背中に追いつく。リモンはこちらを振り向くと、眉間に皺を寄せ、内にある不満を隠そうともしなかった。

「どうせ俺のこと見張ってろとでも言われたんだろ。使い勝手のいい犬だな」

「そうだよ。飼い犬に首輪は必要だからね」

 リモンは小馬鹿にしたように笑い、植物園の方向へ進む。彼は外に出ると言っていたが、このまま森を通って街まで行くつもりなのだろうか。

「あのエレベーター、使わないの?」と尋ねると、「いらねえ」と素っ気なく突っぱねられる。ヴィンセントは渋々、彼の後へ続くことにした。

 

 植物園を出て、街への道を下って行く。

 道中、会話が無いというのも気まずい。何か適当に、話題でも振ってみることにした。

「……牢獄の仕組みはよく分からないままだけど……あんな指輪とかエレベーター作れるなんて、凄いね、彼女」

「エレベーターに関しちゃ、作ったのはあいつじゃねえよ」

「そうなの?」

「蛇十字から技術提供として来た奴だ。そいつとは、もう二度と顔合わせたくないっつってたな」

 ……それほど人格面に問題のある人物だったのだろうか。或いは単純に、彼女と反りが合わなかっただけなのかもしれない。

 実際にどんな人物であったか気になるところではあるが、それを聞くのは得策ではないと、何故か本能で感じとった。


 森を抜け、街へと降り立つ。この付近は森に近いためか、住宅や店の類は疎らで人通りも少ない。

「それで君、何しに行くの?」

「散歩」

 余りにも簡潔で平凡な回答に、「えぇ……」と間の抜けた声が漏れた。リモンはそれを意に介することもなく、どこかへ向かって歩き出す。そもそも目的地などあるのか知らないが。

 雲の隙間から覗く太陽が眩しい。それを見上げながら、ぽつりと呟く。

「まあ、今日は天気もいいしね」

「ああ、犬の散歩には丁度いい」

 ――吸血鬼だけでなく、悪魔も太陽光が苦手だったらいいのに。


 街を歩いて、既に三十分ほど経過した。

 リモンは何をしているのかといえば、彼の宣言通り、散歩だ。ただひたすら、無軌道に歩き回っている。そして時折立ち止まっては、草むらや川を覗き込んで何やら探っている。

 こう言っては何だが、自分は変な行動を取る人間には慣れてしまっている。彼の奇行には目を瞑るとして、冷静に考えれば……。

 自分は今、悪魔と呑気に散歩をしている。

 しかし、要求を吞んでしまった以上は仕方がない。常軌を逸した行動に出ない限り、自分は大人しくしていればいいだけだ。

 

 リモンが次に足を運んだ先は、胡散臭いチラシや怪しい店が混在する、ごちゃついた裏通りだ。周囲に散乱したごみ、或いはロザーハイズに流れるテムズ川……それら悪臭が混ざり合った臭いが漂っている。

 普段はイルマが彼に付き添っているそうだが、彼女は毎回、このような場所まで引きずり回されているのだろうか。そうだとすれば、彼女に深い同情を寄せるほかない。

 ヴィンセントはそこでふと、疑念を抱いた。彼らの妙な()()()()に。

「……君たちは、イルマの計画に同意しているのか?」

 彼女の計画は、悪魔を牢獄へ追いやること。即ち、バールベリトやリモンとて無関係ではない。彼らも、紛うことなき悪魔なのだから。

「バールベリトは……あいつはいまいち、何を考えてんのかよく分からん。俺は……地獄にいるよか、ずっと良い」

 彼の返答は要領を得ないものだった。その上、一つ腑に落ちない点がある。

「ルシファーが、地獄なんか無いって言ってたけど」

「あ?そりゃ……」

「あっ!」

 リモンが何か言いかけたところで、背後から女性の声が響いた。振り向くと赤毛の女性が、何やら世紀の大発見でもしたような顔をしている。

 その女性は、肩に垂らしたお下げ髪を揺らし、こちらに向かって走ってくる。

「ねぇ、あなた、お医者さんでしょ?白衣着てるし」

「……」

 リモンはあからさまに面倒臭いといった様子で、女性を無視している。

「え?もしかして聞こえてない?もしも~し!聞こえてますか~~!?」

「うるせぇなてめえ、口を別の器官に繋いでやろうか?」

「なんだぁ、聞こえてるじゃん」

 何が面白いのか、女性はケタケタと笑った。

「ちっ、とっととここ離れるぞ」

「え、待って待って!取り敢えず話だけでも聞いて欲しいの!」

「売女の相手なんかしてられるか。菌が移る」

 リモンが容赦なく罵倒を浴びせる。一緒にいる自分まで居心地が悪くなるのでやめてほしい。

「助けてよ!私の友達が死んじゃうかもしれないの!」 

 「死」という言葉に、ヴィンセントは驚きで目を見開いた。彼女の必死な様子も相俟って猶更無下にできまいと、リモンを諭す。

「待って、詳しく話を聞いてみよう」

「はあ?」

「彼女たちに言われたんだよ。言うこと聞かないなら、容赦なく連れ戻してもいいって」

「……」

「あはっ。大人のクセに、ちっちゃい子供みたーい」

「ごめん、君は少し黙っててくれ」

 彼女はなおもクスクスと笑っている。先程までの緊迫した様子が嘘のようだ。

「それで……何が一体、どういうことなの?」

「あのね、数か月前から急に様子がおかしくなっちゃって」

「様子がおかしいっていうのは?何か病気に罹ってるってこと?」

「多分そうなんだろうけど、それが普通じゃないから困ってるの。いろんなお医者さんに診てもらったけど、全員お手上げ」

「……だって、どうする?」

 ヴィンセントとしては彼女の願いに応えたいところだが、医療知識に乏しい自分に勝手な判断は下せない。

「どうするも何も俺は……」

「もう、直接見てもらった方が早いかも!一緒に来て!」

 女性は凄まじい勢いでヴィンセントとリモンの腕を掴む。そして二人は抵抗する間もなく、何処かへと引きずられていった。


 彼女に連行された場所はフラット……ではなく、モデルハウス(風俗店)だった。そうであると分かったのは、「そういう店」であることを暗に示す貼り紙や看板があったからだ。

「ねえ、ここって……」

「いいから入って!」

 リモン共々、店内へと押し込まれる。……運悪く知り合いが見ていないことを祈った。


 扉を潜った瞬間、甘ったるい匂いが鼻を刺激する。

 受付の中年女性は、新聞紙に落としていた視線を上げ、気怠そうにこちらを見た。奥を見やると、若い女性が数名たむろしている。共用部兼控室なのだろう。

「みんな~!新しいお医者さん連れてきたよ!」

 赤毛の女性の掛け声により、この場にいる女性たちの視線が一斉に突き刺さる。

「イザベル……またヤブでも連れてきたの?」

 気怠げな雰囲気の女性が、溜息とともに煙草の煙を吐き出した。

「医者ぁ……?白衣着てるだけで、全然そうは見えないけど。あ、もしかしてそういうアレ?」

 隣の黒髪の女性が、厭味ったらしくにやにやと笑う。

「まぁ、別に気にしないけどね。あんたが取る客って、いっつもロクでもないやつばっかだし」

「……」

 図星だったのか、赤毛の女性……イザベルは俯いてしまった。

 ヴィンセントは恐る恐る、彼女の隣にいるリモンの様子を伺う。彼は虚空を見上げ、全てを諦めたような表情をしていた。

「こっちの男の子は、中々かわいい顔してるじゃない。体付きもイイ感じだし」

 突如、茶髪の女性がヴィンセントの腕に絡みつく。途端に甘ったるい匂いが更に強まったような気がした。

「あの……僕たち客として来たわけではないので……」

 ヴィンセントはそっと女性を引き剝がす。

 今は制服を着ていないので、彼女たちは当然、自分が教会の人間だとは知らない。状況を考えれば、むしろ今日は非番で良かった。危うく教会の面目に関わっていたところだ。

「……この国、売春宿の経営は違法なんじゃなかったか?人間の性への執念って気持ち悪いな」

「なんで君、ちょっと詳しいの?」

 リモンは唐突に口を開いたかと思えば、予想外の部分に突っ込んだ。

「大っぴらにやんきゃ、警察も目付けないよ。だからみんなこそこそやってんの」

「こんなボロいとこでか?」

「はっきり言うじゃん。そりゃあうちはソーホーにあるのと比べたら……ねえ?」

 黒髪の女性が自虐的に嗤う。煙草を咥えた女性はそれに同意するように、再度煙を吐いた。そしてイザベルを睨み付け、

「それよりもイザベル、あいつのことはもう諦めなよ」

「……」

 怒りをぶつけるように、煙草を灰皿へ押し付けた。彼女の口振りからするに、恐らくこういったことは何度か繰り返されていたのだろう。

「おい待て。こっちはいきなりこんなとこまで連れて来られたんだ。いい加減本題に入れ」

 悪魔に同情するのもどうかとは思うが、リモンの怒りは最もだろう。話が見えてこないまま内輪で喧嘩を始められては、こちらも困り果ててしまう。

 イザベルは女性たちの気迫に押されてしまったのか、すっかり意気消沈していた。

「……今から話すことは、誰にも言わないでよ」

 ヴィンセントに絡んでいた茶髪の女性は、その様子を見て、仕方なくといった様子で事の次第を語り始めた。

「うちで働いてる女の一人がね、妊娠しちゃったのよ」

 彼女はまるで、何でもないことのようにさらりと言った。

「あ?それで堕胎を手伝えってか?」

 リモンは特に疑問を抱く様子もなく、不謹慎な単語を躊躇いもなく言い放つ。

「最後まで聞いて。問題はそこじゃないのよ。ううん、問題ではあるんだけどさ、それはともかく……ある時から、急に様子がおかしくなっちゃったのよ。妊娠による体調変化とか、そういうレベルじゃなくってね。その時からイザベルはいろんな医者に掛け合ってたワケだけど……その医者の一人……『敬虔な信徒』っていうやつだったのかな。そいつが彼女を見て、こう言ったの」

 唐突に現れた「信徒」という言葉に身構える。ヴィンセントはその続きを、息を吞んで待った。

「『これは世の中に蔓延する病気じゃない。この女は、悪魔の子どもを孕んだんだ』って」

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