chapter③ 2話
「ところでヴィンセントさん、私たちの身体が、どのようにして構成されているかはご存知ですか?」
声のする方へ振り返ると、バールベリトがいつの間にか、ヴィンセントの背後に迫っていた。
「ええと、魔素とかいうのを使ってるって、イルマから聞いたけど」
「ええ、そうです。本来実体を持たない私たちは、それによって人や物に取り憑いたりするわけです。折角ですからその辺りについて、特別に詳しく教えちゃいますね」
あまりにもあっけらかんとした調子だったため、ヴィンセントは戸惑いを隠せなかった。
「いいのか?そんなことして……」
「少なくとも私は問題ありませんよ?あなたたちと違って、悪魔にルールなんて存在しないんですから」
バールベリトは突き放すように言うと、ヴィンセントの隣へと移動し、教え子を指導するように語り始めた。
「まず取り憑いた身体についてですが、それを私たちは『憑依体』と呼んでいます。俗に言う、悪魔憑きですね。人間、ホムンクルス、死体等を『器』として魂を憑依するんです」
「死体にも?」
「ええ。生き物は通常死ねば器官の動きが停止して腐っていくだけですが、そこに悪魔の魂が入ることで、器官の稼働が再開されます。人の魂や意識が無いというだけで、死体の方が楽なんですよ」
「楽」という彼女の表現に、歯の間に何か詰まったような心地の悪さを感じた。
「生きている人間の場合、その人間と悪魔の魂が軋轢を起こして大抵失敗します。それによって引き起こされるのが、悪魔憑き現象です。獣や無機物であれば多少難易度は下がるのですが、あまり率先して実行しません。行動も制限されますので」
「君たちがわざわざ生きている人間に憑依するのは、単に自由に動ける身体が欲しいから、だね?」
「はい。それが主な理由ですが、嫌がらせや興味本位で実践する者も、少なからずいるでしょうね」
「……」
まるで、悪意なく昆虫の手足を引きちぎる子供のような、無知で無垢である故の残酷さ。ヴィンセントの背中に嫌な汗が伝った。
バールベリトはそんなヴィンセントをよそに、話を次へと進める。
「さて、先程実体を持たないと言いましたが……名のある悪魔や力を持つ悪魔は、魔素を応用して一から肉体を構築することが出来ます。こちらは『新造体』と呼ばれるものです。誰のものでもないオリジナルの身体ですから、まさに『悪魔そのもの』とも言えるでしょうね」
「……成程。稀有な例ではあるけど、それで見かけは人間そっくりに擬態できるのか」
「はい。ですので、一見する限り判別も付きにくく、人間社会に紛れることが容易なのです。もっと器用だと、人間だけでなく色んな生き物の姿にも変えられるそうですよ?」
自身でその事例を目の当たりにしたことがないためか、彼女の言い方はどこか他人事だった。
「私の分身体はそれと似たようなものだけど……少しの差異があるの。私は世界に『存在する』ため、新造体は『干渉する』ために肉体を構成する。だから私が外では一部の者にしか見えないのに対して、悪魔は人間社会への干渉を容易としているの。それ以外にも扱える魔素の量……所謂『魔力』の関係もあるのだけど、今の話にはあまり関係がないから、置いておくわ」
自然界には、外敵から身を守るため植物などに擬態する能力をもつ生き物がいる。本来であればとても興味深い生態だが、悪魔となると非常に厄介だ。その上、彼らは特に強い力を持つのだという。
その時ヴィンセントの脳裏に、白と黒の悪魔の姿が過った。彼は昔と今で容姿に変化がなかった。加えて彼の格を考えれば、あの身体は「お手製」だったのだろう。
「そういえばあなたは、悪魔を引き寄せられても、それを認識できるわけではないのよね?」
「うん。その魔素っていうのが見えるわけじゃあないからね」
「空気中の酸素と同じようなものでしょうか。目ではっきりと視認できないものを、一々意識しませんものね」
「あ、でも、幽霊みたいに見た目ですぐ分かることもあるし、妖精は向こうからそうだって言ってくることが多いかな」
「妖精……!?あの下劣で悪意に塗れた厭らしい妖精が……!?」
バールベリトが突如、目を見開いて驚倒の声を上げる。ヴィンセントが呆然としていると、彼女はこほんと咳払いをし、居住まいを正した。
「……さて、一通り説明出来たと思うのですが、ご理解いただけましたか?」
「うん……大体は分かったよ」
「……まだ何か気になるようなお顔をしてらっしゃいますね」
バールベリトのライラック色の瞳が、内を探るように細められる。流石は悪魔というべきか、揺れ動く人間の感情の機微には敏いようだ。ヴィンセントは煽られるまま、彼女に問う。
「もし、もしもの話だけど……人間への憑依が成功した場合、どうなるんだ?」
その問いを口にした瞬間、閉ざされた禁断の箱を開けるような、恐怖と好奇心が綯い交ぜになった感情に襲われた。
「取り憑いた身体をそのまま獲得します。言うなれば、『受肉』です」
ごくりと唾を飲み込む。
「……そんなことが、可能なのか」
「はい。ですが不可能に近しいです。私は過去の一例しか知りません」
悪魔の受肉。
それがはるか遠い過去の出来事なのかヴィンセントには知る由もないが、「それ」が実現していたという事実に、内心震え上がった。
「長話は終わりか?」
一切話に加わっていなかったリモンが、いつの間にか部屋の入口付近に立っていた。
「今から出る」
リモンはそう短く告げるや否や、部屋を抜け出した。この場にいる全員、呆気に取られてしまっている。
「……いつものあれですかね」
「今日でないと駄目なのかしら、全く……」
彼女たちは呆れ返っているものの、彼を止める様子はない。
「……平気なの?」
「私とリモンは館の出入り自体は自由なのですけど、どちらか一方しか出られないのです」
「いや、それもそうだけど、彼を一人にしていいのかなって」
「そうね。いつもは私が付いていってあげてるのだけど、今はまだ、外に出るわけにもいかないし」
二人の視線がヴィンセントに集中する。直感的に、嫌な予感がした。
「ねえあなた、彼に付いてあげていってくれない?」
「はい?」
イルマの発言に、思わず素っ頓狂な声が出てしまった。
「言うこと聞かないなら、容赦なく連れ戻してきてもいいから」
そんな扱いでは、まるで小さい子供のお守りだ。彼は仮にも悪魔だというのに。
「……ね?お願い」
イルマはヴィンセントの顔を除き込み、上目遣いで懇願する。この時ばかりは、彼女も年相応の愛らしい少女のようだった。
「……わかった。変なことだけはしないよう、しっかり見ておくよ」
少女の幼気に押されてしまったようで不甲斐ないが、粛清教会の立場としても、彼一人で出歩かせるわけにはいかない。
リモンに追いかけるため、ヴィンセントも部屋を出ていった。
◇
「……よろしかったのですか?」
ヴィンセントを見送った後、バールベリトが不思議そうに尋ねる。
「リモンは困った性格だけれど、愚かではないわ。少なくとも、血を見るような争いは起きない」
イルマはベッドから足を出し、睨みつけるように壁を見つめる。そして不意に立ち上がって、部屋を出ようとドアノブに手を掛けた。
「何処へ行かれるのです?」
「……『彼』と話をしてくる」




