表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
Hellish Heaven  作者: 紫咲雪花
chapter② きらきら星
PR
16/29

chapter② 6話

 時刻は午前九時。ミサ直後の大聖堂。

 この時間は時折、聖統教会の会議のため一時閉鎖される。

 そしてその会議のため、監督司教と祓魔師団(アンテ・レギオ)、及び粛清教会の一部隊員が大聖堂に集まっていた。

「……以上が今回の件の概要だ。ジュリエッタ・シルヴェストリはまだ幼く、深刻な状況は発生していない。早急に対応すれば穏便に済むだろう」

 祓魔師団(アンテ・レギオ)の団長、シルヴェリオ・バルトリーニ神父が淡々と概要を述べる。集まった者たちは長椅子に座り、彼の言葉を傾聴していた。

祓魔師団(アンテ・レギオ)以外の司祭と救護院の者たちは退席してもらっていい。本日も、神の意思に従うよう」

 神父の指示に従い、この場の半数以上の聖職者が大聖堂を去っていった。この場に残ったのは、ハンニカイネン司教と祓魔師団(アンテ・レギオ)、そして粛清教会だ。

「さて、今回の担当だが……クレイヴンでいいだろう。お前は既に、対象に接触しているとのことだしな」

 神父の言葉に、レスターとルーファスがこちらを向いた。「そうだったのか?」と、隣でルーファスが尋ねる。

「うん。昨日ね」

 ヴィンセントはそれに短く応じた。

 いきなり指名されたことには驚いたが、願ってもないことだった。昨日のイルマとの調査が功を奏した、と言うべきか。

「僕も君が適任だと思うなあ。昨日私が見ていた限り、彼女と上手く対話も出来そうだし」

 昨日ヴィンセントと鉢合わせた神父が間に入る。

「俺らは見回りでいいの?」

 レスターが確認のため、神父に問う。

「ああ。というか、むしろお前には任せたくない」

「そうだね。誰もが君に、小さい子の相手はしてほしくないと思ってるだろうし」

 司教もいつになく、辛辣な意見を口にする。

「なーんだ。みんな俺のことよくわかってるじゃないですかー」

 聖堂内にどっと笑いが起きる。だが声を上げた者たちの目は、レスターを除いて一切笑っていない。

「それと常々言っているが……お前たちは考えなし過ぎる。処理が雑になればその分事務局の手間が増えるんだぞ」

「……俺はいつも真面目にやってる」

「僕も」

 ルーファスの言葉にヴィンセントが同意する。

「え?」

 ただ一人、レスターだけが腑に落ちていないようだった。

 教会事務局は平たく言うと教会の窓口であり、入信手続きや雑務等を主に担当している。その裏で粛清教会が対応した任務の後始末……人や街への被害が出てしまった際に、「隠蔽工作」を担っている。

「姿勢の話ではなく、周りの者たちの負担も考慮しろという話だ」

「善処します」

「そんな言葉、どこで覚えたんだ。気味が悪いぞ」

 レスターが真面目に返答をするも、この反応である。

「はあ……。クレイヴン、これも常に言い聞かせているが……最悪を阻止し、最良の犠牲で終わらせろ。以上だ」

 神父は最後にそう告げると、司教や彼の部下と共に大聖堂を後にした。最終的に残ったのは、粛清教会の隊員三名のみだ。

「ま、いつも通りあんま気負わず、言われたことをやりゃあいいだけだな」

 レスターがあっけらかんと言い放つ。

「そうだ。俺らは正義のヒーローでも何でもない。ただの殺し屋みたいなモンだからな」

 怒りでも嘆きでもなく、ただ真実を淡々と述べるようにルーファスは呟いた。

 これは、彼らなりの励ましなのだろう。少なくとも付き合いの長いヴィンセントには、そう感じ取れた。

「あんま長居してるとまたあの団長に何か言われそうだし、とっとと出るか」

 三人は大聖堂の正面とは反対方向に位置する、主祭壇横にある小さな扉へと向かう。

 聖統教会の聖堂には、信徒たちや聖職者らが出入りする扉とはまた別のものが存在する。

 粛清教会は司教や司祭と異なり、厳密には「聖職者」ではない。教会の出入り自体や、先ほどのように会議の出席は可能だが、礼拝の義務は存在せず、聖典儀礼の参加は認められていない。故に主祭壇がある礼拝空間――聖堂の出入り口も、明確に区分けされているのだ。

 異端を狩るにもかかわらず、教会内で異端のように扱われる、ある種歪な組織。教会が抱える矛盾。

 自分たち三人はそれらを全て飲み干して、今日も異端を狩るために奔走する。


 ◇

 

 二人と別れて早速向かった先は、例の喫茶店――|Purgatoriumプルガトリウムだ。

 約束の時間にはまだ早いが、待機している分には問題ないだろう。

 昨日の記憶を頼りに目的地へ向かう。裏通りへと入ったところで突如、服を引っ張られた感触がした。

「わっ」

 反射的に声が漏れる。振り向くと、すっかり見慣れた黒衣の少女が、ヴィンセントの黒いコートを掴んでいた。

「……君、なんでこんなところに?」

「あなたの性格なら、早くここに向かうと思って」

 早くも自分の性格を見透かされているようで、気恥ずかしくなる。自分はそんなにも分かりやすいのだろうか。

「それよりも一緒に来て。事態が動き出したわ」

 イルマの言葉によって、即座に臨戦態勢へと切り替わる。感情を急かすように、乾いた風が吹く。

 ――ここからは、戦いの時間だ。

 ヴィンセントは彼女と共に、ロンドンの街を駆けだした。


「あの子、本格的に動き始めたみたい。ここから昨日と同じ気配を感じる」

 連れられた場所は学校――プライマリースクール(小学校)だった。現在二人は、校舎裏の林に潜んでいる。姿の見えないイルマはともかく、自分は傍から見れば完全に不審者だ。

「具体的に、どこにいるのかまで分かる?」

「そこまでは何とも。実際中に入ってみれば、探し出せるかも」

「さすがに僕が近づくと怪しまれるよなあ……」

 現在の時間から考えると、既に午前の授業が始まっている頃だろう。校門周辺に人影は見当たらない。しかし不用意に近づく気にはなれなかった。

 教会所属とはいえ、治安部隊の人間がいきなり子供たちの学び舎に現れるというのは、あまりに不自然だ。下手に出ると無用な騒ぎが起きる可能性もある。それだけは極力避けたい。今朝方神父に言われたことが、脳裏を掠めた。

「私が行くしかなさそうね。小さい子供は勘の鋭い子が多いのだけど、まあ、あなたよりは怪しまれないでしょうし」

 イルマがすっと立ち上がる。彼女も同じ考えのようで、反論の余地はなかった。

「あの子の通っている学校かしら。良いところね。当然、ミレニアムよりは広くないけれど」

「……イルマ」

 イルマが校舎へと足を踏み出そうとした、その背中にヴィンセントは声を掛けた。彼女が目的の相手と対峙する前に、どうしても釘を刺しておきたかったのだ。

「あの子を傷つけるような真似だけはしないでくれ。約束だ」

 イルマはふわりと立ち止まり、肩越しに不敵な笑みを浮かべる。

「私が物騒なやり方をすると思っているの?安心して、()()()()()から」

 そう宣言して、彼女は再び校舎へと歩き出した。

 ヴィンセントは去り行く黒い背中を、苦い沈黙の中見つめていた。


 ◇


 ジュリエッタが通う学校の一室。

 ここは生徒や教師の目があまり届かない、隠れ潜むのに恰好の場だ。校内を「探検」してきた成果が、漸く日の目を見た。ただし、暗く埃っぽいところが難点だ。

 ジュリエッタは昨夜家を出て学校へと辿り着いた後、今朝までこの部屋で過ごしていた。

 我ながら、夜中に子供一人でここまでやってこれたのは幸運だった。暗い夜道を歩いてこれたのもそうだが、校内へと侵入出来たことだ。

 学校が夜間厳重に施錠されることは、当然ジュリエッタも知っていた。

 そのことを星さんに相談すると、「それは自分が何とかする」と言ってくれたので、彼に任せることにした。事実施錠されていた門は、星さんが開けてくれた。やっぱり彼は、自分をいつでもわくわくさせてくれる。未知の世界へ連れていってくれる。

「はあ……なんだか、どきどきしてきたな」

『大丈夫だよ、ジュリエッタ。きっとこれからすることが成功すれば、君は幸せになれるさ』

 少年とも少女ともつかない、無邪気で無垢な声。この声は、ジュリエッタの耳にしか届かない。それが何だか特別なようで、初めて聞こえた時はとても嬉しかった。大切な人形が己の意思を持ち、自分の気持ちに応えてくれたようで、堪らなく嬉しかったのだ。

「それで……ここで何をすればいいの?」

 外の廊下から、子供たちの声が聞こえてきた。どうやら、午前一番目の授業が終わったらしい。

『あのね、誰でもいいから、ここに一人連れてきて欲しいんだよ。もちろん、先生じゃなくて子供をね』

「うん」

『それでね、その子の頭を掴んでね』

「うん」

『そこにあるラックの角にでも思いっきりぶつけてくれよ。そうしたら最悪死ななくても、大人しくはなるだろ?』

 ジュリエッタは一瞬、耳を疑った。

 心臓が、身体が、どんどん冷えていくのを感じる。手の先から、震えが止まらなくなる。

 彼は突然、何を言い出すのだろう。冗談にしたって、何も面白くない。

「えぇ……なんで、そんなことするの?危ないよ……」

 ジュリエッタは喉から絞り出すよう声で、彼へ尋ねた。

『なんでって……君の願いを叶えるためだよ。これはそのための必要な手順さ。そう、大切な儀式のようなものさ』

 悪びれることなく、彼は答える。

 ジュリエッタはこの時初めて、彼に対して「恐怖」という感情を覚えた。ついさっきまで隣人のように接していた相手が、未知の怪物へと変貌してしまった、そんな恐怖。

「でも……」

『今までやってたことだって、君に友達を提供するためだ。でもあれじゃあ結局上手くいかなかったから、やり方を変えようとしてるだけ』

 声が捲し立てる。怒りをぶつけるのではなく、己の困惑を伝えるように。しかし困惑しているのは、彼の言葉を聞いているジュリエッタの方だった。

『君は理解者が欲しいんだろ?寄り添ってくれない身内を大事にするより、これの方がもっと合理的だと思うけどな』

 暫しの重い沈黙。

 その空気に耐え兼ね、ジュリエッタが彼の問いに頷きかけたその時、暗い部屋に光が差した。

「こんにちは。お嬢さん」

 光を背に、少女が立ちはだかる。

 恐怖で硬直していたせいか、不思議と驚きの声は出なかった。

 ……こんな女の子は、学校で見かけたことがない。出会っていたとしたら、忘れるはずもない。それほど一目で印象に残る少女だった。

「……誰?」

 「お嬢さん」などと子供扱いしてくるが、向こうも自分と大して年が離れていないように見える。少しムッとして、自然と声色が棘を帯びた。

「あなたは私が見えるのね。素質があるのかしら。それとも契約のお陰?」

「けいやく?」

「……驚いた。何も知らないのね。そうだろうとは思っていたけれど」

 少女は呆れたように伏目がちになる。その様子に、ジュリエッタは更に苛立ちを覚えた。

 むきになって立ち上がろうとすると、少女が黒いレースで覆われた右手を、ジュリエッタへ向ける。

「単刀直入に言うわね。その人形を渡して欲しいの」

 少女から放たれる、静かな圧力。

 たとえ拒否したとしても、けして逃しはしないとでも言うように。

「……どうして?」

「人形……というより、それに憑いている存在は邪悪なものなの。到底あなたに扱える代物ではないわ」

 否定。またしても、否定だ。

 ジュリエッタの気持ちは、苛立ちから悲しみへと変わった。

「みんな、みんなそうだ……私の友達を、誰も認めてくれない」

「人間は人間同士で仲間を作るの。あなたたちは、友達になんかなれない」

 少女は冷ややかな声で、ジュリエッタを追い込む。その姿は、いつか見たドラマの探偵よりも恐ろしかった。

 ジュリエッタは目に涙を浮かべて睨みつける。しかし少女は微塵も動じない。

「どうせ離れたら、孤独になるとでも思っているんでしょう」

「……」

「あなたはこれまで、いろんな人に嘘を重ねてきたでしょう?嘘をつくということはね、人に対する裏切り行為なの。そうやって信頼を失って行き着く先は、孤独しかない」

 ジュリエッタの思考を見透かしたかのような、少女の言葉。

 嘘。裏切り。

 つい先日の、カウンセラーの言葉を思い出した。

 ――嘘を重ね続ければ、取り返しのつかないことになる。

 ジュリエッタは今になって、その言葉の意味を漸く理解した。

 理解を拒んでいたのは、家族や他人ではなく、自分自身だ。

 だから無条件に理解を示してくれた彼に依存してしまった。

 彼が居なくなってしまえば、また独りになってしまう。そうして自分はどうしようもなく「孤独」なのだと、一層心を閉ざす。

 それが、ジュリエッタの抱える歪さだった。

「あなたは、寂しいの?」

 そう言われてジュリエッタの頭に浮かんだのは、家族の姿だった。

「……わからない」

「それなら尚更、そんなものとは縁を切りなさい。あなた自身が不幸になろうと私にはどうでもいいけれど、あなたの家族はどう思うのかしらね」

「……」

 分からない。

 自分は何に飢えていて、何を求めているのだろう。

 いつものように星さんに尋ねようとして、そこで漸く、彼の声が聞こえないことに気が付いた。

 ――いや。もう、彼の言葉は必要ない。

 今は彼女の問いに、自分自身で答えを出したかった。

 そうしないと、いよいよ自分は孤独になる。

 ジュリエッタが緩やかに立ち上がる。少女はその様子を、黙って見ていた。

 そして手にしている人形を強く握りしめながら、彼女に差し出した。

「ありがとう」

 ジュリエッタの決意を受け止めるような、穏やかな声。

 少女を覆っていた氷の壁が、春の雪解けのように融けていくのを感じた。

「家族は大事にしないとダメよ」

 そう言い残して去ろうとする少女を、ジュリエッタは反射的に引き留める。

「……おねえさん」

「……何?」

「おねえさんも、寂しいの?」

 少女と同じ質問。オウム返しのようなそれを、彼女へ投げかけた。

 ジュリエッタには先程までの少女の口ぶりが、嘗ての誰か――それはきっと、己自身――を憐れんでいるように思えたからだ。

 けれど少女は、まるで他人事のように、静かに呟いた。

「もうそんな感情は捨ててしまったわ。孤独感は、ただの弱さだから」

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ