第5話:追放者の資金繰り
バタン、と重く冷たい音を立てて、王城の門が閉ざされた。
私とマリエルは、文字通り「王都」の路上に放り出された。
夜の冷気が、薄い(が、派手な)ドレス越しに肌を刺す。
パーティの喧騒が嘘のように静かな夜道で、私はようやく、自分が直面している現実を正確に理解した。
(……どうしよう)
さっきまでの混乱とドン引き(元・私への)が、急速に冷めていく。
代わりにやってきたのは、もっと現実的で、切実な恐怖だった。
(家がない。知り合いもいない。……待って。お金は? お金は!?)
慌ててドレスのあちこちを探るが、ポケットなんていう便利なものは付いていない。
当たり前だ。パーティドレスだ。
つまり、私は。
(無一文……!?)
血の気が引く。
勘当、追放、無一文。
これは、スローライフどころか、即日バッドエンド(野垂れ死に)ルートだ。
「お嬢様」
私が絶望で膝から崩れ落ちそうになった、その時。
隣に立つマリエルが、相変わらず感情の読めない声で私を呼んだ。
「まずは、今夜の宿と当座の資金を確保いたしませんと」
「し、資金……って言っても、私、何も……」
「いいえ。お嬢様は『着て』いらっしゃいます」
マリエルはそう言うと、私の首筋――そこにかかった大粒のルビーのネックレス――を、すっと指先で示した。
ついで、耳元のダイヤの耳飾り、腕にはめられた金のブレスレット。
「売る……の? これを?」
「はい。もはや公爵家の籍もございません。お嬢様が身につけていらっしゃるこれらは、お嬢様ご自身の所有物です」
淡々とした物言いに、私はゴクリと唾をのんだ。
確かにそうだ。これ以外に、金目の物は何もない。
「で、でも、どこで売れば……こんな夜中に。それに、こういうのって、換金する方法とか……」
佐藤葵(28)の知識では、質屋くらいしか思い浮かばないが、貴族が利用するような店など知る由もない。
「ご心配なく。心当たりがございます」
マリエルは、そこで初めて、私の腕を支えるのではなく、私の手を引いた。
「こちらでございます」
彼女が迷いなく歩き出したのは、貴族街とは正反対の、薄暗い裏路地だった。
私は戸惑いながらも、その小さな手に引かれるままについていく。
(この子、なんでこんな裏道に詳しいの……?)
元・公爵令嬢の専属メイド。
世間知らずな深窓の令嬢が、私のお世話をしていました、というイメージだったのだが。
マリエルは、明らかに「こちら側」の空気に慣れていた。
やがて、人通りのない路地裏にひっそりと佇む、古びた看板の店にたどり着く。
いかにも「ワケあり」な品を扱っていそうな、質屋兼古物商といったところだ。
マリエルは躊躇なく扉を叩き、出てきた強面の店主と、信じられないほど冷静に交渉を始めた。
「ほう、こりゃまた上等な……だが、お嬢ちゃん。こいつはどこから?」
「王城から『払い下げ』られた、正規の品です」
マリエルは、平然とそう言いのけた。
嘘は言っていない。(物理的に王城から払い下げられたばかりだ)
「公爵家の紋章が入っておりますが、ご安心を。持ち主は、たった今、所有権を放棄されましたので」
「……チッ。足元見やがって」
店主は、マリエルの(恐らくは)「紋章入り=面倒ごと」という脅しと、「所有権放棄=追放」という事情を瞬時に察したらしい。
店主は奥から重そうな革袋をいくつか持ち出し、カウンターに叩きつけた。
「当座どころか……これ、結構な金額……」
革袋の中身――大量の金貨と銀貨――を見て、私の目眩が止まった。
マリエルはそれを冷静に検分すると、無言で頷き、懐(メイド服のどこだ?)に手際よくしまい込んだ。
店を出て、再び夜道に出る。
私は、ただただ、隣を歩く小柄な少女に圧倒されていた。
(すごい……)
(マリエルさん、一体何者なの?)
(ただのメイドじゃない。交渉術が、前世の敏腕営業――ウチの部署にはいなかったけど――レベルだ……!)
彼女の無表情が、今はとてつもなく頼もしく見えた。
「お嬢様。まずは宿を。あちらに、身分を問わない宿がございます」
「は、はい……!」
私は、今度こそしっかりと、マリエルの後を追った。




