表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
41/43

第41話:屈辱のおんぶ(ライド)


カビと古い石の匂いが立ち込める地下通路に、エステルの甲高い悲鳴が反響した。


「急いで! 門から溢れた『使い』たちが、もう王都中に……!」


湿った空気が、彼女の声の震えを不気味なほど鮮明に運んでくる。


ロザリアが先陣を切り、クラリッサ、エステル、フィラートが続く。

だが、一歩、また一歩と引き連れていく影が一つあった。


「くそっ……! このっ……!」


イグニアだ。


杖を引きずる乾いた摩擦音が、私たちの焦る足音のリズムを無慈悲に乱す。

砕かれた右手の痛みが、全身の平衡感覚を奪っているのだろう。左手一本で杖に体重を預ける姿は、もはや「走る」というより「転がる」のを必死で堪えているように見えた。

焦燥が、血の気を失った彼女の横顔を醜く歪ませる。


「イグニア! 無理をしないで!」


速度を緩め、手を差し伸べようと振り返るエステルの優しさが、今は致命的な遅れを生む。


その瞬間、先頭を走っていたクラリッサが、何の前触れもなく石畳を蹴って停止した。


「エステル、そのまま前へ」


「え? でもクラリッサ、イグニアが!」


「時間の無駄です」


雑音を切り捨てるような、体温のない声だった。


クラリッサはくるりときびすを返し、この場で唯一、平然と呼吸を整えている私――『混沌』の怪人バッタちゃんの複眼を真正面から射抜いた。


「ロザリア様」


「……何?」


「貴女が、イグニアを背負ってくれますか?」


「「はぁ!?」」


私とイグニアの、まるで示し合わせたような驚愕の声が、湿った壁にぶつかって消えた。

この女、今、何と。


「ふざけんなクラリッサ! なんで私がこいつなんかに……!」


イグニアが、手負いの獣のように牙を剥く。

だが、クラリッサは氷のような一瞥いちべつで、その激情を凍てつかせた。


「黙りなさい」


ぴしゃり、と空気が鳴る。


「イグニア。貴女は今の状態でも、チーム最大の『火力』です。ですが、その『足』では私たちに付いてくることすら叶わない。違いますか?」


「ぐっ……」


事実が、反論の言葉を喉の奥に押し戻す。

再び、その無機質な視線が私を捉える。


「ロザリア様。貴女は、我々の中で最高の『フィジカル』と『防御力』を持つ『移動体』です」


息を呑むエステルの気配がする。


「……私が何を言いたいか、もうお分かりですね?」


イグニアを、背負う。


バッタの、怪物の脚力。

イグニアの、人間の火力。


(……そういうことか)


脳内で、最悪のパズルが組み上がった。

こいつ、私とイグニアを強制的に合体ドッキングさせて、『高速機動型・重魔導砲台ヘビーガンナー』を即席で作り上げるつもりだ。


並の思考じゃない。駒を配置するだけの、なんとえげつない、なんと合理的な思考回路だ。


私がクラリッサの狂気的な戦術にリツゼンとしていると、彼女は「早く」とあごをしゃくった。

イグニアは、唇を噛み切り、その血の滲むような顔でこちらを睨みつけている。屈辱に、肩が小刻みに震えていた。


「……(チッ)わーっかりましたよ! さっさと乗りなさい、背中を貸すから!」


乱暴に背中を向けると、クラリッサが抵抗する間も与えず、イグニアの身体を私の外骨格へ押し付けた。


「うおっ、と……」


「……っ!」


想像よりずっと軽い身体。

だが、その軽さとは裏腹に、伝ってくる熱量と、抑え殺した悔しさに満ちた呼吸は異様に重かった。


私は彼女の太腿ふとももの下に両腕を差し入れ、硬質な外骨格でしっかりと抱え込む。

不格好な「おんぶ」の体勢が、完成してしまった。


「……おい」


「あ?」


「……変なとこ、触ったら……マジで、殺すからな……」


背後から聞こえたのは、か細く途切れ途切れの、しかし純度百パーセントの殺意だけを練り込んだ声だった。


(善処しとく!)


内心で毒づき、固定ロックを完了させた、その時。


「行きますよ!」


クラリッサとエステルが、まるでリハーサルでもしていたかのように、たちの左右を固める。完璧な護衛エスコートのフォーメーションだ。


「イグニア、前方の掃討を!」


「言われなくたって!!」


八つ当たりじみた叫びと同時、通路の奥、闇が蠢き、新たな『混沌の使い』の群れが濁流のように溢れ出してくる。


私は、バッタの異形へと変貌した両脚に、ありったけの力を込めた。


「行くぞ、イグニア! 振り落とされるな!」


「誰に言ってんだ、!!」


床を蹴る。


石畳が、私の跳躍の圧力プレッシャーに悲鳴を上げた。

コンマ数秒でトップスピードに達した身体は、屈辱と怒りを背負ったまま、文字通り「戦車」となって、混沌が渦巻く闇のど真ん中へと突進した。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ