第26話:それぞれの偵察(とすれ違い)
「偵察」の猶予を得てから、私とマリエルは別々の道を歩んでいた。
……いや、そもそも「偵察」という言葉に込めた熱量が、私と彼女とでは天と地ほども違っていた。
日暮れ前。マリエルは、埃っぽい安宿の一室に、王都の冷気をまとって戻ってきた。
彼女がどこで何をしていたのか、私には知る由もない。だが、その手には確実に「情報」という名の凶器が握られていた。
【マリエルの思考】
「……『ミランダ(母親)』。三日後、××侯爵家の夜会に出席。所要時間は約三時間。往復のルートは二通り…」
彼女は、王都の裏社会が張り巡らせた情報網を、まるで自分の手足であるかのように使いこなし、ターゲットの行動予定を寸分の狂いなく掴んでいた。だが、彼女は静かに首を振る。
「(非効率的)…夜会での襲撃は、他の貴族を巻き込みすぎる。敵を増やし、魔法少女のような余計な『秩序』の介入を招く」
マリエルは手に入れたばかりの情報を、まるで価値の無い古紙でも仕分けるかのように、淡々と脇に置いた。その指先に、躊躇の色は微塵もない。
「母の暗殺は『保留』。まずは、より手薄で確実な『弟』から」
彼女の思考は、どこまでも冷徹で、合理的。目的に至る最短距離を弾き出す、精緻な機械のようだ。
【一方、その頃の私(葵)は】
「止まれ! 貴様、そこで何をしている!」
(うわ、早っ!)
王立貴族学園の、権威を象徴するかのような壮麗な門。その付近の路地で、いかにも怪しげなローブと仮面姿で壁に張り付いていた私は、巡回中の衛兵に発見されるまで、実に五分とかからなかった。
即座に投げつけられる、鋭い職務質問。
(よしよし、いいぞ!)
私は仮面の下で、完璧なシナリオの進行にガッツポーズする。
衛兵に追われる。イコール、騒ぎになる。イコール、魔法少女が駆けつけるかもしれない。完璧な流れだ。
「待てと言っている!」
衛兵の怒声など、私の計画の開始を告げるファンファーレに過ぎない。私はバッタの脚力を解放し、石畳を猛然と蹴った。
常人ではありえない速度で路地を折れ、屋根に飛び、あっという間に衛兵たちの罵声を背後に置き去りにする。
物陰で(わざとらしく)息を潜め、私は自らの「偵察」の成果に深く頷いた。
(よし! 偵察完了!)
その一! 弟は間違いなくこの学園に通っている!(※知ってた)
その二! 学園の周囲は衛兵が厳重に巡回している!(※今確認した)
その三! 衛兵たちは、私のような怪しいヤツには即座に食いついてくる!(※実証済み)
完璧だ。
これなら、リオンを襲撃する「フリ」をすれば、衛兵か、あるいはあの魔法少女たちが、必ずや私の「妨害」を手伝ってくれるに違いない!
【安宿での合流】
夕暮れが王都を茜色に染める頃。私は意気揚々と安宿に戻った。
部屋では、マリエルがランプの薄明かりの中で、静かに私を待っていた。
「マリエル」
私は、わざと悪役が凱旋したかのように声を低くする。
「…完璧よ」
マリエルが、その感情の読めない瞳で、私をじっと見つめ返す。
「(ゴクリ)…弟の行動パターン、護衛の数、ヤツが乗る馬車の時間……」
私は、自信満々に(そして何の根拠もなく)言い放った。
「すべて、読み切ったわ」
ここで、私はこの二、三日の間に脳内シミュレーションを繰り返していた、「日曜朝の悪役ムーブ」を実践に移す。
右手を、ぐっ、と握りしめる。指が軋むほどの力を込めて。
「ククク……あの生意気な弟の命運は……」
(芝居がかった、最大限のタメ)
「今や、この私の手の上!」
どうだ!
完璧な悪役ポーズと、憎悪に満ちた(という設定の)セリフ!
これだけ「やる気」を見せれば、マリエルも私が本気で暗殺を企てていると信じるだろう!
(我ながら、自分の演技力と、それをやらされている状況に反吐が出そうだ…)
私が内心で自分の奇行に悶絶していると、マリエルは——
満足げに、深く、深く頷いた。
「ええ。素晴らしいわ、バッタちゃん」
(えっ!? 信じた!? このクソ寒いノリで!?)
彼女の目は本気だった。
私の(空っぽの)自信と(芝居がかった)憎悪を、彼女は『ご褒美』によって引き出された「本物の殺意」だと、寸分の疑いもなく誤解したらしい。
「では、目標は確定しました。リオン・ヴェルデを排除します」
「準備なさい」
かくして。
私が仕掛けた「魔法少女に盛大に邪魔してもらうための襲撃計画」は、マリエルによって「公爵家乗っ取りのための、冷徹かつ合理的な第一段階(弟暗殺計画)」として、正式に承認されてしまったのだった。




