第25話:公爵家暗殺計画(という名のサボタージュ)
「ヴェルデ公爵家を、我々の『拠点(巣)』にするのです」
マリエルの静かな声が、安宿の淀んだ空気を切り裂いた。
一瞬、時間が止まる。いや、私の思考が凍り付いた。
じ、実家?
あの、私を勘当し、「娼婦にでもなるがいい」と吐き捨てた、あの家を?
「……む、無理よ。私、勘当されてるし……」
絞り出した声は、自分でも驚くほど情けなく震えていた。
だが、心の奥底で分かっている。ここで「NO」と口にしたら、何が起きるか。
獣道での、あの膝枕。拒否権ごと唇を塞いだ、理不尽なキス。私の意志を蹂躙し、「幸福」を強制的に叩き込んでくる、あの百合的侵食。
(ダメだ…! 下手に拒否すれば、あの強制『ご褒美(という名の精神攻撃)』が待っている!)
(この理不尽極まるクソ案件、受諾以外の選択肢が、ない!)
私は、引き攣りそうになる頬の筋肉を意志の力で押さえつけ、完璧な「女優(社畜)」の仮面を貼り付けた。
(恐怖で)ワナワナと震える拳を、さも「歓喜」に打ち震えているかのように握りしめる。マリエルに向き直る顔には、最大限の賛辞を浮かべた。
「さ、さすが……さすがね、マリエル!!」
声が必要以上に上ずる。
「素晴らしいわ! 拠点ですって! あの私を追い出した連中に、これ以上ない復讐ができるじゃない! ……それで、具体的にはどうやって?」
(どうせ穴だらけのザル計画のはず。非現実的な部分を理詰めで突いて、『いやー、マリエル様、それはリスクが高すぎますねー』という体で、穏便に『先送り』に持ち込む! これぞ社畜流、プロジェクト炎上回避術よ!)
だが、マリエルは、窓の外の夜景に視線を注いだまま、まるで「今夜の献立」でも決めるかのように、淡々と、恐ろしいほど平坦に口を開いた。
「簡単です」
(ニコリ)
「邪魔な方を、消すだけですから」
「………え?」
「貴女が『ヴェルデ公爵家』を合法的に継承するためには、障害が三つあります。」
当主である父
母
現・後継者である弟
「この三名を、然るべき順序で『事故』や『病』で排除すれば、他に継承権を持つ血族は、勘当されたとはいえ『唯一の娘』である貴女しか残りません」
(…………)
血の気が引いていくのが分かった。室温が数度下がったような錯覚。
(こいつ、本気だ)
背筋を、氷の指がなぞり上げる。
ガチの暗殺。それも三人も。私に、実の父と母と弟を殺せ、と。
ダメだ。この女は、私の小手先の「先送り」提案など、真正面から叩き潰すタイプだ。
ならば——!
私は、ワナワナと震える身体(の演技)を、今度は「復讐の激情」という設定に切り替えて、さらに強めた。わざとらしく、甲高い高笑いを夜の部屋に響かせる。
「ア、アハハ…! アハハハハ! 最高じゃない!!」
「そうよ! 私もずっと思ってたの! お父様も、お母様も、あの憎たらしい弟も、全員殺したいってね!(満面の笑み)(大嘘)」
「先送り」がダメなら、「妨害」するしかない。
私は「やる気」をアピールするため、復讐に燃える狂気の令嬢を演じきり、部屋を意味もなくグルグルと歩き回ってみせた。
((超高速思考)どうする!? どうやってこの暗殺計画を『失敗』させる!? しかも『不可抗力』で! 私のせいじゃなく、『予期せぬ邪魔が入った』という形にしないと…!)
(マリエルは十中八九、私を監視するはず。その目の前で、どうやって「手を抜く」?)
(……『邪魔』。そうだ、『邪魔』が最初からいる場所に、こちらから乗り込めばいいんだ!)
脳裏に、前世(佐藤葵)の、日曜の朝の記憶が鮮烈に蘇る。
埃っぽいブラウン管の向こう側。悪の怪人は、なぜかいつもヒーローの妹が通う学校や、ヒーローがデートしている遊園地を律儀に襲う。
なぜか?
決まっている。そこでヒーローに「妨害」されるためだ。
(——これだ!!)
私の脳内で、完璧な遅延工作計画が策定された。
暗殺対象の弟は、あの王立貴族学園に通っている(エリートだから)。
あの魔法少女たちも、あの学園を拠点にしている(と思う?)。
つまり、弟の登下校中を、学園の限りなく近くで襲撃する。
もし魔法少女が(弟の護衛か、ただの生徒として)近くにいれば、必ず助けに出てくるはず!
魔法少女(複数) VS 怪人(私)の構図に持ち込めば、マリエル(監視役)が傍にいても「惜しかったけれど、邪魔が入ったから撤退する!」という、完璧な『言い訳』が成立する!
完璧だ。私、天才かもしれない。
私はバッとマリエルに向き直った。その目は(邪悪な企みで)ギラギラと輝いている。
「マリエル! 決めたわ! まずは弟からやりましょう!」
「あいつが一番手薄だし、何より私を侮辱した、あいつの顔を真っ先に絶望させるのが、最高の『復讐』よ!」
そして、私は「業務」としての提案を、自信満々に叩きつけた。
「でも、やるなら確実に行きたい。あいつの登下校のルート、馬車の時間、護衛の数と実力…それを完璧に把握する必要があるわ」
「二、三日、私に『偵察』の時間をちょうだい。最高の舞台(暗殺現場)を用意してあげる」
マリエルは、私の(予想外の)「やる気」と「計画性」に、一瞬、不思議そうに目を瞬かせた。
が、すぐに納得し、あの慈愛に満ちた(狂信者の)微笑みに戻る。
【マリエルの内心】
「(ふふ…やはり『ご褒美』が効いたようですね。貴女は、私のために働くのが一番幸せなのです)」
「ええ、いいでしょう。貴女の気が済むよう、万全を期してください。…期待していますよ、バッタちゃん」
【私(葵)の内心】
「(よっしゃ食いついたァァァ!! まずは『合法的なサボり(偵察期間)』三日ゲット! この間に次の遅延工作を練り直すぞ!!)」
私は仮面の下で、この理不尽な世界に来て初めての、ささやかすぎる「勝利」の味を噛み締めた。




