第24話:三人の魔法少女と二人の計画
王都の安宿。その一室の空気が、窓から飛び込んだ侵入者によって激しく掻き乱された。
床に転がり込むように着地し、荒い息を繰り返す私、葵。その肩越しに、対照的なほど静かに学園の方角を見据えるマリエルの横顔が映る。部屋に満ちる、埃っぽい匂いと逃走者の熱気。そして、重苦しい沈黙。
(#マリエルたん…#マリエルたん…#マリエルたん……)
脳が焼き切れたように、あの忌まわしい寝顔の映像が明滅する。ゴーストの仕業だと分かっていても、精神(SAN値)を直接削り取られるような不快感に、こめかみが引き攣った。あの元令嬢、本気で私を壊す気だ。
だが、怒りが沸点に達したその瞬間。まるで張り詰めた糸が切れるように、思考が冷えた。
……待て。
この状況。もしかして、これ……最高の展開じゃないか?
そうだ。『魔法少女』。
しかも、三人も。
(これ、めちゃくちゃ都合がいいぞ!)
マリエルにどれほど無茶な命令を下されようと、言い訳が立つ。
「あ、魔法少女の妨害が入りまして」
「いやー、惜しかったんですけど、三人がかりで来られまして」
すべてを『不可抗力による失敗』として処理できる。
彼女たちは『秩序』の使徒として私(混沌)を敵視している。私は私で、マリエルの計画を遅延させたい。利害が、奇妙なところで一致している。
私が彼女たちと「適当に戦っているフリ」をして、マリエルには「強敵との死闘を繰り広げている」と報告する。私は死なず、彼女たちも殺さず、計画だけが淀んでいく。
完璧だ。これぞ完璧な『遅延工作』!
私は勝利を確信し、わざと全身の力を抜いて疲弊を装い、マリエルに背を向けたままベッドへ(ドサリと)倒れ込んだ。マットレスが軋む音だけが、室内に響く。
(勝った…! これぞ日曜朝の『ごっこ遊び』!)
仮面の下で、社畜人生で培った、深く、暗い「企みの笑み」が完成していた。
【王立貴族学園・書庫の奥】
一方、その頃。
選ばれた者しか知らない秘密のアジト(隠し部屋)は、安宿とは異なる種類の緊迫感に満ちていた。
集結した三人の魔法少女と、一匹のマスコット。皆、表情は硬い。
「チッ! あと一歩だったのに、あの跳躍力はなんなんだ!」
赤い魔法少女、イグニアが忌々しげに石壁を蹴る。魔力の残滓が火花のように散った。
「……強かった。私一人では、おそらく…」
攻撃を受けた腕を押さえながら、エステルが悔しそうに唇を噛む。「あんなものが王都に潜んでいたなんて」
「感じたですぞ! あの力は純粋な『混沌』! とても危険な匂いがするですぞ!」
フィラートがエステルの肩の上で、恐怖に毛を逆立てている。
騒然とする仲間たちの中で、一人。青い魔法少女、クラリッサだけが冷静だった。彼女は変身時のみ装着する眼鏡のブリッジを、細い指先でそっと押し上げた。思考を整えるための、彼女の癖だ。
「……不可解な点が二つあります」
凛とした声が、アジトの空気を凍らせる。
一つ。あれは、エステルを圧倒していたにも関わらず、突然動きを止め、無防備に攻撃を受けました。
二つ。その直後、まるで『八つ当たり』のように、意味不明な言葉(#マリエルたん云々)を叫びながら理性を失った。…あれは、純粋な『殺意』とは異質な、もっと汚濁した衝動でした。
クラリッサの冷静すぎる分析に、イグニアもエステルも息を呑む。彼女は言葉を続けた。
「結論。あの怪人には、我々の知らない『行動原理』と、それを操る『使用者』がいます。…そして、その『使用者』は、あの怪人と共に逃げた、もう一人の『女』でしょう」
「……はい」
エステルが、迷いを振り払うように顔を上げる。その瞳には、新たな決意の光が宿っていた。
「王都の秩序のため、必ず突き止め、排除します」
【再び、王都の安宿】
ベッドの上。「完璧なサボタージュ計画」の甘美な余韻に浸っていると、背後から氷のように冷たい声がかかった。
「………ロザリア様」
(……げ)
その呼び方は、マリエルが私を「ロザリア」という駒として認識し、「お仕事モード」に入った時のサインだ。
内心の舌打ちを隠し、ゆっくりと体を起こす。マリエルが、夜の闇よりも冷徹な瞳で、私をじっと見据えていた。
「貴女は、強い。あの魔法少女とやらにも負けないでしょう。ですが」
彼女は淡々と、事実だけを紡ぐ。
「『一対一』ならば、の話です」
「あの『秩序の使い』…魔法少女とやらが少なくとも三人はいる。今後、増えるかもしれない」
「…このままでは、貴女は負ける。そして『門』を開く計画は失敗します」
(え? ……いやいや、負けるフリするだけだって。別に本気で殺り合う気ないし…)
マリエルの、あまりにも真剣すぎる眼差し。こちらの企みなど微塵も見抜いていない、純粋な懸念。その純粋さが、逆に私の背筋に冷たい汗を伝わせた。
(あれ? 何かヤバいこと思いついた?)
マリエルはふと、窓の外、王都の夜景に目を移した。まるで「明日の天気を語る」かのように、無感情な声で、恐ろしいことを口にした。
「……計画を、大幅に変更します」
「今の我々には、何もかもが足りない。力も、情報も、金も、人手も…そして、『拠点』も」
「(嫌な予感)……ど、どういうこと…?」
マリエルは、ゆっくりと私に向き直った。
そして、あの——すべてを許し、すべてを捧げるかのような、慈愛に満ちた、完璧な狂信者の笑みを浮かべた。
「だから、手に入れましょう。……バッタちゃん。貴女の『実家』を」
「ヴェルデ公爵家を、我々の『拠点(巣)』にするのです」
その笑みとは裏腹に、紡がれる言葉は地獄の底から響いてくるようだった。




