第13話:スローライフの終わり(聞いてない)
(主役! 私が、この村のお祭りの、主役……!)
高鳴る鼓動が、肋骨を内側から叩いている。
マリエルの母親に手を引かれるまま、私は屋敷の奥にある「支度部屋」へと通された。
どんなに素敵な衣装が待っているんだろう。
村の伝統的な、刺繍の美しいドレスだろうか。それとも、花冠とかつけちゃうんだろうか。
あの青年も、きっと見惚れてくれるに違いない。
私の浮かれきった妄想は、部屋の中央に置かれた「それ」を見た瞬間、ぴたりと凍りついた。
そこに用意されていたのは、華やかなドレスではなかった。
およそ見たこともない、奇妙な渦巻き模様がびっしりと刺繍(?)された、真っ白な貫頭衣。
――婚礼衣装どころか、およそ文明的なデザインとは言い難い、ただ布に穴を開けただけのような、原始的な服だった。
「…………え?」
「さあ、こちらへ。お着替えを」
マリエルの母親が、何の感情も込めずに言う。
部屋に入ってきた侍女たちが、私の返事も待たず、今着ているワンピースを無遠慮に脱がしにかかった。
「ちょ、ちょっと待って! これ……が、『主役』の衣装、ですか?」
「はい。我らが神に捧げる、最も神聖な『器』の装束でございます」
「……うつわ?」
(……なにこれ? ハロウィンの仮装……にしては、布地が無駄に上質すぎない?)
(いや、きっと、アレよ。伝統的な衣装なのよ。そう、すごく伝統的で、歴史のある……うん)
私は、目の前の不気味な服から目をそらし、必死に自分を納得させた。
村には村のルールがある。スローライフとは、そういう異文化を受け入れるところから始まるのだ、と。
されるがままに、その奇妙な貫頭衣に着替えさせられる。
肌触りだけは、妙に滑らかだった。
「支度が整いました。参りましょう」
マリエルの冷たい手に引かれ、私は屋敷の外へと促された。
もう、外はとっぷりと暮れている。
(あれ……? お祭りって、広場でやるんじゃ……)
マリエルたちが向かっているのは、村の広場とは正反対の、屋敷の裏手。
鬱蒼とした、夜の森の入り口だった。
「あ、あの……マリエル? どちらへ……?」
「儀式の場所へ」
「……森の、中でやるんですか?」
「はい」
平坦な答え。
それ以上、何の解説もなかった。
(……夜の森で、お祭り……? ま、まあ、キャンプファイヤーみたいで、幻想的なのかも……)
私の希望的観測は、森の中へ一歩足を踏み入れた瞬間、脆くも崩れ始めた。
道には、たいまつを持った村人たちが、ずらりと並んでいる。
だが、誰も笑っていない。
歌っても、踊ってもいない。
昨日まで、私に「ロザリア様!」と親しげに野菜をくれた彼らが、全員。
あの、村に来た初日に見た、「目が笑っていない」顔で、私を無言で見つめている。
ヒヤリ、と背筋を冷たい汗が伝った。
空気が、重い。
これは、祭りの高揚感ではない。
何か、異様な、狂信的な熱気だ。
(おかしい)
(何かが、絶対におかしい)
私は、無意識に、ある一点を探していた。
希望の光を。
あの、朴訥な青年の姿を。
(あ……いた!)
彼は、村人たちの列の前方にいた。
たいまつに照らされた彼の横顔。
私は、彼に助けを求めるように、視線を送った。
目が、合った。
(――あ)
彼は、私を見ても、微笑まなかった。
顔を赤らめもしなかった。
その瞳は、他の村人たちとまったく同じ。
何の感情も映さない、硝子玉のような冷たい瞳で、私を「ただのモノ」として見ている。
そして、他の村人たちと同じように、地を這うような低い声で、何かを詠唱し始めた。
(…………うそ)
心臓が、氷水で満たされたように冷たくなる。
足が、ガクガクと震えだした。
違う。
これは、お祭りじゃない。
「いや……っ」
私は、マリエルの母親の手を振り払おうとした。
「な、何を……! どこへ連れて行くの!?」
「もうすぐでございます。さあ」
しかし、母親の手は万力のように固く、私の腕を掴んで離さない。
やがて、森の開けた広場に出た。
そこには、村人全員が集まっていた。
広場の中央には、あの屋敷の門で見たのと同じ、禍々(まがまが)しい渦巻き模様が刻まれた、巨大な石舞台が鎮座していた。
村人たちが、不気味な旋律で詠唱を続けている。
(……あ、これ、ダメなやつだ)
前世で培った、主にゲームや漫画由来の知識が、私の脳内で、最大音量で警鐘を鳴らす。
このシチュエーションは、まずい。
どう考えても、「おめでとう! あなたは生贄に選ばれました!」のパターンだ。
私が恐怖に一歩後ずさりしようとした、その瞬間。
「さあ、主役の登壇です」
背後から、屈強な村の男たちに、両腕をがっしりと掴まれた。
「なっ……!? は、離して! 何するのよ!!」
「ロザリ様。こちらへ」
マリエルが、石舞台の上を無表情で指差す。
だが、その瞳だけが、たいまつの光を反射して、狂信的な喜びに爛々(らんらん)と輝いていた。
私は抵抗も空しく、男たちに引きずられるようにして、その冷たい石の上に立たされた。
「マ、マリエル!? どういうこと!? 儀式の主役って、こういう……!」
「はい」
マリエルは、私の目の前で、うっとりと両手を広げた。
その顔は、もはや無表情ではなく、歪んだ歓喜に満ちていた。
「この村を、そして我らが神を守るための、尊い『生贄』でございます」
「いけにえ!?」
やっぱりぃぃぃぃぃぃぃ!!
私は、この日一番、いや、この世界に転生して一番の大声で叫んだ。
「話が違う! スローライフは!? 私の心の癒しはどこ行ったのよぉぉぉ!!」
私の悲痛な、あまりにも切実な叫びは、厳かに熱を帯びていく詠唱の声に無情にかき消され、深い、深い、夜の森へと吸い込まれていった。




