第12話:祭りの主役(という名の誤解)
あれから、三日が過ぎた。
私のスローライフは、これ以上ないほど順調だった。
村に来た初日に感じた、あの「目が笑っていない」という違和感。
あれは、完全に私の思い過ごしだった。
公爵令嬢(元)という、異質な存在が突然村に来たのだ。彼らだって緊張していたに違いない。
今では、私が村を歩けば「ロザリア様!」と(なぜか様付けだが)親しげに声をかけてくれる。
私も、ただ「客人」として座っているだけでは申し訳なくて、簡単な農作業――野菜の収穫や、家畜の餌やり――を手伝うようになっていた。
もちろん、深紅のパーティドレス(ボロボロ)では無理なので、マリエルが屋敷にあった質素な村娘の服を貸してくれた。
(……土を触るのなんて、いつぶりだろう)
前世で、ベランダのプランターでミニトマトを即日枯らした私(佐藤葵)が、こんな本格的な農業に触れるなんて。
泥だらけになりながらも、太陽の下で汗を流すのは、信じられないほど「まともな」営みだった。
「あ……」
畑で芋を掘っていると、視線を感じた。
あの、朴訥な青年だ。
彼は、儀式で使うためか、大きな薪の束を運ぶ途中だった。
目が合うと、彼はまた顔を真っ赤にして、慌てて視線をそらす。
「あ、あの……! お、お疲れ様です……!」
「こ、こちらこそ!」
ぎこちない挨拶。
だが、それがいい。それが、いいのだ。
彼は、私が泥だらけになっているのを見て、驚いたように目を見開いていた。
「貴族の、お方なのに……そんな、泥仕事……」
「元、ですから! それに、こういうの、一度やってみたかったんです」
「そ、そうか……。すごいな、あんた」
彼は、そう言って、今度ははっきりと、はにかむように笑った。
(――ズキュウウウウン!!!)
私の心臓が、盛大な音を立てて撃ち抜かれた。
(わ、笑った……! あの無愛想……朴訥フェイスが、私に……!)
(もうダメ、私、この村に骨を埋める……!)
青年は「じゃ、儀式の準備があるから!」と、名残惜しそうに(見えた!)去っていった。
私はその背中を見送りながら、手の中の芋を握りしめ、心に誓う。
(待ってて、私のダーリン(仮)……!)
そして、約束の三日目の夜。
村は、朝からどこか浮足立っていた。
「豊穣の儀式」――この村で最も重要なお祭りなのだと、村人たちが口々に教えてくれた。
広場には飾り付けがされ、美味しそうな料理の匂いがあちこちから漂ってくる。
(いいなぁ、お祭り……!)
前世(社畜)では、盆も正月もなく働いていた。
こんな、村を挙げてのイベントに参加できるなんて、夢のようだ。
私は、貸してもらった服の中で一番綺麗なもの(それでも質素なワンピースだが)に着替え、ソワソワしながら屋敷で待っていた。
(あの青年も、来てるかな……)
(お祭りで、二人きりになったりして……キャッ!)
そんな乙女(28+18歳)の妄想が最高潮に達した、その時。
コン、コン、と控えめなノックが響いた。
「ロザリア様。お時間です」
入ってきたのは、マリエルと、その両親だった。
二人とも、いつもの「笑っていない笑顔」を浮かべている。
だが、今日の私は、その笑顔さえも「祭りの前の厳かな緊張感」として、ポジティブに受け止めていた。
「父様、母様。わざわざお迎え、ありがとうございます」
「とんでもない」
マリエルの父君が、厳かに頷く。
「今宵は、我らが村にとって、最も重要な『豊穣の儀式』の日」
そして、彼は、私に向かって、恭しく手を差し出した。
「ロザリア様。あなた様には、ぜひその『主役』となっていただきたく」
「…………しゅやく?」
その言葉の響きに、私は一瞬、思考が停止した。
主役?
私が?
この、村の、一番のお祭りの?
(え、え、え、どういうこと!?)
(もしかして、ミスコン的な!? ミス豊穣村とか、そういう!?)
(それとも、お神輿に乗って、村を練り歩くとか!?)
どちらにせよ、それは、私がこの村に「受け入れられた」という、何よりの証拠じゃないか!
あの青年も、きっと、その「主役」の私を見てくれる……!
(ど、どうしよう……! 嬉しすぎる……!)
「は、はい! わ、私でよければ、喜んで!!」
私は、興奮で上擦った声を隠すこともできず、人生で一番の笑顔で頷いた。
公爵令嬢としてではなく、佐藤葵としてでもなく、この村の一員として。
人生で一番、輝ける瞬間が来たと信じて疑わなかった。
「こちらへ。支度部屋へご案内いたします」
マリエルの母親が、冷たい手で私の手を引く。
私は、恐怖ではなく、純粋な高揚感と期待に胸を躍らせながら、彼女たちの後に続いた。
これから私を待っているのが、どんなに素晴らしい「晴れ舞台」なのだろう、と夢見ながら。




