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パムルゴニアの冒険者たち  作者: 不思議OHP
第一章 ノースピークの戦い
6/50

6 決着

 敵の行動パターンが変わった。


 ぐっと身を縮めた後、咆哮とともに衝撃波を四方に放つ攻撃が追加される。これを喰らえば問答無用で即死ダメージを受けるというなんとも理不尽な攻撃だが、挙動を注視すれば避けること自体はそれほど難しくはない。


 前に一度ここまでは来ているし、その時は時間切れで終わったが今回は残り四分もある。焦らなければきっと大丈夫。


 唯一の心配はベルさんの処理遅延だけど、1人が落ちてもボスを倒しきる時間と余裕は十分だ。


 これは勝てる、と誰もが思っていた。


 ボスが灼熱のブレスを撒き散らし、辺りが真っ赤な炎に包まれる。相手に近づく事が出来なくなるが、逆に俺達にとっては良いタイミングだった。レドさんの「集まって!」という号令に、全員が一度立て直すために身を引いた。これがきっと、最後のバフの時間だ。


「行けるぞ!みんな落ち着いて!深呼吸だ!」


 そう言ってレドさんはアイテムを腰に巻いたベルトから取り出そうとしたが、数本のフラスコを取り落とし、破片が散る音が辺りに響いた。  


「ええっ!?何してんの!あんたが落ち着けよ!」


 短刀を構えたまま、臨戦態勢のガブが言う。


「落ち着いてるよ!手が滑っただけだ!」


 急いでバフを撒き直すレドさんを眺めつつ、ほんの僅かな不安の影が頭をよぎった。何だろう、俺だけかな?


 ボスの周りを取り囲んでいた炎が弱まる。考えている間は無い。炎が引くタイミングで一斉に突撃して攻撃を再開する。戦いの終わりは近い。集中だ。


 ボスが振りかぶり、八丁さんにむかって忌々しげに拳を放つ。モーションも大きい、これは余裕でかわすだろうとタカをくくっていたが、予想に反して八丁さんはギリギリ身をかわした。


 ビビった。当たったかと思った。


 俺の頭のどこかで、実態のない不安が鎌首をもたげた。


 みんなも何かに気づいているのか、少しだけ動きの精細さを欠いたように思える。いや、気のせいか?手を止めている余裕は無い。攻撃し続けるしかないのだ。


 その時、ミレイが言い掛けた。


「ねえ!なんか……変な感じ……!?」


 その言葉はボスが魔法を放つ爆音にかき消されほとんど聞こえなかったが、一人が口にしたことで、ぼんやりとしていた違和感は確かなものとなる。


 やっぱり。俺だけじゃない。ミレイの呟きに皆、攻撃の手を一瞬止めた。


 ガブだけが「おらおらー!」と叫びながら構わずにボスの右足を切りつけている。


 少しのズレ。意識と体が別々にあるような感覚。チラチラと頭をよぎっていた、いや、体で感じていたその違和感は覚えがあった。


 ──さっきの戦い。俺がパンチをかわしそこねて気絶した時と同じだ。


 そのズレはだんだんと大きくなっていき、今、体感できるほど確かなものになっていた。間違いない。何かが、おかしい。


 ボスの動きが唐突に止まった。中腰でまるで空気椅子をしているように腰を落としたまま動かない。今にもその場にひっくり返りそうな態勢のまま、物理法則を無視した姿勢でその場に留まっている。


 一瞬の沈黙。戦いの最中とは思えない静けさが辺りを包む。


 次の瞬間、八丁さんが叫んだ。


「飛んで!」


 意味を理解する前に体が反射的に動き、俺は真横に飛んだ。それと同時に今まで立っていた床が何の前触れもなく放射状に破壊され、岩の破片が飛び散った。


 え、なにこれ


 今、目の前で起こった現象と、珍しく声を荒げた八丁さんの叫びが飲み込めず、俺は辺りを見渡す。


 今の衝撃波をもろに食らったのか、さっきまで調子をこいていたガブが床にぼろ雑巾のように這いつくばっていた。俺の背後では、ベルさんも同じように倒れている。


「きゃーやられた~」


「いきなり死んだんだけど!なんで!?謎!!」


 二人の声が響く。


 今の攻撃……エフェクトも、モーションも無かった。


 他の三人も俺と同じように戸惑いが見てとれた。レドさんが声を上げる。


「なんかラグってる!?気を付けて!」


 回線の状態を示す表示をみる。緑。問題ない。それでも確かにボスの挙動はおかしかった。ボスは再び立ち尽くしたまま動かない……ように見える。どう立ち回ればいいかわからず全員の動きが止まった瞬間、頭上から何の前触れもなく魔法の槍が雨のように降り注いだ。


 空中から飛散する無数の槍。狙いの中心は八丁さんだ。最初の何発かは身をよじってかわした。それでも凄いことだ。並みの反射神経ではあんな芸当は出来ない。しかし終わりの数発はその体を直撃して貫いた。


「八丁さん!」


 串刺しにされたまま、立ったまま動かない八丁さん。やがて魔法の槍が消えると同時に床に崩れ落ちる。即死だ。


「……変……」


「え、何かおかしいの?わたしはいつも通りだけどな〜」


 ベルさんの呑気な口調が、緊迫した状況の中で際立った。ベルさんがいつも通りということはつまり、何らかの処理遅延であることは間違いない。おそらく回線ではなくこのゲーム自体の……。


「ミレイちゃんは八丁蘇生して!フジくんは……」


 そう言い終わるまえに、突然ボスがレドさんの目の前に現れた。


 姿が見えた瞬間にはすでに拳は振り抜かれ、レドさんはボスの右フックをまともに食らい、きりもみながら吹っ飛んだ。床に叩きつけられ、何度も回転し、壁に激突するかという寸前でやっと止まる。間をおいて宙を舞ったメガネが地面に落ちる、悲しい音が小さく響いた。


 何故メガネを掛けているのか、以前に聞いたことがあった。レドさんはよくぞ聞いてくれましたとばかりにこう答えたのを覚えている。


「僕はこのクリティカルヒットを食らったときのメガネが割れてふっとぶ演出が好きなんだ。ギスギスしがちな戦闘中に、少しでも笑ってくれたら良いと思ってね。だからまあつまり、殴られるためにメガネを掛けている、ということになるのかなあ。え、ヘルメット?これはただの趣味さ!なんか文句あるの!」


 この状況で俺はそんなレドさんのどうでもいい言葉を思い出していた。やられる仲間の姿で笑えるか、ちくしょう。むしろ絶望感が増しただけだ。最悪の状況に頭が真っ白になる。


 パーティー崩壊。


 残るは俺とミレイだけ。


 声を掛け合っている余裕はなかった。自然とミレイと視線が合う。その美しい目には混乱と焦りと、だけど意志が感じられた。ミレイは諦めてない。何も言わずともお互いやるべきことはわかっている。大丈夫、うちのヒーラーは優秀だ。


 レドさんを蘇生するためにミレイが走った。


 俺の選択肢はひとつしかない。


 ミレイを守る。


 ボスはレドさんを殴り飛ばした体勢のまま固まっているように見えるが、今、次の瞬間にでも俺かミレイのどちらかに襲いかかってくるだろう。もしかしたら範囲攻撃で二人同時にやられるかもしれない。


 考えている余地はない。


 俺はミレイのそばに走り寄り、守りのスキルを連発した。何でもいい、時間さえ稼げれば。戦闘中に味方の蘇生ができるのはミレイとレドさんだけ。この二人の命の優先順位が自然と高くなる。


 次の動きがわからない。目の前にいるボスは幻のようなものだ。すでにその場所にはいないと思った方がいい。どこから来るか。何をしてくるか。何も見えない霧の中にいるようで、俺は緊張で体温が低くなるのを感じた。


 盾を握りしめる。

 どこだ。どこから来る。


 レドさんの傍らにミレイがひざまずく。


 だめだ、わからない。


 一撃でいい。

 せめて一撃を防げれば――――


 その時、まるで女神の囁きのように俺を導く声が聞こえた。


「フジくん、右からくるよ〜」


 ベルさんだ。なんでわかるの?


 その理由を考える間もなく体の右側に盾を構えた瞬間、体に衝撃が走った。ホントに来た。ベルさんすげえ。


 盾を打ったボスのパンチ。腕が振り抜かれるまま、壁際に向かって吹っ飛ばされた。まだ、死んでない。宙を浮きながらも鎖を投げる。ボスの腕に絡み付く手応えがあった。そのまま壁に叩きつけられ、さらに残りHPが減った。大丈夫。ギリまだ生きてる。


 俺は相手の方も見ずに、足を踏ん張りスキルを発動させた。重力を増加させる黒い楔のエフェクトが周りを囲み、アンカーが俺の両足を床に固定する。ミレイは蘇生呪文の詠唱を続けていた。渾身の力を込めて鎖を握り、今にもミレイに殴りかかろうとしているボスの右腕を思い切り引いた。綱引きだ。ボスがこちらを忌々しげに振り向き、体を向ける。いいぞ、来い。蒸気のように鼻息を吹き出しながら敵は俺に向かって突進してくる。床が砕け、石の破片が辺りに飛び散る。目の前まで迫ったボスが鎖で繋がれたままの右腕を振り上げる。全部がスローモーションに見えた。俺は衝撃に備えて盾を構え目を閉じた。どうせこの一撃で死ぬ。避けようにもアンカーを張ったせいで動けない。


 ああ勝ちたかった。やるだけのことはやったけど、やっぱり駄目だ。もう無理だろう。俺達はほんと運がない。処理落ちってなんだよ。ちくしょう。俺を殺したあと、すぐにミレイもやられる。このタイミングだと蘇生も間に合わないだろう。もうこんなにうまく立ち回れる気はしない。今日の再戦は時間的に無理だから明日か。仕事早く終われるかな。いや、そういえば明日の夜は何かイベントがあった気がする。なんだっけ。連日の徹夜のせいか頭も回らない。これが終わったらすぐ寝よう。終わったら。ちくしょう。ちくしょう。って……。


 あれ?俺まだ生きてるな。


 目を開けるとボスの顔が目の前にあった。振り下ろされた拳が鼻先をかすめ、風圧が髪を揺らした。続けて何度も腕をブンブンと振り回し俺を殴ろうとしているが、その攻撃はどれもギリギリ空を切っていた。壊れた人形のようにボスは何度も同じ動きを繰り返している。


 なにしてんの?これ?


「フジくん!鎖!絶対に離すなあー!」


 レドさんが叫んでる。あ、生き返ったんだな。ミレイが続けてガブを蘇生させようと詠唱しているのがボスの股の間から見えた。鎖を離すな?そりゃ離さないけどどうなってんのこれ?


 ボスの巨体に視界を遮られ状況がわからない。体を回し、パーティー全体が見通せる角度に移動しようと

したが足が動かない。あれ?アンカーの効果は数秒。すでに切れているはずだ。


 俺は自分の周囲を見回した。


 なんだこれ。

 壁のなかに体がめり込んでる。


 俺は状況を少しだけ理解した。壁ハマりだ。昔のゲームではよくあった。吹っ飛ばされた際、どういうわけかわからないけど俺の体は壁にめり込んだ。さきほどベルさんが言っていた言葉が頭をよぎる。


 『最近バグ多いよね~。わたしなんか昨日家の壁にハマって出られなくなって怖かったよ~』


 ボスは俺を認識はしているが、行動できるエリアのギリギリ範囲外のため攻撃が当たらず地団駄を踏んでいる。さらに暫くの間腕を振り回した後で、諦めたボスが俺に背中を向けて標的を変えようとする。


 行かせるか。


 俺は今だ繋がったままの鎖を引いた。アンカーは無いが、体が固定されているなら好都合だ。


「フジないすううう!」


 生き返ったガブが叫ぶ。レドさんが残る八丁さんの蘇生にはいり、ミレイが範囲回復を詠唱しだした。ベルさんは状況が飲み込めていないらしくオロオロしている。


「ベルちゃん落ち着いて!とりあえず詠唱はじめて!ミレイちゃんは範囲……はもうやってるか。回復したら攻撃始めるからフジくんはそのまま耐え……」


「いや、回復は、いらない」


 八丁さんの声がレドさんの言葉を遮った。


 一呼吸置いて生き返った八丁さんは間髪入れずにそのままボスに向かって飛んだ。空中で刀を抜き、体を回転させながら落下する。まるで空間ごと切り裂くように、落ちる勢いのままボスの体を両断した。


 絶叫。


 休む間も無く八丁さんは凄まじい速度で嵐のような斬撃を繰り出す。ボスの憎しみと苦痛の咆哮に混じり、八丁さんの声が聞こえた。


「フジくん」


 切りつけるその速度はさらに増していく。


「よく頑張った」


 ボスの顔が歪む。吐き出した血が俺の頭上から雨のように降り注ぐ。


「あとは僕らが」


 苦悶、快楽、歓び、そのどれもが混ざりあったような表情を滲ませ、悪魔は天を仰いだ。


「終わらせる」


 それでもまだ悪魔は死なない。レドさんが声を張り上げ号令をかけた。


「うぉーい!まあいいや!全員攻撃だー!八丁に続けー!」


 そこから先のことは正直あまり覚えていない。無我夢中で持っているスキルを連発し、痛いほどに鎖を握りしめ、とにかくボスを繋ぎ止めようと必死だった。 


 気が付けば目の前の悪魔は膝を付き、うなだれるように肩を落としていた。血みどろになったその顔から、一滴、涙のように血が落ちて俺の鎧を汚す。それもやがて、蒸発するように空気に消えた。


 全滅しそうになったのはバグのせい。俺達が勝てたのもバグのせい。とにかく過程はどうあれ、永年に渡り城主の魂を縛り付けていた呪いは解放された。


 討伐残り時間24秒。


 俺達のノースピーク攻略はこうして幕を下ろした。


 

 ノースピークの悪魔は永きに渡った呪いから解放された。夜明けの日差しに霧が蒸発するように、ゆっくりとその姿が消えていく。


 そもそもは、民を救いたいと願う思いだった。純粋な魂を持ち合わせたゆえの悲劇だった。


 悪魔の姿が消えたあとには何も残されていない。ただ漆黒の血だまりがあるだけだ。その血だまりのなかにひとつ、古ぼけた指輪が落ちている。


 それは土地への、民への忠誠を約束した城主の証。また、土地に愛され、民とともに汗を流した一人の男の生きた証だった。


 今、その指輪もゆっくりと消える。


 しかし、そんな演出は誰も見ていなかった。


 レド「うおっしゃあああ!うっしうっし!すごい!僕たちはすごい!」

 ガブ「ざまああ!思い知ったか脳筋野郎!地獄へ帰れ!」

 ベル「よくわかんないけど勝ったの〜?どうなったの〜誰か教えて〜」

 八丁「……つかれた……」

 ミレイ「あ、ごめーん、わたしちょっと離席」

 フジ「壁から出れないんですけどー……おーい、誰か、引っ張ってー……」


 人の世は無情である。


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