46 やるならいましかねえ
ミレイの唱えた魔法の衣が体を包む。
ナンガナンガのブレスが、まるで火山が噴火するような衝撃とともに放たれた。瘴気と混ざり合い紫の爆発となった炎は、絶望とともに俺たちの視界を覆う。
だめだ、絶対に防ぎきれない。
せめてと思いニアを抱き抱える。
その時、見知らぬ背中が俺の前に立ちはだかった。一人の冒険者がナンガナンガと俺の間に割ってはいる。いや、一人だけじゃない。何人もの屈強なタンクたちが次々と俺の前に集まり堅牢な壁をつくりだした。
さらに、魔法により現れた何重もの障壁が空中に広がる。ミレイのものではない。幾人もの冒険者たちが唱えた多種の護りの陣が俺の目の前を彩った。
視界すべてに色が混ざり合い、まるで虹に包まれているみたいだ。
死の境にあって、俺はそんなことを考えていた。
壁に直撃した炎の塊は無数の盾と魔法の障壁に弾かれ渦を巻く。轟音と熱風が吹き荒れる中、拡散した炎は俺とニアに辿り着く前に夜の闇に溶け込むように消失した。
後に残ったのは焼け焦げた数枚の障壁と、舞い上がる火の粉。
生きてる。
俺とニアは生き残ってる。
ナンガナンガが口惜しげに上げた咆哮が空気を震わせた。
驚きと安堵で俺は馬鹿みたいな顔をしていたのだろう。連なる背中、最後尾のドワーフのタンクがイラついたように振り返り、呆ける俺に怒鳴った。
「あんたがタゲとってるんだろ! 守るから下がれよ! やるならいましかねえんだぞ!」
やるならいましかねえ。その言葉を皮切りに、広場のあちこちから声が上がる。
「やるならいましかねえ!」
「やるならいましかねえ!」
巻き起こったやるならいましかねえのコール。たくさんの冒険者たちが、俺たちを取り囲むように群がりながら、声を上げ、拳を突き立て始めた。
さらに呆然とする俺を睨みつけるドワーフ。その迫力に「き、恐縮です」と頭を下げ、そそくさと後退した。信じられない。レドさんの適当な文句が、冒険者たちの間に熱気を湧き起こしたのだ。
当の本人は調子づいたのか、
「やるなら〜?」
「いましかねえ!」
と、コール&レスポンスまで始める始末だ。
「みんな意外とノリノリなんだけど……」
ミレイが苦笑する。その間にも次のブレスに備えて続々と広場中のタンクが終結し、さらに強固な人間の壁が作り上げられていく。気が付けば、俺の周りを円形に無数の冒険者が取り囲んでいた。
今までこんな経験は無かった。これ何人いるんだろう、と、場違いな考えが頭をよぎるほど、俺にとっては驚くべき光景だった。
「いいぞおおお! 次のブレスに備えて! ふぁいとおおお!」
レドさんが拡声器で叫ぶ。
その時広場の向こう、大通りの方向から押し寄せる無数の魔物たちの姿が見えた。いや、大通りだけではない。放射状に広がるカリアの路地、そのすべてから魔物の黒い影が大挙して迫ってくる。
「うおおおお! 魔物来ます! 守って! 守って ! はやくううううう!」
レドさんの叫びに、やるならいましかねえと息巻いていた冒険者たちからも戸惑いの声が上がった。そりゃそうだ。ナンガナンガだけならまだしも、カリア中に散った魔物たちが一転、再びこの広場に津波となって押し寄せて来たのだ。
混乱の中、戦いに向けて身構える間もなく広場の冒険者たちと魔物の群れは衝突した。
瞬間、即席の陣形は崩壊し広場は興奮と血のるつぼと化した。誰もがやみくもに武器を振り回し、魔法を打ちまくり、いたるところで吹き上がった血飛沫と魔法の爆煙が広場を包みこんだ。一気に爆発した戦闘の高揚はもう制御ができない。
そうして俺達の最後の戦いが始まった。
無理矢理に壁を押し退けニアを狙おうとする魔物たちと、それを迎え撃つ冒険者たち。壁の隙間を潜り抜けた魔物が次々と飛び掛かってくる。
ニアを抱えたまま俺は盾でそいつらを必死に弾き返す。魔物の爪を防ぎながらそれを押し返そうと奮闘するも片腕が塞がったままでは思うように動けない。猛襲する魔物の一撃を喰らいそうになった時、その脇腹へミレイが飛び蹴りをかました。魔物はもんどり打って転がり、再び円陣の中へ戻される。冒険者の壁の中でもみくちゃになった魔物は断末魔の叫びをあげ、姿を消した。こういう時には武道派のミレイが頼もしい。
「フジ!とにかくニアちゃん守って!」
「助かる!」
ここが正念場だ。なんとかここまで来た。この長い夜の始まりから、街を駆け、下水道を逃げ回り、そして再びこの場所に戻ってきた。しかしレドさんが考えた作戦はここまで。ここから先はとにかくがむしゃらに、力の限り戦うしかない。
「やれえええ! そこだあああ! 気合いだあああ!」
もう指示どころではなくレドさんは拡声器に向かって雄叫びを上げ、ただの賑やかしと化している。一方、地面にその体を叩きつけて蛇のようにのたうつナンガナンガも、まるで魔物たちを鼓舞するように怒りの絶叫をあげた。
魔物と冒険者。二つの勢力がここ凱旋門広場でぶつかり合う。
数匹の魔物に同時に取り囲まれ、俺は逃げ場を失う。ミレイが次々に魔物を蹴り飛ばすが敵の数が多すぎる。ミレイの脇をすり抜けた二匹に挟まれ、俺は逃げ場を失った。飛びかかって来る魔物の一匹を盾で押し返そうとするも、ニアを抱えているためうまく立ち回れない。もう一匹が俺の体ごとニアを貫こうと一撃を放つ。が、その頭を一本の矢が貫いた。
ドス黒い血を吹き出しながら倒れ込む魔物。血飛沫のはるか上方からその矢は放たれたように見えた。
「ガブ!」
城壁の上に掲げられた旗のたもとに、弓を射るガブの姿が見えた。姿が見えないと思ったらあんなところまで吹き飛ばされていたとは。
次の矢を構えるガブと視線が合った気がした。
みんなが俺とニアを守ってくれている。いつもとは何だか逆だ。そう思うと少しだけおかしな気がした。俺はニアを腕に抱えながら、まるで子連れで戦う父親のように必死で奮闘した。どのみちもう作戦なんか無い。何としてでも生き延びて、この夜を乗り越えるだけだ。
しかし徐々に俺たちが押されているのは明らかだった。その証拠に段々と俺を囲む円陣の輪が小さくなっている。魔物の攻勢は凄まじく、いまやその防壁は崩壊しつつあった。やがて、円陣の一角がダムが決壊するように崩れ、その隙間から数匹の魔物が雪崩れ込む。
「フジ!」
ミレイの声も魔物たちの絶叫にかき消された。体の大きいゴブリンに押し倒されるように倒れ込む。ニアを守ろうと必死に体を丸めた。
もみくちゃになる。頭が真っ白になった。こんなに大勢の敵、とにかく数が多すぎる。クソ、ここまで来たのに。魔物たちが俺をニアから引き剥がそうと一斉に掴みかかる。諦めたくは無かった。諦めてたまるか。
亀のように身を縮め、歯を食いしばる。めちゃくちゃに体を打ち付ける魔物の猛撃にHPが減っていく。ちくしょう。たとえこのまま死んでも、俺はこの場を動かない。ブレスから守ってくれた冒険者たちの背中を思い出す。俺はタンクだ。守るのが仕事だ。そんな俺を守ってくれた、みんなの思いに応えたかった。
俺は何かを叫んでいたかも知れない。自分でもよくわからない。それほどに夢中だった。
必死に耐えるだけの時間。
ただひとつ感じたのは、静かに吹いた風だ。
うずくまる俺の上で渦を巻く、一迅の風。
異変を感じ顔を上げた俺は、目の前の光景に魅入られる。風は魔物たちを斬りつけ、突き上げ、八つ裂きにし、跳ね上げ、辺りに臓物と血の飛沫を撒き散らしながらも飄々と流れていた。
その風には色があった。返り血の赤と、目が覚めるような深緑。
風は空中でそのマントをひるがえし、俺の目の前に降り立った。血に染まった二本の曲刀。こちらを見下ろす、蛇のような瞳と目があった。




