47 包囲
翡翠のトゥーファ。
イベント前にレドさんと小競り合いしていた時とは迫力が違う。突き刺すような視線。まさに蛇に睨まれたカエルのように俺は動けなかった。
壁の隙間を抜けて飛び込んで来た一匹の魔物をトゥーファは一撃で伏す。視線も向けず、手にした曲刀は弧を描き鮮血を撒き散らした。気がつけば魔物の数はかなり減っている。トゥーファの活躍だけではない。援軍だ。
俺を囲む冒険者たちの壁と押し寄せる魔物。その外周から冒険者たちが次々と集結し、魔物を駆逐していく。おそらく先ほど街の南側でナンガナンガと戦っていた者たち。トゥーファを筆頭に、精鋭とも呼べる冒険者の大群が駆けつけたのだ。
喧騒の中、俺の前に立つトゥーファは怪訝そうな眼差しを向けて言った。
「お前ら」
「は、はい?」
「お前ら……何かやってんな……?」
数秒の沈黙。
射ぬくような視線に釘付けにされ、反射的に俺は盾で腕の中のニアを隠した。バレてる……?
しばらくジロリと絡みつくような視線を俺に送った後、
「まあいいや。ほれ、よこせ」
そう言ってトゥーファはレドさんに歩み寄ると、その手に握られた拡声器をもぎ取った。
「あ! おい! それは僕の!」
「お前が持っててもしょうがねえだろ。いいか、よく見とけ」
トゥーファは拡声器を構える。
「レイドってのはな、こうやるんだよ」
そう言ってトゥーファはニヤリと笑い、空に向かって拡声器越しに声を上げた。
「いいか! よく聞け! 翠風のトゥーファだ! ここからは俺が指揮を取る!」
夜空に高らかに響き渡るその声。
「ドラゴンより雑魚の殲滅が先だ! タンクは広場中央に集まり俺を取り囲むように円になれ! 南側の守りはブレスに備えて厚くしろ!」
トゥーファの声がこだますると、明らかに場の空気が変わった。これまで思い思い、闇雲に戦っていただけの冒険者たちが指示通りに動きだす。バラバラになっていた隙間だらけの壁はすぐに再形成され、しかも先程よりも多くの屈強なタンク達が加わりより強固になった。さらにトゥーファは続ける。
「魔法隊は散らばって俺の合図で中央に向かって撃ちまくれ! アタッカーは広場の入り口を封鎖だ! 魔物を撃ち漏らしても深追いするなよ! おら! わかったらさっさと動け!」
ごちゃ混ぜになっていた冒険者たちが、まるで波が引くように広場の外に向かって散る。驚く俺の顔を見て、面白がるようにニヤニヤと笑いを浮かべたトゥーファが言った。
「ほらな、全然違うだろ? バカばっかりだからよ、具体的に言わねえとわかんねえんだよこいつら」
「そ、そうですか……」
「おらー! 魔法詠唱用意! さん、にー、いち、打てー!」
その合図で広場の中央、俺達が作り上げた円形の壁に向かって、散らばった魔法隊から一斉に攻撃呪文が放たれた。周囲に炎と氷と雷とその他もろもろ、ありとあらゆる元素が爆発し、壁に遮られた魔物たちが一斉に消滅する。
「おらそこー! ボスに構ってんじゃねー!」
ナンガナンガに向かう一人の冒険者に視線が集まる。はだけた胸元の軽装、その姿には見覚えが合った。あれは確かイベント前にミレイと組んでいた冒険者だ。
トゥーファに一喝されながらもそいつは果敢にナンガナンガに向かって剣を振るう。しかし暴れ回る巨竜の一撃に巻き込まれ、無惨にも押し潰された。同時に、その命を吸い取るかのようにナンガナンガの体を覆う瘴気が膨張する。
あれは『吸魂』。倒した相手の命を吸い取り、HPを回復させる特性だ。ナンガナンガ討伐を困難にしているのはおそらくこのスキル故。近づかず、魔法で削るのが得策だろう。トゥーファはそれを理解しているのだ。
「勇者ごっこは他所でやれボケカスが! てめえみたいな調子こきのお陰でみんな迷惑するんだよ! 一人で動くならオフゲーでもやっとけクソが! いいか! 今後勝手に動く奴は晒すからな!」
トゥーファの言葉に一層と緊張感が高まった。後ろのミレイを振り返ると、押し殺した表情の奥に隠しきれない笑みが浮かんでいた……。
そこから先は冒険者たちの独壇場だった。
雑魚を一層した後、守りのための陣形からナンガナンガを討伐するための隊列に自然と移行する。即席のレイドではあるが、統制された動きで冒険者たちはナンガナンガに向かい合った。
ひとえにトゥーファの力だ。俺達だけではとてもじゃないがこれほどの多くの冒険者をまとめあげることはできない。
そんな様子を眺めながら俺達は後方で待機するしかない。なんとなく自分だけがサボっているような心持ちがして居心地が悪く、数歩だけ前に出てせめて参加している体を保とうとしたが、ミレイに首根っこを捕まれた。
「どこいくのよ、あんたが前行ってどうするの」
「いや、そうなんだけど……なんかみんなに悪くて」
「悪いとかそういう問題じゃないでしょ。役割分担なんだから。フジがやられたら元も子もないんだからね」
「いや、それもそうなんだけど……」
その時、俺達のやり取りをかき消すように魔法の爆撃音が轟いた。
数百人の一斉攻撃、魔法の雨あられだ。みるみるうちに、動きを封じられたナンガナンガのHPが削られていく。
痛みにもがくようにナンガナンガは首をもたげ、口惜しげに吠える。しかし攻撃の手は緩まない。
「次、チャージまで待て!」
もう俺達に出番はないように思われた。このまま動けないナンガナンガ相手では負けるはずもない。広場の外から駆け付ける魔物の群れは、入り口を封鎖するアタッカーたちに阻まれる。防衛を突破したわずかな魔物も、中央で待ち受けるタンクと魔法隊が迎え撃ち殲滅した。
トゥーファと援軍が到着した時点ですでに勝負は決していたのかもしれない。ナンガナンガもいまだ異常なほどのHPを残していたがこの冒険者の数の前では、討伐も時間の問題だった。
このまま終われ、と祈るようにその攻防を見守る。しかし俺の背筋を流れる冷たい汗が、不吉な予感を示していた。




