45 吾輩はレドロフスキー14世である
どうなった?
宙を舞い、ゴロゴロと地面を転がった俺は打ちつけた頭を振り半身を起こす。腕の中のニアは無事だ。
顔を上げるとナンガナンガの巨大な瞳がすぐ目の前にあった。空間を丸ごと飲み込むように、巨大な牙を剥き出しにして何度も空中を噛む。
しかしその牙は俺達には届かない。
ナンガナンガの体は凱旋門のアーチをくぐり抜けることが出来ず引っ掛かっていた。首だけを無理矢理に伸ばして、俺が腕に抱くニアに向かおうと身悶えている。
瞳は怒りと興奮で輝き、業火を宿すように燃えていた。荒い鼻息が吹き出す度に、瘴気が渦となって舞い上がる。その迫力に気圧され、俺はしばらく立ち上がることが出来なかった。
首元をグッと掴まれ我に返る。ミレイだ。
「フジ、もうちょい……さがろ」
ミレイも目の前の光景が信じられないとでも言うように呆然とした表情をしている。
猪突猛進でニアに向かう事しか出来ない巨竜は、驚異的な耐久力を誇るカリアのシンボルを打ち破る事ができない。凱旋門は見事にナンガナンガを拘束し、身動きを封じていた。
地団駄を踏む巨体が暴れる度に、振動が都市を揺らした。突然の事態に、広場に留まっていた沢山の冒険者たちも何事かと目を丸くしている。
レドさんの作戦は成功なんてもんじゃない。大が三つほどつくの大大大成功だ。
作戦を立てた当の本人は自分自身でさえ驚いているのか、口を開けたまま凱旋門の前にボーッと突っ立っていた。その手には真っ赤な拡声器が握られている。傍らのベルさんが「すご〜い」とパチパチと拍手をする音が、場違いに響いた。
ガブを探したが、吹っ飛んで人混みの中にでも消えたのか姿は見えない。いや、とりあえずガブはどうでもいい。目の前の光景にたじろいでいる場合でもない。すぐに俺たちを追って、他の魔物たちが大挙して押し寄せて来るだろう。
「レドさん!」
俺の声に我に返ったように、レドさんは慌てて手に持った拡声器を掲げる。
が、その手は震えていた。
もともと内弁慶というかなんというか、大勢の人前に出るタイプじゃない。ましてやこんな状況だ、無理もない。しかしここから先はレドさんの口車にすべてが掛かっている。正直俺は怖かった。俺たちなんて表舞台に立って戦ったことなんてない。何万人もの冒険者のたったの六人。そんな脇役が、今、とんでもなく大それた事をしようとしている。これからどんな事態が待っているのか想像も出来ない。きっとレドさんも同じだろう。
だけど俺は信じていた。
俺たちのリーダーは、やるときはやる男だと。
覚悟を決めたように、レドさんは深呼吸をする。まるで周辺の空気をすべて吸い付くそうとするかのように、胸を広げ、深く、大きく息を吸った。腰に手をあて、仁王立ちの姿勢をつくる。炎に染まる遠くの空を睨み付け、一気に緊張と、気合と、そして覚悟を放出するかの様に、夜空に向かって声を張り上げた。
「我輩はぁぁぁ!」
拡声器により増幅されたその叫びは、まるで稲妻のように天に轟く。
「レドロフスキー14世であピーーー!」
あまりの気合いに拡声器がハウリングを起こす。しかしそんなことは気にしていられないとでも言うように、レドさんは叫び続けた。
「冒険者諸ピーーー! 我がギルド、フリッツパーティーが誇る聖騎士フジがピーーー! 暗黒竜ナンガナンガをー! 凱旋門に拘束したピーーー! 今こそ反撃の時だ! 誇り高くぅぅ、勇猛な冒険者たちよぉぉ! カリマ北方、凱旋門広場に集まピーーー! 繰り返す! 我輩はレドロフスキー14世……」
「我輩から繰り返さなくてもいいんだけど…」
ミレイが耳を塞ぎながら、苦笑いする。
あの拡声器はイベント開始時に運営の司会者が使っていたものだ。城壁の破片に埋もれたものを掘り出して見つけたんだろう。広場の隅に瓦礫をひっくり返した後が見える。
チャットが禁止されている今、その拡声器から響くレドさんの呼び声は、ワールドチャットと同様にカリア全体に届いているはずだ。
ガーディアンを失った今、ニアを守りきることは俺たちには不可能だった。このままイベント終了までの30分ほどを逃げ切ることは出来そうもない。
だが、カリア中に散り散りになった冒険者たちが再び広場に集えば可能性はある。ナンガナンガの動きは封じた。冒険者ひとりひとりの力を結集させれば、もしかすると目の前で悶えるこの夜の王を倒し、夜明けを待たずにこのイベントを終わらことができるかも知れない。
ニアの異常なまでのヘイトと、イベント故の地の利。そしてカリアに集う無数の冒険者たち。
それらをすべてを繋ぎ合わせ、この夜を乗り越える。これがレドさんの立てた作戦。俺たちの最後の希望だった。
広場に残っていた冒険者たちは突然の出来事にみなキョトンとしていた。いきなりボスが突撃して来た上に、まったくどこの馬の骨ともわからない奴が大声で意味不明な文句を張り上げているのだから当たり前だ。
好奇と、不審の視線に負けじとレドさんは声を上げ続ける。
「今こそが戦いの時だ! 勇猛果敢な冒険者の諸君! 夜明けはひとりでにやって来るのではない! 我々がこの長い夜を終わらせ! 頭上に勝利の太陽を高々と掲げるのだ! ドゥイット! ドゥイットユアセルフ! ドントルックバック! やるならいましかねえ! やるならいましかねえ!」
レドさんの必死の叫びは夜を裂きこだまする。
しかし大衆は一向に無反応だった。
「やるならいましかねえ!やるならいましかねえ!」
もう語ることがなくなったのか、レドさんはひたすらにやるならいましかねえを繰り返している。広場には目に見えるほどに白けた空気が漂っているように思えた。
「やるならいましかねえ! やるならいましかねえ!」
ヤケクソに拳を突き上げながら、ひたすらに連呼するレドさんの様子は胸を締め付けた。恥ずかしさと、無念さと、いたたまれなさで俺は思わず顔を伏せる。
失敗だ。
大が三つつくほどの大大大失敗だ。
この広場に留まっている者はつまり、ドロップアウト組だ。都市の南方でナンガナンガと戦っていた冒険者たちとは違う。イベント終了まで時間を潰し、談笑に花を咲かせ、あわよくば良い報酬貰えたらいいなー、なんて考えているエンジョイ勢だ。まあ俺たちも普段はそうだけど……。
「フジ!」
ミレイの声に顔をあげる。その視線は険しく、切迫していた。ナンガナンガが暴れ回る振動とは別の揺れを身体に感じる。無数の魔物の群れが押し寄せてくる地鳴りだ。その上……
ナンガナンガが鎌首をもたげ、天高く吠えた。その首が真赤に染まり、凝縮されたエネルギーが競り上がるように口元から漏れ出る。
――炎のブレス。
耐えきれるか? イベント開始時に目の当たりにした爆発のような炎の波が頭をよぎる。耐えられる訳が無い。しかし耐えなければならない。俺達にはもう策がないんだ。ミレイがブレス軽減の魔法詠唱をはじめた。俺は腕の中のニアを強く抱き身構える。
もう、祈るしかない。




