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パムルゴニアの冒険者たち  作者: 不思議OHP
第二章 大襲撃の夜
37/50

37 記号①

 この世界のすべては記号で成り立っている。斬られれば血が出るし、クリティカルで殴られればメガネも割れる。強い武器は光を纏うし、回復されれば暖かなエフェクトが舞う。でもそれはすべて記号だ。血が吹き出ても実際痛くはないし、メガネは割れても戦闘が終われば元通りに直る。武器の光はランクを表しているだけだし、回復を受けた暖かさはまやかしだ。


 この世界で生きると言うことは記号を認識する事だ。その意味を理解し、受け入れ、行動することの連続。いや、それは現実でも大差ないのかも知れないけれど。


 しかし今俺達が見ている光景は、ただそれだけの事とは到底思えなかった。世界を作り上げる無数の記号のひとつ。たったひとつ。


 ニアの頬を伝う涙。


 それはこの世界を構築するどんな記号よりも意味を持ち、それでいて不可思議で、そして最も俺の胸に深く突き刺さった。


 なんとかしなければならない。


 数秒後には魔物の銃撃がニアを容赦なく蜂の巣にするだろう。しかし動けない俺達には為す術もない。


 魔方陣がまるでその時を告げるように、ピタリと回転を止めた。


 それと同時に、ギャギャギャギャギャとものすごい音が辺りをつんざいた。音の主はレドさんだ。床にへばりついた姿勢ながらも両腕を必死に動かし大根を握りしめ、なんとか新たなチ◯毛汁を作ろうとしていた。


 ガブはいよいよ矢が尽きたのか、敵に向かって背を向け、ペンペン、ペンペンと一心不乱に自らの尻を叩いていた。別にふざけてるわけじゃない。盗賊のスキル、挑発。ニアのヘイトを上回ることなんて到底出来るわけもないのに必死で尻を叩いている。


 ミレイは足元の石の破片が無くなったのか、壁を殴り続けている。拳で壁を破壊し、それを投げつけようというのだ。拳からは血が吹き出していた。


 ベルさんはこぼれたチ◯毛汁をなんとかすくいあげようとうずくまっていた。地面に小さな水たまりをつくるそれは、すでにただの泥水だ。


 地獄絵図。俺たちのパーティーは絶対絶命のピンチに大根を握り、尻を叩き、壁を殴り、泥水をすすろうとするしかない。でも、みんな必死だ。思い付く限りの事、それぞれに出来ることをやっているだけだ。


 頭を使え、考え抜け。


 結局あるものでなんとかするしかない。俺にあるもの、丈夫な体、大きい体格、そしていくつかのスキル。例えば鎖。MPはどんどん減ってる。完全にゼロになる前にやるしかない。たが鎖を使ったからといって何になるわけでもないだろう。ただの悪あがきだ。


 でも悲しいかな、俺にはそれしかなかった。


 最後に残ったMPを使い、右手に鎖を準備する。  


 狙いは……あの仮面は的が小さすぎる。この距離で到底巻き付くとは思えない。頭をいくつかの可能性がよぎったが、それらをひとつひとつ検証し、考えている暇はなかった。


 ――狙うべきは敵じゃない。


 魔方陣が逆回りで回転し、再び銃撃がはじまった。その攻撃を受け止めたガーディアンの一体が先程と同じように煙を上げて爆発する。残りは一体。多分、アガペ。


 祈るような気持ちで俺は鎖を投げる。


 この鎖もガーディアンに遮られるのではないか、という考えが頭をよぎる。しかし、一直線に伸びた光はニアの体にすんなりと巻き付いた。わかってるんだ。俺が味方だってことがこのガーディアンにはわかってる。


 具現化した鎖を一気に引き寄せる。最後に残ったガーディアンが悲しい音を立てて爆発するのと、俺が鎖でニアを引き寄せるのはまったく同時だった。


 軽いニアの体は勢い余って俺を飛び越えそうになる。足が動かないながらも、ひっくり返りそうになりながらニアを抱き止めた。その軽さにあらためて驚く。そりゃそうだ。子供だ。盾を構え、ニアを俺の影に隠すように身を丸めた。


 魔法の連射がすぐさま方向を変え、俺の腕の中のニアを狙う。盾が弾丸を弾いて派手な連続音を立てた。手から伝わる振動でその攻撃の凄まじさはわかる。なんとか防いではいるが俺のHPは凄まじい速度で削られていく。ニアがいまだその手に抱えたままの壊れたガーディアンが目にはいった。『修復まで23:59』の表示。まじか。


 攻撃は止まない。

 腕がしびれ盾がぶっ飛びそうになる。


 ニアを抱え、俺はさらに身を縮めた。

 ガトリング砲の連射は一向に止まる気配がない。


 残りHPがみるみるうちに減っていく。

 頭が真っ白だ。何も思い付く事なんてない。


 ごめん、ニア。守れなかった。


 目を閉じた俺の体を、微かな暖かさが包んだ。ミレイだ。俺に回復してくれてる。でももうMPも残っていないんだろう。それは最初級の魔法だった。これも記号。この世界を構成する幾千、幾万の記号のたったひつ。しかし、その記号のおかげで俺達は時間と命を繋ぐ。


 気がつけば魔法の銃撃は止んでいた。


 まだ、死んでない。

 ギリギリ、ミレイの回復のおかげで生きてる。


 盾の隙間から敵を覗き込むと仮面の魔物は変わらず並んだまま浮いている。不敵な笑みと、怒りの形相。

最後の攻撃に向け、すでに魔法陣は回転を始めていた。次の攻撃までの数秒、俺の命はあと数秒だ。


 なんだよあの敵。畜生。

 どうすればいい。どうすればいいか考えろ。


 敵の向こうでミレイが何かを叫んでる。何? 何て言った? 大根の叫び声がうるさい上に、さっきの攻撃で耳鳴りがしてよく聞こえない。俺に向かって指を指しながら、何かを訴えている。その口の動きを読む。あ、し。あし? 足? 足がどうかした?


 腕の中のニアに視線を戻した時、俺はそれに気が付いた。


 ニアの体は薄ぼんやりと輝いている。俺の足に絡み付いていた無数の手が、まるでその光を恐れるように、体から離れていた。


 何で気付かなかったんだ。ニアだけはこのバインドを受けていない。ぼうっとニアの体が放つ光は、ごく狭い範囲だけど亡者のように群がるその手を退けていた。 


 状態異常無効。

 ガーディアンは関係ない。おそらくニア自身の持つ特性。

 

 この光もひとつの記号でしか無い。しかし絶望の中で闇を払う、最後の希望のように輝いてみえた。


 これなら動ける、動けるなら、やるしかない。

 俺が、やるしかない。


 

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