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パムルゴニアの冒険者たち  作者: 不思議OHP
第二章 大襲撃の夜
38/50

38 記号②

 躊躇している時間は無かった。

 

 覚悟を決め、仮面に向かって突進する。左腕にニアを抱えてるから片腕しか使えない。俺は盾を捨て、走りながら剣を抜いた。これで次の攻撃は確実に防げない。もうこの数秒でケリをつける。俺の剣なんてほとんどただの飾りだ。それでもやるしかない。


 敵に向かう自分の歩みの遅さがもどかしい。ミレイかガブにニアを投げ渡すか? という考えが頭をよぎった時、何かが目の前に投げ込まれた。


 瓶が割れる音とともに煙が俺の体を包む。攻撃力アップのバフ。地面に横たわりながらも投げてよこしたレドさんの援護は、俺の迷いを払った。


 選択肢は無い。俺がやる。


 八丁さんみたいに動けたらいいと思った。いつも近くで見ていながら、その背中は遠い。あの人にはこの世界はどう見えているんだろう。強いってどういう気持ちだろうか。


 少しでも、八丁さんみたいに。そう願いながら俺は夢中で吊り目の仮面に剣を振り下ろした。


 カン、と乾いた音が鳴り、確かな打撃の感触が手に伝わる。しかしダメージが足りない。こいつ、ふわふわして狙いづらい。剣を払う風圧にすら漂うようだ。

 

 もうひと振り――


 薙ぎ払った次の一撃は相手の仮面をかする。浅い。その白い表面にヒビが入ったが致命傷ではなかった。

 

 仮面の脇で回る魔方陣が音を立てて動きを止めた。撃ってくる。相手は堅くない。あと一撃。あと一撃打ち込めれば倒せる。もういちど剣を振り上げるがそのモーションの遅さに絶望的になる。間に合え。間に合え。しかし相手は二撃目の衝撃で、後ろにふわりと遠のいていた。一歩踏み込まなければ届かない。


 もっと速く。空気を動かさないほど静かに、速く。止めの一撃を放つためもう一度、踏み込む。


 だけど、間に合わない。


 魔方陣が輝く。撃ってくる。


 視界の端にもう一体の、笑う仮面の顔が見えた。俺の傍らに佇むその姿。空虚な瞳の奥。空っぽの黒い穴に俺の視線は囚われる。


 その笑みの奥。


 (何かが)


 何も無いはずの瞳の奥に、別の視線を感じた。


 (何かがいる)


 瞳の闇から覗く何かと目が合った気がした。俺の非力さを、俺のあせりを、俺の諦めを歓び、愉悦にひたる瞳。


 笑みの奥の笑み。


 合わせ鏡のように幾重にも連なる悪意の連鎖。


 頭のてっぺんから氷の槍で串刺しにされたような感覚がした。腕の中のニアの重さが遠のく。


 これは絶望だ。

 きっと、俺の心を写している。

 こんなのは気のせいだ。


 しかし、真っ黒な悪意は確かに、俺を掴まえようと手を伸ばした。


 それと同時に腕の中から放たれた光が輝く。


 そして、俺の時間は凝縮した――



 ◇



 気が付けば真っ暗闇の中にいた。何処までも続く暗闇。時間が戻ったのかと思った。ニアと出会う前の、あの世界の裏側に。しかしそうではない。この感覚は知ってる。そう、夢だ。


 目の前にはレドさんがいる。

 しかしそれはレドさんではなかった。

 俺が瞬きをする度に、その姿は一瞬で変わる。


 ミレイ、ガブ、八丁さん、ベルさん、レドさん、ミレイ、ガブ、八丁さん……


 次々と姿を変える不定の人影は口を開いた。


(君は、精神構造がシンプルだから繋げやすい)


 こんなのはおかしい。だけど夢特有の曖昧な思考で俺は答える。


 なに? 馬鹿にしてるのか……?


(そうじゃない。親しみを込めてる)


 親しみ……。


(そう、わたしたちは君に親しみを込めてる)


 わ(・)た(・)し(・)た(・)ち(・)……。その言葉でぼんやりとその正体がわかった。姿は違うが前にも夢の中で会ったことがある。いや、夢の中だけじゃない。俺達はきっと、今も一緒にいるはずだ。


(その通り。わたしたちに決まった姿は無い。でもそれだと認識する上で都合が悪いからね。便宜上何かの形をとらなければならない。君のいう『記号』だね)


 記号。さっきもそんなことを考えていたかも……。

 俺の頭の中に俺自身の声が響く。


『この世界のすべては記号で成り立っている。斬られれば血が出るし、クリティカルで殴られればメガネも割れる。強い武器は光を纏うし、回復されれば暖かなエフェクトが舞う。でもそれはすべて記号だ。血が吹き出ても……』


 やめろ。自分の頭の中を再現されるのは言いようもない恥ずかしさがある。


(君の考えは特別読みやすいから)


 また馬鹿にしてる……。


(君だけじゃない。君たちはみんなわかりやすい。わたしたちのことをどう捉えているかも知っている。さしずめこんな形に……)



 ∴



 うん。合ってる。


 頷いた瞬間、不定の人物は姿を変えた。もう人ではない。金色の毛並みを持つオオカミ。しかも三匹。


 傷だらけのオオカミたちは、痛みを和らげるように寄り添いながら、俺をじっと見据えていた。


 そうだ。俺達は戦いの最中だったはずだ。どうなった?


(どうもなっていないよ。世界の時間は数秒遅延しているけどね。今は君の夢に無理矢理介入しているだけ。夢の中の時間なんて曖昧なものだろ)


 そういうものか……?


(もちろんこれは禁忌だから許されることじゃないけどね。でも先に理(ことわり)を破っている者が沢山いるから)


 理(ことわり)……なんか難しい言い方だけど……『仕様』的なこと? 


 (そう、仕様。当たらずも遠からずかな)


 仕様を破ってる奴……そんなのは即刻BANだ。あ、いや、そういう問題じゃなくて……あの仮面の奥から見ていた奴?

 

(覗き魔のことだね。あいつはもう祓った。でもきっとまた来るよ。わたしたちを逃がしたのがよほど口惜しいみたいだから。それとは別で外からの手も動いてるけどね。意図と想定外が絡み合って彼らは大混乱みたいだよ)


 外からの手……? 大混乱……? あ、運営のことか?


(多分それかな。運営とか仕様とか、君たちの言葉はいちいち面白い。なんだっけ、さっきの。BANって追放のことだよね。あとは言霊をチャット? まるで荘厳な神話とは別の所に在るみたいだ)


 やっぱり馬鹿にしてる……。


(どうかな。捉え方は色々さ。いずれにしても、君たちは君たちの理(ことわり)の中で戦わなきゃいけない。物語と、記号の中で)


 また記号か。お前自身ただの∴のくせに。 


(言うね。でもわたしたちから見た君たちも大差ないよ。例えば、君はこうだ)



 ⛓



 鎖。

 俺は鎖か。


 (ちなみに、君がいつも気にかけてる女性はこれ)


 ✞


 だ、誰のことでしょうか……わ、わからんなあ……


 (他にも)


 ⚖


 †


 ❅


 ⚔


(君が思うようにこの世界は記号の連続で構築されている。君たちは不思議だ。あの子が興味を持つのも頷ける。記号それぞれに意味を見出し、物語を想像する。どうか、その時感じた事を忘れないで欲しい。わたしたち以外の守り手は、忘却の時に消えてしまったから)


 どういうことだ。あの子、ってニアのことだろ。聞きたいことが山ほどある。


(どうせ夢の中さ。聞いてもすぐに忘れてしまうよ。でも目が覚めた時、この夢の断片だけは掴まえておいて)


 どうして?


(君にとって必要だからさ。わたしたちにも。そしてあの子にも)


 オオカミたちは俺に背を向け歩き出す。

 その姿が闇に紛れ見えなくなる。


(いいかい、よく聞いて)


 遠くから声だけが聞こえた。

 

(目の前の記号をもっとしっかり見るべきだよ。君たちは得意だろ、そういうの)


 待ってくれ、行かないで。


(優しいあの子を、守ってあげて)


 その言葉を最後に、オオカミたちは姿を消した。



 ◇

 


 瞬きの一瞬。

 それから俺が見たもの。


 仮面の奥の瞳。

 そこにはもう誰もいない。


 代わりに、視線の中に映る赤い何かに俺は気付く。


 赤い。

 赤い文字。

 はっきりと目に映った文字の羅列。

 これも記号だ。『瀕死』を表す、血のような赤い文字。


 俺が攻撃したのは吊り目の方。にも関わらず、笑う仮面のHP表示も瀕死になっている。


 そうだ。

 こいつらは二体で一匹の魔物。

 HPも共有している。


 俺はそのまま無我夢中で、突き出していた剣を真横に薙ぎ払った。


 手応えは無かった。仮面がまるで、ただの木片みたいに割れる音。あまりに軽く、あっけないその感触。勢い余って俺が倒れ込むのと同時にカラン、と空虚な音を立てて、壊れた仮面は地面に落ちた。


 それで終わりだった。

 吊り目の仮面も、足元に群がる亡者の手も、いつの間にか姿を消していた。


「フジ!」


 ミレイが駆け寄る。抱きつかれるかと思ったがまあ、そんなことにはならない。俺の腕からニアを抱き上げ、子供の無事に安堵する母のように頬を寄せた。


 その腕の中のニアを見る。そこにはいつも通りの人形のような少女がいるだけだった。気付けば壊れたガーディアンも姿を隠している。


「なんか一瞬変な遅延した気がしたけど……良かったぁ……」


 ミレイの呟きに、あれが夢では無かったと知る。


「やばいよやばいよ!撤収!撤収だ!!」


 そう言って床に散らばった小瓶をかき集めるレドさんの声に、皆が急いで動き出す。魔物の次の襲来を意味する囁き声の断片が、壁を伝い洞窟を震わせ始めていた。


 白昼夢のような夢。


 『どうせ夢の中さ、聞いてもすぐに忘れてしまうよ』


 そう言ったオオカミの声が耳の中で鳴っていた。


「フジ、何やってんだ! 逃げなきゃやばいって!」


 通路の先から叫ぶガブの声を聞きながらも、俺は上の空でその場に立ち尽くしていた。


「フジ! おいって!」


 なぜなら夢の輪郭はすぐに消えてしまうどころか、細部まで思い出せるほどはっきりと、俺の頭にこびりついていたからだ。



ミレイ「そいえばさ、フジって武器何使ってるの?」


フジ「え、これだけど……」


ミレイ「ふむふむ。儀礼剣?え、いつも俺の武器は飾りだー、とか言ってるけどホントに飾りじゃん。えーと説明は……」


【古グラノーラの儀礼剣】ランク:A

古の大国グラノーラの近衛兵が祭事に使用した片手剣。儀礼用とはいえ女神フェミニーナの加護により強力な護りの印が施されている。


ミレイ「へー、なるほど。パラディン的にはいいのかもね。でもほら、槍とかハンマーとか他の武器もさ、一応持っておくといいんじゃない?今回みたいなこともあるし」


フジ「うーん、他の武器……やっぱりさ、主人公としては剣を持ちたいというかなんというか……」


ミレイ「(こいつ……)でも槍とかハンマーもカッコいいよ!わたし好きだな槍とか。なんかプロっぽくない?フジ似合うよきっと!」


フジ「そ、そう?じゃあちょっと良いのあるか見てこようかな」


 露店へ走っていくフジ。


ミレイ(単純なやつ……)



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