36 崩壊
「なにこれ! MP減ってく!」
バインドだけではない。俺達を捕まえる無数の腕を通し、残り少ないMPまでもが吸い取られていく。
油断していた。いつもの戦闘なら状態異常なんて当たり前の事なのに。猪突猛進でニアに向かっていく魔物ばかりだったからこんな攻撃は頭になかった。
魔物は仮面に刻まれたうすら笑いを浮かべたままその場に浮遊している。俺達の動きを止めただけで攻撃をしてくるでもない。ただ不気味な笑みを闇に浮かべたままぼうっとそこに止まっているだけだ。
今までの敵とは明らかに違う行動。
嫌な予感がした。
もしかしてこいつ……。
「気を付けて!多分、まだ来る!」
俺がみんなに声を掛けたと同時、暗闇のなかから新手が音も無く姿を現した。
暗黒のベールをはためかせた姿はまったく同じだが、仮面に描かれたその表情は目がつり上がり、最初の魔物とは対照的な表情をその仮面に刻んでいた。まるで逆さ絵だ。
その二体の魔物は横並びに留まり、動けない俺たちを嘲笑うかのようにふわふわと浮いていた。
間違いない、こいつら二体セットだ。
つり目の魔物は魔法の詠唱をはじめた。仮面の両脇に現れた二つの魔方陣。それがまるで何かを巻き上げるようにキリキリと音を立てて回転する。
俺は理解した。他の敵と明らかに違う行動の理由を。
ゆっくりと回転していた魔方陣がガシャン!と、金属的な音を立ててその動きを止めた。
こいつらは、それぞれひとつしか行動パターンがない特殊な魔物だ。一体目が範囲状態異常で動きを止めた後、もう一体が魔法の遠距離攻撃をする。通常攻撃を持たないため、他の魔物のように突っ込んで来る事をしない。
ガブが動けないながらも無理矢理な姿勢から矢を打つ。が、放たれた矢は黒いベールのような体をすり抜け、背後の暗闇に消えた。
「なんでだよ!」
怒りの声が虚しく響く。
その上攻撃も通じない……?
次の瞬間、まるで引き金が引かれたように魔方陣が逆に回転し、もの凄い音を立ててガトリング砲のように魔法の弾丸が連続で放たれた。
「ニア!」
手を伸ばすが届かない。
弾丸が直撃する瞬間、青い光の壁がニアを包んだ。次々と放たれるその攻撃をガーディアンたちは健気にも全て身を呈して受け止める。魔法の弾丸を跳ね返す金属音と鳴り止まない銃撃の炸裂が洞窟中に奔る。誰かが上げた悲鳴もその中でかき消された。衝撃でニアの帽子が飛び、ほどけた銀色の髪が闇になびく。動けない俺達はその光景をただ見ているしかなかった。
やがて、永遠に続くかとも思われた銃撃が唐突に止むと、それと同時にガーディアンの一体が煙を吹き出し爆発した。
「壊れた!?」
ガーディアンはよろよろと宙を漂い、まるで力尽きた虫のようにゆっくりと降下する。それでも意思を持って立ち上がるように僅かに浮上したが、やがて事切れるように地面に落ちる。乾いた金属音を残してそれきり動かなくなった。
残り二体のガーディアンが輝きやっとパムルゴニアの光りが放たれた。二本となった光線は魔物を貫いたように思えたが、案の定、黒いベールをすり抜け背後の壁を粉々に粉砕しただけで飛散する。
仮面の魔物は両方ともが健在だった。再び魔方陣が浮かび上がる。すぐに次の砲撃が始まるだろう。残り二体のガーディアンのHPもほとんど残っていない。おそらくもう、次の攻撃は防ぎきれない。
ミレイとガブが足元に散乱した壁の破片を拾い上げ敵に向かって投げつけた。
MPも、アイテムも、底をついた俺達に出来るのはこれしかない。数秒前、ほんの数秒前まではこの夜を切り抜けられる気がしていたが、一瞬にしてその希望は崩壊した。
ニアは魔物に向かい、いつもと変わらぬ様子で立ち尽くしている。数秒後にはあの弾丸がガーディアンを破壊し、ニアを撃ち抜くだろう。俺の脳裏にその光景が浮かぶ。
こんなの見てられない。
何とかしようと必死にもがいたが、足は一向に動かない。魔法陣がキリキリと巻かれる音が、死の宣告のようにゆっくりと鳴り響いた。
「誰か!なんとかしてくれー!」
地面に捕らえられたままのレドさんが訴える。何とかしたいのは山々だが、俺達に術はない。ガブが手当たり次第に床の石を拾い上げ、仮面の魔物に投げつける。そのほとんどはベールを通り抜けたが、たまたま仮面に当たった一つが小さな音を立てた。
――あの仮面にはダメージ判定がある。本体は仮面。あれを狙わないと駄目だ。だが、その小さな石つぶてをいくら投げつけようと、それだけでは到底倒せそうもない。
「おい仮面だ! 仮面を狙えー!!って、え!?」
何かに驚いたようにガブの声が途切れた。
ガシャンと、もう一度、魔法陣が絶望の音を鳴らす。
しかしその音は俺の耳には入っていなかった。絶対絶命の状況。それはわかってる。痛いほどわかってる。でもそんな局面にも関わらず俺は、目の前で起こった別の光景から目が離せなかった。
きっとその場にいた全員が、俺と同じだったはずだ。
時間が止まったような沈黙が流れる。
――これまで人形のように微動だにしなかったニアが、ゆっくりとその両腕を差し出していた。
少女は地面に転がったまま煙を吐き続けるガーディアンの一体をそっと抱き上げ、慈しむようにそっと頬を寄せた。その所作は優しく、まるで生きているかのように繊細だった。
ニアが動いた。
いや、それだけじゃない。
俺たちが見ていたもの。
それはひと雫。
たったひと雫。
ニアの頬には確かに、小さな涙の粒が伝っていた。




