35 ニア防衛戦
数分後、再びあの囁くような魔物たちの声が壁を伝い聞こえてきた。
魔物の第一波を退けた俺達は次の襲撃に備え、再びそれぞれの位置に立つ。と、背後のミレイが声を上げた。
「後ろからも来るよ!」
振り向けば、反対の通路から三匹の魔物が闇を抜け突進してくるのが見えた。
スケルトン型の騎士がガシャガシャと骨と鎧の鳴る音を響かせてレドさんたちの脇を走り抜けようとする。狙いは変わらずニアだ。数十秒後には先ほどと同じように魔物たちが塊となって押し寄せるだろう。今、ニアの元まで到達されてパムルゴニアの光のチャージを消費すれば、俺たちにそれを撃退する術はなかった。
全力で叩くしかない。
先頭の一体は通り抜け様にレドさんが持っていた棍棒で殴り倒す。骸骨の頭が空中に飛散し、地面に落ちて乾いた音を響かせた。
ミレイが足払いで二体目を転倒させ、ガブがそれに飛び掛かり止めを指す。
最後の一体が包囲を抜けニアに突進してくる。もういっちょ相撲だ。敵がニアに到達する寸前に、正面から骸骨を受け止め押し戻す。鎧をまとっているとはいえ、骨の体は軽く御しやすい。俺が受け止めた骸骨をベルさんの炎の魔法が焼き、魔物は闇に消滅した。
「よっしゃ!フジくんはニアを守って!ミレイちゃんは回復用意!僕らは打ち漏らしを叩くよ!」
レドさんの号令で再びそれぞれが位置に付く。
またあの魔物の嵐が来るのか……。
俺は盾を握りしめ、闇から現れ出る衝撃に備えて身と心を構えた。
◇
「はあはあ、これ何回目?」
幾度か迫り来る魔物を蹴散らし、防衛を繰り返した後、ミレイが声を漏らした。
愚痴る気持ちもわかる。ボス戦でも数十分の戦いでは集中力を保っていられない。魔物の襲撃の合間を縫って、俺達はその場にへたり込んだ。
「これまずいよ、そのうちMPなくなりそう」
「わたしも~。誰か回復アイテム持ってない?」
ミレイとベルさんが訴える。次々と襲い来る敵と対峙する緊張感は想像以上に俺達を疲弊させていた。精神的疲労は元よりMPの消費も大きい。ニアの元まで敵を辿り着かせないためには、より強力な魔法とスキルを使い、オーバーキル覚悟で叩くしかない。
こんな事態になるなんてイベント前は誰も思っていなかった。最低限のアイテムしか持ち合わせていない俺達はすでにすっからかんだ。あれ?確か……
「レドさんイベント前にアイテム補充してなかったですか?」
「そう、なんだけど……。ほら、昨日の騒ぎで家にあったストックほとんどこぼれちゃってたし……残ってるのはこれだけかな」
床に並べられた小瓶の数は決して多くない。このままイベント終了まではとてもじゃないが持ち堪えられそうには無かった。いただきまーす、とミレイとベルさんは栄養ドリンクのようにその残り少ない命の水を飲み干した。
あ、そういえば……。
ふと思い出して道具袋を漁る。確かこの辺に。何に使うかはわからない代物だが、念のため……。
俺が道具袋から取り出したその素材を見たレドさんは飛び上がり、まるで宝を拝むように飛び付いた。
「うおおお、フジくんそれは……」
「あ、これやっぱり役に立ちますか?」
俺が手に握り締めていたのは、ちぢれ毛が異常に生えた例の大根だった。なんか少し見ない間に、より激しく毛が伸びている気もするがまあいいだろう……。
「役に立つなんてもんじゃない。これを錬金すればMP全快の魔法の霊薬になる。ただ……」
「ただ……?」
「ギルドハウスの錬成器が無いと精製できないのであった」
「じゃあ駄目じゃないですか」
「諦めるのは早い。ひとつだけ別の手がある」
そう言ってレドさんは、てってれー、の掛け声とともに銀色の板のような道具を取り出した。
「この銀の下ろしがねを使い、人力ですりおろす! 回復量は劣るけど立派な霊薬にはなるよ! さて早速!」
レドさんは地面にあぐらをかき大根をすり下ろしはじめたが、途端にギャギャギャギャギャ!!と大根が叫び声をあげた。耳を塞いだガブが抗議する。
「うるせー! ってなんなのそれ!? こえーよ!」
「マンドラゴラ的なやつだからしょうがないだろ!」
レドさんは手を止めない。
「え!? うるさくて聞こえねーよ!」
「だからー、マンドラゴラだって! ファンタジーの鉄板だよ!」
空き瓶に溜まっていくその液体はこの上なくグロテスクな色をしていた。ドロドロと泡立った褐色の液体の中に、ちぢれた毛の残骸がいくつも浮いている。俺は魔法職じゃなくて本当に良かったと胸を撫で下ろしたが、隣で見守るミレイとベルさんは見るからに青ざめた顔をしていた。
「え……あれ飲むの……」
「……わたしMP節約するからいいかな~……」
そんなメンバーの不安と恐怖は目に入らないかのようにレドさんは、できた! とばかりにその小瓶を差し出した。
「名付けてレドトロピカル! さあ、飲みなんせ!」
「何が飲みなんせだ! そんなん飲んだら死ぬわボケ!」
「なんだとー! 貴様にはやらん!」
「おっさんのち◯毛汁なんかいらねーよ!」
「ち◯毛汁とはなんだ!レドトロピカルと呼べ!」
ガブとレドさんの取っ組み合いが始まろうかというその時、二人の背後で影が揺らめいた。
それはほとんど闇に同化し、目を凝らさなければ錯覚かと思うほどに不確かな輪郭をしていた。小さな白い仮面だけが、闇のベールをまとうように宙に浮いている。見たことのない魔物――
「レドさん後ろ! 後ろ!」
へ? とレドさんは目を丸くする。
突然の出現に反応が遅れた。俺はニアの元へ駆け寄ろうと身構えたが、その時にはすでに魔物の攻撃は開始されていた。
まるで水が広がるように、辺りの地面一帯がたちまち黒く染まる。なんだこれ。まずい。そう思った瞬間、暗黒の水面から幾つもの手が伸びて俺の足に絡みついた。
見渡せば全員同じように地面から現れた無数の手に足を取られ、動きを封じられている。座り込んでいたレドさんは足どころか全身絡め取られ、ほとんど地面と同化していた。
「ぐおお、これどうなってんの!?」
顔面をその手に掴まれたレドさんのくぐもった叫びがこだました。
「ちょっと何これ! 動けない!」
範囲状態異常、『バインド』だ。
レド「昔はさ、人力で素材をすり下ろしてアイテムを作ってたんだよね。度重なるアプデで今では便利に錬成できるようになったけどさ。あの頃は不遇の時代だったなあ。僕は今でも初心を忘れないようにこのおろし金を常に持ち歩いているんだよね……って誰も聞いてないよね、こんな状況だと。ぬわー!体が動かない!」




