34 嵐の中で
道端はどんどんと狭くなり、いよいよ下水道は洞窟の様相を呈す。旧地下水道と呼ばれる廃棄されたエリアに差し掛かっていた。
俺たちはその狭い迷路を足早に進む。先頭のレドさんが作戦の概要について口を開いた。
「つまりはガーディアンの仕様の理解だよね。ニアまで攻撃が届かなくてもガーディアンは発動する」
「どういうこと~?」
「えーと、例えば城の王様なら衛兵が守ってる。んで、不埒な輩が王様を狙って矢を放ったとすると、当然衛兵が王様を守るわけだけど、王様の頭に矢が突き刺さってからじゃあ遅いわけだ。そんな衛兵は即刻クビだね」
ふむふむ、とベルさんがわかっているのかいないのか、相槌を打つ。
「この場合の王様がニア、衛兵がガーディアンとして考えるとだね。つまり、ニアがターゲットされて、攻撃が放たれた瞬間にはすでにガーディアンは動き始める、ということだ。ここまではいいよね」
「まあそりゃそうだわな」
と、ガブ。
「ニアへの攻撃をガーディアンが防ぐのは当然だ。ではその前に、全然別の第三者、つまり変な鎧を着たドMのタンク野郎が横からしゃしゃりでてガーディアンより先に防いだとしたらどうなるのか、ということさ」
「それ俺のことですか……?」
「例えばの話さ! フジくん被害妄想がひどいな」
「そういうのいいから! それでどうなるの?」
答えを促すミレイに、レドさんは口ごもりながら言う。
「どうなるのかは……正直僕もよくわかってないんだけど……」
「は? この時間何なんですか! ふざけてる場合じゃないですよね!」
詰め寄るミレイの剣幕に、レドさんは慌てて続ける。
「あ、いや、わかんないけどわかったんだよ!ほら、さっきミミミに出会い頭で攻撃された時フジくんはニアを庇ったよね。それでもパムルゴニアの光は発動された。そしてガーディアンは無傷だ。ニアが狙われた、という事実さえあればいいってことだよね。その辺りの判定は複雑だとは思うんだけど。とにかくその状況でもカウンターは発動する。つまりは……」
みなまで言わずとも、俺は大体のところは察していた。なんともパラディン冥利に尽きる作戦だ。
「フジくんがニアのガーディアンになって全部のダメージを肩代わりする、ってことだね」
◇
レドさんの提案した作戦位置に移動した俺達はあらかじめ決めた配置に散らばって敵を待った。
俺とニアは南側の長い通路に向かい、他のメンバーはその後ろに待機している。
ニアはいつの間にか着替えさせられていた。キャスケットに男物のシャツ、野暮ったいズボン。銀色の長い髪は帽子の中にまとめられ、一見するとまるで少年のようだ。ベルさんいわく、逃避行といえばこんな格好らしい。
「ホントだって! まあ来なければいいし、備えるに越したことはないだろ」
作戦位置に待機して数分、何も起こる気配が無いことに焦ったガブが言う。確かにその通りだ。
本当に来るのか、という疑問と、来なければいい、という希望的観測が頭の中で渦巻いていた。このまま何も起きずにイベント終了までの残り時間が過ぎる。それが一番いい。
――でもきっとそんなことにはならない気がした。
通路の天井は低く、道幅も広くない。整備された入口付近とは違って、ほとんど洞窟と言ってもいいくらいだ。確かにレドさんのいう通りに事が運べばニアのガーディアンのレーザーを避ける隙間はほとんど無いように思えた。
魔物が来るであろう暗闇の先に目を凝らす。ただ無音の黒い空間が広がっているだけだ。じっと見ているとそれが作り物とはいえ、暗闇に呑み込まれそうな不思議な感覚に襲われる。
「そもそもこんなへんぴなとこまで来る? 仮にもイベント中でしょ?」
疑わしげなミレイの言葉にガブがさらに疑問の声をあげる。
「なんかよー、このイベント自体おかしくね?」
「どういうこと?」
「カリア以外閉鎖とかさ。ただのイベントでそんなことする? 普通?」
「うーん、そう言われればそうだけど……ほら、イベントも色々嗜好を凝らさないと」
「凝らしすぎだろ。結果こんなことになって……」
「静かに。何か聞こえなかった?」
レドさんが指を立ててミレイとガブの会話を遮った。耳を済ますが、これまでと変わらず水が流れる音しか聞こえない。気のせいじゃないですか、と言い掛けた時、水音に混じってたしかに何かの話し声が聞こえた気がした。それは狭い通路内を反響し、遠くから鳴っているようにも、すぐ耳元で鳴っているようにも聞こえる。まるでこの地下水路自体が囁いているようだった。
「何これ……なんか気持ち悪い……」
段々と輪郭をはっきりさせていくその音に、ミレイが不安な声を漏らす。
これまで聞いたことが無い音だった。いつもはぎゃあぎゃあとうるさいメンバーたちの沈黙が、いっそうにその不気味さを引き立てる。
間違いなくそれは声だ。
子供がひそひそと秘密の話をしているようにも、老人が苦しそうに呻いているようにも聞こえる不思議な声。目を閉じて辺りに集中する。
水の音、ネズミの鳴き声、それから壁を伝うように響く囁き。
ぼんやりとした音の輪郭を捉えたように思った瞬間、俺は反射的にありとあらゆる守りのスキルを片っ端から連打した。
来た――
「フジくん!」
レドさんの声はもう俺の耳には届いていない。
その囁きはすでに囁きではなかった。まるで嵐がたちまちに近づいて来るかのような、地を揺らす轟音が闇の中から迫ってくる。が、その正体を確かめている時間はなかった。
後ろのニアをターゲット。俺は盾を体の前に掲げスキルを発動させる。何でもいい、ありったけの持っているスキルを乱打する。
レドさんが道中で話した作戦はまったくもって単純明快で、わかりやすいことこの上ない。俺自身がニアのガーディアンとなり、すべてのダメージを肩代わりする。レドさんのいった通りに事が運べばニアを守りきることができるのかも知れないと思った。そう思いたかった。
しかし、これほどの事態は想定していなかった。
それは一瞬の出来事だった。
暗闇から現れた者の正体を、俺はすぐには理解できなかった。無数の手足、数え切れないほどの瞳、まるで悪夢から這い出て来たような姿。それは巨大な一つの塊となった魔物の群れだ。狭い通路を我先にと、お互いを押し退けながらも団子となって突進してくる。
その姿を視界に認めた瞬間、俺は理解した。この音。魔物たちの声。通路に響いて来たあの囁き。それは魔物たちの歓喜の声だ。ニアを見つけたことがこんなにも嬉しい、ニアを殺したくて仕方がない、と体の底から漏れ出る至福のうめきだ。
その異常な魔物たちの姿に俺は初めて背筋が凍りつくのを感じた。勿論、これまでだって恐ろしさを感じたことはある。凶悪なボス、地獄のような魔界の淵、このどこまでも続く迷宮の深い闇。でもそれらはすべて、頭のどこかでは所詮は作り物の世界だってわかってる。誰かが用意した、お化け屋敷のような、シナリオのある恐怖。
今、目の前にある出来事はそれらとは明らかに違っていた。得体の知れない現象と、幾百の悪意の波に打たれ、俺は体の底が冷たくなる感覚を覚えた。
怖い。
それは初めて感じる、本当の恐怖だった。
「ニア!」
顔を伏せ、たまらず叫んだ。
魔物の塊に飲み込まれる。
無数の衝撃が、体を叩く。
みるみるうちにHPが、減っていく。
ミレイとレドさんが俺に投げる回復の光が体を包んだ。その光の眩しさのせいか、恐ろしさのせいか、強く瞼を閉じた俺は、もう何もわからなくなった。
もうだめだ。
耳の中で暴れる音は、すべての希望を砕く。
諦めた次の瞬間、一転して、あたりには痛いほどの静寂が降りていた。
死んだ? 俺は死んだかも。
数秒後、目をゆっくりと開けると俺の前にはこれまでと変わらない暗闇だけがあった。
足元には焼け焦げた無数の魔物の死骸だけが転がっている。
「フジくん下がって!」
レドさんの声で我に返る。
パムルゴニアの光が打ち漏らしたと思われる魔物が数匹、闇の中から姿を現した。呆けている俺の前にレドさんとガブが立ちはだかり、向かってくる魔物に殴りかかる。
俺の足は動かなかった。
恐怖で足がすくんでいた。
おそるおそる振り返ると、ニアは何事もなかったかのように変わらずそこに立っていた。ガーディアンも、勿論ニアも無傷だった。次のパムルゴニアの光をチャージする、ガーディアンの青い光だけが闇の中に浮かび上がっていた。
レド「うおお……すごいぞこの作戦は……これをレドスペシャルと名付けよう、そうしよう」
フジ「レドさん関係ないし……」
レド「考えたのは僕だぞ。これでニアは五つの金色の玉をガーディアンに従えたわけだふふふ」
ベル「どういう意味?」
レド「あ、いや、意味を聞かれるとなんというか……わ、忘れて下さい……」
ガブ「うろたえるなら言うなよ!」




