33 ミミミ
「なるほど、ミレイちゃんは過去の自分、そして現在の自分に向き合うことでトラウマを乗り越え覚醒したと、そういうわけだね」
「いや、そんなドラマチックな話ではなくて気合いと根性でなんとかした、って話ですよ」
レドさんたちと合流出来た俺達はダンジョン内にある休憩所へ身を寄せていた。
部屋の中には粗末なベッド、簡素な棚が並べられており、俺たちはその狭い場所にスシ詰め状態となっていた。休憩所と言っても別に体力が回復する施設などではない。この下水で働く作業員ための部屋なのだろう。要はただの雰囲気作りのオブジェクトだ。
まったく安心できる状況ではないが、人間の生活感があるその場所は、陰鬱な下水道の中で少しだけ気を紛らわせてくれた。
「あとはガブちゃんと、そして八丁……はどうだろうね。期待しないで待つしかないか……」
レドさんはそう言って埃だらけのベッドに大の字に横になった。
ひとまずこの場所は今は安全のようだ。ネズミは相変わらずチョロチョロと歩き回っていたが、魔物たちの気配は無い。もし遭遇したとしても初期から潜れるダンジョンだ。さっきの寄生ミミズ、いや寄生ネズミ? を除けばそれほど怖い敵はいないだろう。
ゲーム内時間はおよそ深夜2時。イベントが始まってからもうすぐ一時間がたつ。
「んで、その巨大ネズミ……いや巨大ミミズはなんかドロップしたわけ?」
まるで自分の部屋のようにベッドにだらしなく横になったままレドさんが俺に尋ねる。
「そうそう、これなんですけど……」
懐に忍ばせていたアイテムを取り出すと、隣のミレイが素っ頓狂な声をあげた。
「ひえっ、いきなり出さないでよ!」
「いや、ただのミミズの干物だし」
「そういう問題じゃなくて……」
「さっきのネズミ……いやミミズ?に比べれば可愛いもんだよ」
「だからー、もうやめて。ネズミとかミミズとか聞くのももう嫌になってきた……」
俺の手の中の干物を興味深そうに眺めながらレドさんはふむふむ、と頷く。
「アイテム名『ミミズの尻尾』か。未鑑定だと効果わからんね。ふーむ、巨大ミミズ……もとい巨大ネズミの尻尾が小さくなったのかな。ミミズの尻尾切りとは言うが……あれ?ネズミだっけ?いや、トカゲ?」
レドさんはネズミが……いやミミズが……とぶつぶつ呟いている。しかしいい加減……
「ややこしいからネズミかミミズかどっちかに決めませんか!」
「どっちでもいいでーす」
俺の訴えにミレイが興味なさげに言う。一方レドさんは対照的に身を乗り出して主張した。
「でもほら、『ミミズの尻尾』って名前なんだからやっぱミミズなんじゃない?」
レドさんはそう言うが、果たしてそうだろうか。何だか言葉としてモヤモヤする。
「ミミズの尻尾ってなんか違和感ないですか?『ミミズ型の尻尾』ですよって意味のミミズの尻尾ならわかりますけど。そう考えるとあれはやっぱりネズミだと思うんですけど」
「お、おう……フジくん、よくわからんとこで意外と細かいな……。なんか僕もわけわかんなくなってきた……もうベルさん決めて」
「え~、じゃあミミズとネズミで『ミミミ』」
「あ、ミミミ可愛い。ミミミ採用。はい、決定ー。この話終わりね」
ミレイが無理やりに締めた。く、なんか釈然としないな……と思いながら俺は手の中の干物を見つめた。
これはあのネズミ、いや、ミミミ? がドロップしたアイテムだ。ミレイが触るのを嫌がったため俺が持っているわけだが……。名前はともかくとして、これがレアアイテムであることには間違いない。見たことも聞いたこともない上に、そもそも下水道にあんな魔物がいるなんて知らなかった。おそらく超レアな隠しモンスターだ。そんな魔物が向こうからわざわざ寄ってくる。それはやはり……。
俺はずっと抱いていた疑問を口に出してみた。
「そもそも何でニアばっかり魔物に狙われるんですかね」
「さあ、なんでだろ……?なんか魔物に悪いことでもしたとか?」
「可愛いからじゃない? 可愛さ余ってなんとやら~みたいな」
膝に乗せたニアの頭の皿を撫でながらベルさんが言う。今だに河童の格好をしているニアだがなんか見慣れてきた……。
ベルさんの言葉を受けレドさんが、いかにも意地悪そうにミレイを見た。
「可愛いのが狙われるんならミレイちゃん大変だね。え、狙われない? 全然? おかしいなー、なんでかなー」
「ちょっと、レドさん怒りますよ」
「僕は何も言っていない。ニアが何故狙われるのか、その可能性について実例から検証しているだけだよ」
「虫が光に寄ってくるみたいな感じじゃないかな~?ほら、例えばあれとか」
ベルさんが指差す部屋の角を見ると、通気孔と思われる小さな穴に何かが動いている。
「ひえっ! ネズミ!?」
「魔物か!? ころせころせー! ほらベルさん魔法打って!」
騒ぎ立てるメンバー。すぐさまベルさんが魔法を通気孔めがけて打ち込んだ。
炎の直撃を受け、穴にいる何かが声をあげた。
「ぎゃ! ちょ! やめろ!」
「おい! こいつ喋るぞ!」
レドさんはどこから取り出したのか、手にもった謎の棒でグリグリとその穴を突っついた。
「いてー! 俺だよ! 俺!」
「俺じゃわからん!」
ブスーっとさらに一刺し。レドさんはわかってやっているのだろうか……。
「ぎゃー! 死ぬ!」
それは、何故そんな所にいるのかはわからないが通気孔に挟まって動けなくなったガブだった。
◇
「え、じゃあ魔物がどんどん下水道に入り込んでるってわけ?」
「そういうこと。俺めっちゃイベント健闘してたんだぜー。せっかくマーカー辿って知らせに来てやったのになんたる仕打ち!」
「なんでまたそんな……」
考えられるとすれば原因はやはりニアだった。もはやヘイト云々という次元の話ではない。まるで魔物が寄って集ってニアを探しているみたいに思える。そんなバカな話があるだろうかと思いつつも、イベントそっちのけで魔物がこんな場所まで入り込んでくる状況はやはりおかしいと思わざるを得なかった。
「で、どうするよ、のんびり休憩してる場合でもないぜこれ」
ガブの問いに、マップを開いて何かを考え込んでいたレドさんが話だした。
「魔物に何度か教われて分かったことがある。端的に言うと……ニアのガーディアンは正直……弱い!」
先程の検証の結果、それは十分過ぎるほど俺たちにはわかっていた。なんだかパムルゴニアの光の威力と他のステータスが釣り合っていない。ニア自身もその辺の村人レベルの体力しかないし、ガーディアンも脆い上にパムルゴニアの光も連発できない。魔物が束になって襲って来ればひとたまりもないだろう。
そこでだ、とレドさんが空間に広げたマップを示して言った。
「天才である僕が素晴らしい作戦を思い付いた。敵を迎え撃つとすればここよ、ここここ。ここしかない」
レドさんが指差した場所は、今いる場所から程近いエリアだった。長い直線が続いた後に部屋のような広い空間があり、そこからさらに奥へ向けて曲がり角になっている。
「ガブちゃんの情報が正しいとすれば魔物たちの多くはスラム側の入口から来るはず。もっとも入口は複数あるから全部ではないけど。一番ここから近くて僕の作戦に適してるのはここだ」
「なんでここがいいの?」
ベルさんの問いにレドさんはニアをちらりと見たあと答えた。
「ニアのパムルゴニアの光が一番威力を発揮するのがここだと思う。これまで見たかぎり、あの攻撃はカウンターでしか発動しない貫通性の超距離レーザー砲。つまり、この長い通路の端で撃てばその直線上にいる魔物を一網打尽にできる。なるべく一発で多くの魔物を仕留めて、チャージタイムを稼ぎたい、ってわけよ」
「通路の逆側からも敵来たらどうするの?私達で処理するってこと?」
「そそそそそ。あと流石に打ち漏らすだろうからそれも処理。完璧な作戦ですよこれは」
そう言ってレドさんは自慢げに鼻息を荒くした。
そんなに上手くいくだろうか、という疑念が拭えない。そもそもひとつ心配がある。ニアのガーディアンは脆い上、自動回復の効果も戦闘中は意味がないほどの少量だ。魔物を迎え撃ち、撃退し続けられるほどその攻撃に耐えられるとは思えなかった。
「でもさっき言ったようにガーディアンは弱いですよね。そんなに丈夫じゃないですよ。一度で済めばいいですけどそんなに何度も」
「そこはほら、保護者がしっかり守ればいいわけよ」
そう言ってレドさんは俺を真っ直ぐに見て肩をポンと叩いた。え、俺……?
「急ごう、のんびりしてられない。計画の詳細については作戦ポイントへ向かいながら説明するよ。ゴーゴゴー!」
レド「てかお兄さんたちは真面目な話をしてるんだぞ!キュウリなんか食ってる場合じゃないだろ!君は!」
ニア「……」
フジ「いや、これさっきレドさんが持たせてましたよね……」




