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パムルゴニアの冒険者たち  作者: 不思議OHP
第二章 大襲撃の夜
30/50

30 下水道の乙女⑤

「フジ!」


 必死の顔をして走って来るフジが、わたしを助けに現れたわけじゃないことは一目瞭然だった。わたしの姿を見て向こうも驚いた表情をしている。


「ミレイ!?」


 フジの素っ頓狂な声が通路に響き渡った。


 瓦礫の中から巨大な影が立ち上がるのが見えた。フジはあれから逃げてる? ていうか、フジが抱えてる緑の何あれ? 河童? もしかして下水道って河童いるの? 人間に棲みかを追われた河童が人知れず地下に住み着いてて……とか?あ、いや、違う、あれニアちゃん!?


 気付けばフードの赤目も呆けた顔をして目の前に迫る光景を見ていた。


 あれ、これ、もしかして、

 チャンス?


 咄嗟に、丸出しの顎に向かって下から掌打を叩き込んだ。相手の脳が揺れる感触が伝わる。クリティカル。なんで今。相手が仰け反り、押さえつける力が緩む。今だ。


 身をよじり、そのまま相手を突き放して立ち上がった。フードの赤目は膝をついてる。鎧の男も突然の出来事に馬鹿みたいに突っ立ってるだけだ。


 今。

 やる。


 全体重を込めて踏み込む。

 さっきまで動かなかった体は嘘みたいに軽い。

 まるで踊るみたいに、滑らかに動ける。


 わたしは赤目の憎たらしい顔面を目掛けて、足を思い切り振り上げた。渾身のサッカーボールキックにメキメキと、相手の顔がひしゃげる。快感。最っ高。でも一度じゃ終わらせない。浮き上がった赤目の潰れた顔に向かって、全身の力を込めて拳を振り抜いた。 


 空気を巻き込みながら赤目は回転して吹っ飛ぶ。またクリティカル。ボロ雑巾のように倒れた赤目は動かない。即死だ。

 

 ざまああああ! と叫び出したくなる気持ちをぐっと堪え、鎧の男に向き直る。


 次はあんた。

 ぶっ殺すから。


 拳を握り身を固めたわたしの体はしかし、ふわりと浮いた。フジがすれ違い様にわたしを抱え込み、そのまま赤目の脇を走り抜ける。鎧の男は一瞬の事に何がおこったのかわからないまま立ち尽くしていた。


「ちょっとフジ!」


 鎧の姿が遠くなっていく。倒れたままのフードの男の死体も。馬鹿フジ、降ろして。まだ終わってない。そう口を開きかけた時、暗闇から男の叫び声が聞こえた。


 その断末魔の悲鳴は反響して、下水道に何重にも鳴り響く。暗闇の中からこちらに迫ってくる巨大な魔物。それに踏み潰され、あいつは絶命したらしい。


 なんだあれ。すごく大きい。


「ミレイ何してたの!?」


 息を切らせたフジが言う。


「それはこっちの台詞!あんたも何してるの!」


「俺はあいつから逃げてる!」


 そんなのは見ればわかる。わたしが聞きたいのはあれが何なのか、ってこと。


 わたしは後ろの暗闇を振り返る。闇の中から迫る二つの大きな赤い光。その正体は何となく予想はついた。これまで散々見た光だったから。でもこんな魔物見たことも聞いたこともない。


 ――よりによって、またネズミ。


 その巨大なネズミの魔物はわたしたちを一心不乱に追いかけてくる。距離は狭まりこのままでは逃げ切れそうもない。


「なんでずっと追っかけて来るの? あれなに!?」


「わかんないけどあいつは多分ニアを狙ってる!」


 ニアちゃんを狙ってるってどういうこと?でも詳しく聞いている余裕は無かった。


「フジ! 降ろして!わたしがやる!」


「おう、ってネズミだよあれ!」


「そんなの見たらわかる! 早く!」


「でも……あいつ何か変なんだ! ニアのレーザーも全然効かなくて倒せない!」


「意味わかんない! いいからはやく!」


 フジの腕から躊躇が感じられる。ばか。どのみちこのままじゃ追いつかれる。わたしは身をよじり自分からその腕を抜け出した。地面に降りてそのまま飛ぶ。何故か恐怖は無かった。色んな事が一度に起こって頭の中がマヒしていたのかも知れない。フードの男は殴り倒したけどまだ足りなかった。鎧の男のトドメを逃した。あいつが悔しがる顔が見たかった。わたしを襲ったことをわたし自身の手で後悔させてやりたかった。腹が立つ。めっちゃ腹が立つ。胸に留まるモヤモヤを吐き出したくて、わたしは夢中で叫んだ。


「フジ走って!」


 違うかも。このモヤモヤ。腹が立ってるんじゃない。この感じ。わたしは高揚してる。怖さでドキドキしてるんじゃない。興奮してドキドキしてる。あのムカつく顔を殴り飛ばした感触が、まだ体に残ってた。あれで終わりなんて消化不良だ。ざまあ! と叫んで、相手を罵って、無様に目の前に膝まずかせてやりたかった。


 わたしも子供だ。みんな子供だ。大人が子供になれる世界で数え切れないほどの子供が遊んでる。残酷さも身勝手さも許容される世界。用意された遊び場と、与えられたおもちゃで、みんな精一杯遊んでるだけだ。


 巨大な赤い目がすごい勢いで迫ってくる。怖くない。同じ赤い目でも、さっきの赤目に比べたらこんなの怖くない。ただの作り物。生きている人間に比べたら、こんなの。


 わたしは思い切り向かってくる赤い目に向かって蹴りかかった。あれ?鼻っ柱に直撃した蹴りはまったく効いてないみたいに弾き返された。ダメージの感触はあるけどフジの言ったとおりに何かがおかしい。


 ネズミの頭の毛にしがみつき、そのまま何発も拳を叩き込む。振り落とされないように必死で、正直それがネズミであることも忘れていた。


 その時、耳元で何かが空を切った。ブンブンと絶え間なく振り回されるそれは、わたしを払い落とそうとするかのように空気を切り裂く。


 途端に、高揚が、胸の高鳴りが、わたしのなかで燃えていた炎が、音を立てて萎んでいくのを感じた。


 いやだ。やめてよ。勘弁して――


 暗闇からわたしに向かって振り回されるもの。


 それは巨大なミミズのように暴れまわる、ネズミの尻尾だった。


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