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パムルゴニアの冒険者たち  作者: 不思議OHP
第二章 大襲撃の夜
29/50

29 下水道の乙女④

 手の中のネズミと見つめ合ったまま時間は凍りつく。


 まるで石化の魔法にかけられたように指先から感覚がなくなり、雷撃の痺れが背骨を貫き、極寒の波動が頭のてっぺんから全身を駆け巡る。


 まるで状態異常のオンパレード。

 

 その空白が命取りだった。


 ふいに首根っこを捕まれ、わたしは我に返った。手の中のネズミはいつの間にか消えていた。記憶が飛んでる。ほら、前に下水道に来た時のこともあんまり覚えてないし、脳が記憶を消すとかやっぱりあるんだ。


 そんなどうでもいいことを考えるほどに、頭は淀み、混乱し、ショートしていた。


 もう一度宙に舞った体は、壁に向かってものすごい勢いで叩きつけられる。鎧の男はそれでも離さず、反対の壁に向かってわたしをさらに放り投げた。


 壁に激突する衝撃。

 呼吸が止まる。

 あれ?

 これまずいよね?


 天井から滴った水溜まりに倒れ込んだ。冷たい。そして汚い。ちがう、そんな場合じゃない。しっかりしろ、わたし。遠くに行ってしまったみたいな思考を必死に呼び戻す。


 かなりのダメージ。

 最悪の状況がすぐそこまで迫ってる。

 いや、もう手遅れなのかも。


 倒れたわたしを見下ろす鎧の顔はさっきまでと別人みたいに見えた。目を見開き、鼻息を噴射するように吹き出してる。頭を踏み台にされてキレたのかも知れない。


 その真っ赤な目を見ていると、何故か背筋に冷たいものが走った。


 男はわたしに歩み寄り、そのまま顔を踏みつけようと足を上げた。が、それをフードの男が制す。助けてくれる、わけではなさそうだ。


 いわゆる、トドメは俺が刺す、的なやつね。


 手の中のナイフをもて遊びながら男はゆっくりと歩み寄る。仰向けのわたしに馬乗りになったフードの奥の目は爛々と輝いていた。赤目のせいだけじゃない。これから自分がする行為の興奮に、冷たく燃えている。


 男が構えたナイフの刃が、その瞳と同じように鋭く輝いた。


 まずい。

 まずいけど。

 抵抗しようにもさっきから体が動かない。


 ダメージのせいじゃない。ましてやさっきのネズミのせいでもない。


 頭と体がバラバラになっちゃったみたいに、これまで無意識に行っていた身体の操作がわからなくなっていた。身をよじることも、声を出すことも出来ず、わたしはただそのナイフの先端を見ていた。


 なんで――


 ゆっくりと振り下ろされる刃。


 PKされたのがきっかけでゲームやめちゃう人の話はよく聞く。アイテム取られるぐらい大したこと無いでしょ、って今まで何となく思ってた。そもそもわたし大した物持ってないし。でも違う。今わかった。みんなが何を感じたのか。みんなが何を嫌がったのか。何故、今、体が動かないのか。


 フードの奥の目。

 鎧が見下ろす目。

 その視線がわたしの動きを封じてる。


 まるで真っ黒な見えない刃が、わたしを突き刺してるみたいだ。


 人の悪意に触れるのは怖い。魔物が襲ってくるのとは訳が違う。人間が、生きている人間が、はっきりとした意思をもってわたしを殺そうとしてる。その事実がわたしを地面に貫いて、(はりつけ)にして、動けなくさせている。


 通路の端、さっきと同じ奴かはわからないけど一匹のネズミがこちらを観察するようにじっと見ていた。そのネズミに尻尾が無いように見えたのは気のせいだろうか。


 迫るナイフの先端が、あの日、わたしがネズミに突き立てた枝と重なる。フードを被った赤目の姿が、レインコートのわたしと重なる。傍らで見守る鎧の男が猫と重なる。涙が出そうになって世界が滲む。あの日と同じ、霧雨が降る。


 みんなただ遊んでるだけだ。ただの好奇心。ただ子供だっただけ。精一杯遊んでるだけ。


 誰にも悪意なんてない。

 こいつらにも。

 あの日のわたしにも。


 だからこそ、残酷だ。


 泣いてたまるか、と睨み付けるわたしの目に、フードの奥の赤い目が一瞬躊躇したように見えた。


 なにビビってんの? さっさとやればいい。やりなさいよ。そしたらすぐに戻ってきて、復讐してやるから。今だけじゃない。これから先、ログインしてるあんたを探して見つける度に殺してやる。しつこく、執拗に、何度でも。名前は覚えた。『イチローくん』ね。()()って(つら)? うちのパパとおんなじ名前だし絶対に忘れない。わたしはフレンドが多い。全員に頼んであんたを包囲する。個人的に懸賞金を出してもいい。もう逃げられない。あんたの楽しいゲーム生活も終わり。これは命乞いじゃないし、負け惜しみでもない。宣告。あんたへの死の宣告。そして自分への宣言。あんたが自分の行いに悔いて泣いて謝るまでやめないと、自分自身に誓う宣言だ。ほら、はやくしなさい――


 ――しかし、そんな思いは一言も言葉にならなかった。


 ナイフがいよいよ振り下ろされる中、おい、と鎧の男が低く声を発した。不安げなその声色にフードの男は手を止める。握ったナイフは宙に浮いたまま、わたしの鼻先で止まってる。


 鎧の男は耳を澄ますように、天井を、壁を、じっと見つめていた。


 なに?


 その時わたしは気付いた。背中から伝わる振動。ドオン、ドオンと断続的に。かすかだけどそれは確実にどこかから伝わってくる。


 傍らのネズミが小さく鳴いて走り去る。


 フードの男がいぶかしげに暗闇を見つめる。だんだんと振動は大きくなる。わたしは仰向けのまま頭を反らし、その視線の先を逆さまに眺めた。暗闇の曲がり角。奥から何かが近づいてくる。


 一際大きな振動が響き、天井から埃がパラパラと落ちた。

 

 明かりの届かないその先に目を凝らす。


 ふいに数回、暗闇に光が瞬いた。

 青白く、瞼の裏に焼き付くようなまばゆい閃光。

 それは世界のすべての闇を払うように輝き、一瞬で消えた。


 あの光。

 わたしはあれを知っている――


 次の瞬間、爆発するような衝撃とともに曲がり角の壁に何かが激突した。


 振動で揺れる視界。

 体の上の赤目が態勢を崩す。

 舞い上がる土埃。

 

 そして、その中から飛び出して来る人影。

 

 くすんだ黄金色の鎧。背の高いがっしりとした体はそれでいて、どこか不思議と自信なさ気に見える。それから、いつも見慣れた少しだけ不格好な走り方。


 その姿を認めた時、体の中から何かが湧いた。これまで出なかった言葉が、声が、いつものように自然と胸の中から飛び出す。


 全身を磔にする見えない刃を払うように、わたしはその名前を呼んだ――――


 「――フジ!」 

 

 

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