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パムルゴニアの冒険者たち  作者: 不思議OHP
第二章 大襲撃の夜
28/50

28 下水道の乙女③

 倒しきれなかった。


 コンボの最後の蹴りを決めたわたしは距離を取り、フードの男と睨み合う。相手は瀕死に近いがまだ生きてる。あと数手だけど押し切るのは危険だ。


 赤目が逆手に持ったナイフがきらめく。見たことのない装飾の付いたSSクラスの短剣。あれも誰かから奪った装備だろう。レベルに見合わない強力な武器。むやみに突撃すれば危ない。


 攻めあぐねる隙に、もうひとつの足音が近づく。鎧の赤目がフードの男の脇を抜けて突っ込んできた。それを避けるが後退を余儀なくされる。


 仲間を守るように、鎧がわたしの前に立ちはだかった。


 だめ。二人相手は絶対無理。


 逃げてもすぐに追いつかれる。どうする? 一人ずつなら勝機はある。でもどうやって? 考えている時間はない。いや、そもそも考えられない。思考が回り頭がパニックだ。どうする? どうする?


 しかしすぐさま追撃が来るかと思いきや、鎧はわたしとフードの男の間に割って入ったまま動かない。威嚇するように腕を広げ、こちらの様子を伺っていた。


 なにこいつ。


 向かい合う一瞬の間。自分の鼓動が大きく聞こえる。その音が目の前の相手にまで聞こえてしまいそうな気がして、深呼吸をした。しかし静けさの中でわたしの鼓動よりもうるさく音を立てるものがあった。 


 荒い息遣い。カタカタと鳴るせわしない音。

 見れば鎧の肩が小さく震えてる。

 

 怖いんだ。

 相手も怖がってる。

 わたしのことを怖がってる。


 そうだ、こいつらは赤目に成りたて。年期の入った犯罪者とは違う、生まれたての、赤目の卵だ。

 

 わたしの手が今死ぬほど冷たいのと同じように。ドキドキして、血の気が引いて、自分の鼓動がうるさいくらいに聞こえてるのと同じように、目の前の相手もわたしを怖がってる。


 あきらめたらダメだ。


 鎧が襲って来ないのは、一人じゃわたしに勝てる自信がないからだ。つまり、後ろの赤目が回復して戦線に復帰するのを待っている。


 間を与えない。

 冷静に、だけど素早く。

 まだ勝機はある。


 考えてる時間はない。鎧に向かって走る。鎧がそれに反応して動いた。


 まるで子供を捕まえるみたいに、おっかなびっくり差し出されたその腕。わたしは脇をすり抜けると見せかけて――

 

 ――真上に跳ぶ。

 狙いは後ろの赤目。


 わたしを掴み損ねて前のめりになった鎧の男の頭を思い切り踏み抜く。ガキッと歯が鳴る嫌な音が靴の底から伝わった。その頭を踏み台にして宙に舞う。


 ポーションを飲もうと小瓶に口を当てた男と目が合う。味方を飛び越えて突然現れたわたしに相手は驚き、フードの下の真っ赤な目を見開いた。

 

 馬鹿みたいな顔。

 その間抜け面を、このまま蹴り上げてやる。

 

 宙に舞うわたしにはまるで時間が止まってるみたいに、色んなものがはっきり見えた。


 焦ってポーションの瓶をあおる赤目。

 天井からしたたる水の雫。

 チカチカと点滅する下水道の灯り。

 それが形作るわたしたちのはっきりとした影。

 そして目前に迫る、錆びたパイプ。

 

 パイプ?

 

 飛び過ぎた。

 そう思った時には遅かった。


 わたしの額は、天井に張られた錆びたパイプに直撃する。


 なんで、こんな――


 態勢を崩したまま、まるで空中に投げ出されるみたいに落下する。天と地があべこべになる。重力に引っ張られてるはずなのに、体は無重力を感じてる。反転。世界がひっくり返る。


 それでもわたしは足先を伸ばす。


 届け――


 どこまでも落ちていく感覚の中、コツン、とつま先に何かが当たった。

 

 それを合図にしたみたいに、凝縮した時間が一気に動き出す。


 衝撃が全身を打つ。

 地面に打ちつけられる体。

 一瞬真っ暗になる視界。

 

 それから――

 小瓶が割れる音。

 わたしが蹴ったポーションの小瓶が地面に落ち、砕け散る音。


 ――勝った。


 と、思った。


 しかし仰向けに倒れた視界は何故か真っ暗のままだ。顔の上に何かが乗っている。きっとぶつかった衝撃で何かがパイプの上から落ちてきたんだ。その正体を気に留める暇はなかった。追撃する。回復は間に合っていないはず。あいつは瀕死だ。これを逃せば勝機はない。行け。行けわたし。視界を覆う何かを握りしめ剥ぎ取る。

 

 手の中でそれが鳴き声をあげる。

 耳障りな、甲高い音。

 体の芯をかきむしるような、震えが走る。

 わたしは見る。見なきゃいいのに見る。

 目が合う。

 赤い目。赤目。


 それは、丸々と太ったネズミだった。


 硬直の一瞬。

 再びわたしの中で時間が止まった。

 


【赤目の烙印】

その昔、ある審問官が罪人の報復により家族を皆殺しにされた。怒りと悲しみに狂った審問官は、すべての罪人を白日のもとに晒し復讐することを誓う。目玉を潰され殺された家族の遺体になぞらえ、何千、何万の罪人の目玉をくり抜き続けた。その目玉を悪魔に捧げることで、後世にまで続くこの赤目の呪いは完成した。晩年、彼自身の瞳も地獄の炎を宿すように赤く燃えていたと云われる。

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