3 地下通路にて
揺れる松明の光に照らされ、ほつれた毛の間から背中のチャックが見え隠れしている。
歩く度にカポカポと揺れる大きな頭は今にも転げ落ちそうで頼りない。その被り物を後ろからえいっ、と持ち上げ、隠された素顔を見てみたいという衝動がムクムクと沸き上がった。
俺の前を歩く八丁さん。彼はずんぐりとしたタヌキの着ぐるみを常に着ている。いや、正直タヌキなのかクマなのかイヌなのかの判別も怪しいが。
それほどに出来が悪いその着ぐるみは大分コミカルで、冒険者というよりは遊園地で風船でも配っていそうな雰囲気だ。申し訳程度に頭に乗ったチョンマゲと、腰に差した刀でかろうじてサムライの風体を保っている。
八丁さんと一番付き合いが長いのはレドさんだが、そのレドさんでさえ着ぐるみの中身の姿を見たことがないらしい。今は絶好のチャンスかも知れない。狭い通路、無防備な背中。つまづく振りをしてぶつかり、拍子に頭の被り物を――
「フジくん」
前を歩く八丁さんが振り向かずに言った。
「……君が何を考えてるのかはわかる」
ドキッとした。彼ほどの達人になると、気配だけで相手の動き、さらには思考すらも読めるのだろうか。しかも向こうから話かけてくるのは珍しい。隙をついて素顔を見たい、などと考えた自分の内面を恥じ、何故か俺は反射的に謝ってしまった。
「あ、なんかすいません、つい……」
「誰にでもあるよ。恥ずかしい事じゃない」
「そうですか。そう言って貰えると。一度頭に浮かぶとなかなか……」
「うん、さっきの失敗は気にしないでいいからね……」
「あ、そっちの話しですか」
「……え、どっちの話……?」
「ちょっと!!」
後ろからあがった声に会話が途切れた。ミレイだ。まあだいたい何が起こってるのかは想像がつく。
「レドさーん、ガブちゃんがセクハラします! リーダーとしてなんとかして下さい!」
「失礼な! 不可抗力だよ! 背が小さいから見たくもないのにパンツ見えるんだって! そんなギリギリのスカート履いてるのが悪いだろ!」
「見たくもないのにって余計なんだけど!」
「カブちゃん1ペナね。3ペナでギルド追放だから」
「おっさん!」
「はい、ギルドマスターへの暴言で2ペナです」
俺たちはボスとの再戦のためノースピーク城の地下道を進んでいた。狭く暗い石造りの通路を一列になって歩く。しかし何度も歩いた道だからかパーティーにはまったく緊張感が無い。立ち止まって言い合いしているのか、どんどん後ろの三人と距離が開いていく。一応こんな場所でも魔物がでたらまずいんだけど……。
「八丁さん、ちょっと待ちますか。」
「ん、そうだね」
先頭を歩く八丁さんはそう返事だけすると立ち止まった。特に振り向きもせず、前方に広がる暗がりをじっと見つめている。いつもながら何を考えているかいまいちわからない人だ。
「賑やかで楽しいよねえ。フジくんも混ざってきたら?」
俺のすぐ後ろを歩いていたベルさんが言った。
ベルさんはいつもニコニコしてしゃべり方も穏やかだ。マイペースすぎると言えばそうだが、他のメンバー、というか後ろの三人がいつもぎゃあぎゃあとうるさいのでベルさんの存在はなんだか落ち着く。このギルドでは俺とベルさんだけが人間の種族、というのもあるのかも知れない。八丁さんの中身がどんなのかは知らないけど。
「いや、魔物でたらヤバいんで俺は良いです」と返す。まあ実際そうなのだが、本音はあのドタバタに混ざるのがめんどくさい。
「フジくん頼りになるよね~、わたし実はさっきから目の前が真っ暗なんだよね。魔物でたらお願いね!」
そう言ってベルさんは俺の居る方向とは反対側に向かって拝む仕草を見せた。そっちは壁だが、いちいち突っ込んでいてはきりがない。まあいつもことだ。
ベルさんは使っているヘッドギアのスペックが極端に低い。数世代前のハードを無理矢理使ってこのゲームをプレイしているため、最低のグラフィック設定で、なおかつほとんどの表示をオフにしてもラグが当たり前だった。調子の悪いときはよくフリーズする。ゲームプレイに支障がありまくるが、まあ色々事情があるのだろう。俺達はガチの攻略勢でもないし、俺も含めてみんな何となくその辺は受け入れている。
現実と遜色無いほどのリアルな世界、が売りのゲームではあるが、ベルさんは俺達とは世界の見え方が違うのだ。
「このメガネヘルメット!」
後ろからまた声があがった。
「はい、3ペナ。さようならガブくん! 今までありがとう! 君のことは忘れない!」
「おい! ふざけんな!」
さらに二人の言い合いは盛り上がってきたようだ。リアル時間は23時を回っている。今日こそは早く寝ようと思っていたのにこれはムリだな……と諦めが頭をよぎった。
「あら? ガブちゃん追放されちゃった? うーん、ボスに五人で勝てるかなあ」
「いやいや、いつもの冗談ですよ……」
ベルさんの天然を流し、俺は通路を振り返った。レドさんたちの姿は見えないが三人が持っている松明の炎が揺れているのがわかる。暗がりに向かって声を掛けた。
「おーい!みんな待ってますよー急いでくださーい!」
「ごめんねー、今ガブちゃんを叩きのめすから! さあかかってこい毛むくじゃら人間!」
「うるせーロリコン野郎!」
「お、今のは聞き捨てならないな。ロリコンとはなんだ! キャラの見た目だけでそういう決めつけは良くないよ! 君はあれかい? 獣キャラ使ってたら動物好きなのかい? 君にそんな心優しい一面があるようには見えないねー!」
「おお、言ったな。さてやりますか。あ、ミレイちょっと松明持ってて」
決闘が始まるらしい。このままではいつまで経ってもボスにたどり着かない。俺は暗がりに向かってさらに声を掛けた。
「ちょっとミレイ二人を止めてー! そして連れてきてー!」
えー、めんどいからムリー、と声だけが聞こえ、すぐさま斬り合うエフェクト音が鳴り出した。決闘が始まったらしい……。
うーん、これはダメだ。
仕方ない、レドさんじゃないけど今のうちにトイレでも行っとこ。ちょっと離席しますね、と未だ壁と向かい合っているベルさんに声を掛ける。
わかったよ~、とあらぬ方向に向かって返事をするベルさんを意識の端に捉えつつヘッドギアに手をかけたその時、背後から何かの金属音が聞こえた。
すぐ後ろ。それは静かに、しかし冷たい緊張感を持って確かに鳴った。金属が擦れる微かな音。考えるより先に体が動く。これまでに何度も聞いた音だから反射的にわかる。
これは八丁さんが刀を抜く音。
――敵だ。
咄嗟に振り返った俺の視界に映ったのは、予想に反してこれまでと何も変わらない暗闇の通路だった。敵も、ついでに八丁さんの姿さえもない。
ポツンと落ちた提灯だけが、静かに地面を照らしていた。
疑問が頭に浮かぶよりも早く、瞬間、頭上から血飛沫のエフェクトが大量に降り注いだ。
え、上?
頭の上を確認する間もなく、天井から魔物と一緒に血みどろになった八丁さんが降ってきた。蜘蛛の体に人間の上半身が張り付いたその魔物は刀を突き立てられながら、地面に落ちた衝撃で激しく身悶える。
天井に張りついていたんだ。
痛みにもがく魔物に、八丁さんは凄まじい早さで刀を振り下ろす。攻撃速度を極限まで高めた斬撃の嵐を受け、魔物の体から赤黒い血が、まるで噴水のように飛び散る。
俺が敵の注意を引こうとターゲットする間もなく、断末魔の叫びの代わりに一際激しく体を痙攣させた後、魔物は絶命した。
再び静寂が辺りを覆う。
それはまさしく、一瞬の出来事だった。
「あれ? なんか敵出てた? わたし表示もされないまま終わっちゃった。ごめんね」
杖を構えたベルさんが申し訳なさそうに言う。
八丁さんが血に染まった刀を振り、鞘に納めながら、いや、大丈夫。と言う。しかし、たとえ魔物の姿が見えたとしても何の助けも要らずに戦闘は終わっていただろう。実際、俺何もしてないから……。
鞘に納めたその刀は薄ぼんやりと闇に輝いていた。
『八丁堀の使い』
それが八丁さんの正式なプレイヤーネームだ。
【九十八結】という名の、強化に強化を重ねた超レアな刀を携えた狸の着ぐるみを着たサムライ。ゲーム内でもかなりの強さを誇る有名人であるが、何故こんなギルドにいるのか。その辺りの事情を俺はよく知らなかった。
魔物の亡骸が闇に飛散し、蒸発するように消えた後には古びた宝箱が残されていた。ドロップアイテムだ。その宝箱には罠が掛けられており、解除に失敗すれば昔ながらの石化やワープ、爆弾などの仕掛けが作動する。運が悪ければパーティーが全滅することだってよくある。解錠するためには盗賊のスキルが必要だ。
「ガブちゃーん、宝箱開けて欲しいな~」
ベルさんがそう暗がりに声を掛けると、現金にもすぐさまガブが現れた。
「へへへ、お宝は任せな! 何もしてないのに経験値も入ってラッキー! ヘルメット、勝負はおあずけだ!」
「命拾いしたな小僧。あ、ミレイちゃん回復お願いします」
「なんでですか。自分でやってくださいよ」
ガブに続き、レドさんとミレイも合流したが、決闘していた二人は血だらけでHPが減って瀕死だ。こいつら……。
宝箱の罠を調べるガブの様子を眺めながら、頭から血を流したままのレドさんが言う。
「こないださ、他のギルドのマスターに言われたよ。うちは戦闘を八丁に任せっきりだから他のメンバーのPSが育たないんだ、って。今、猛烈に自分が恥ずかしくなってきました」
まったくもってそのとおりだ。俺達のパーティーは、こと戦闘面で言うならほぼ八丁さんの強さに支えられていた。
逆になんかごめんね……と言って頭を垂れる八丁さんは先程の鬼気迫る戦いぶりとは売って代わり、一回り小さく見える。
「八丁さんがあやまることないじゃないですか。このバカ二人が遊んでるからですよ。レドさんも自分でわかってるならもうちょい真面目にやってください。詠唱もだるいしMPも勿体無いんだから」
「は、はい。それもおっしゃるとおりで…」
ミレイに叱られ八丁さん以上にレドさんが小さくなった。
「お、なんか入ってるぞ。ん、文字化けしてる、なんかバグってるなこれ」
宝箱を開いたガブの手元を覗きこむと確かに、銀貨等いくつかの戦利品に混じって意味不明な文字の羅列のアイテム名があった。
「最近バグ多いよね~。わたしなんか昨日家の壁にハマって出られなくなって怖かったよ~。一度ログアウトしたら治ったけど」
ベルさんの言葉に、それはただスペックのせいでは……と思ったが特に何も言わなかった。まあ、最近バグと思われる事象が頻発しているのは事実だ。バグのために突如サービス終了したゲームもあると聞く。これまでほとんど不具合の類いの話は聞いたことがなかったから、少しだけ気になった。
「げ! これただの腐った肉じゃん! 食べちゃったよ! おえー」
「きも! ガブちゃんきも!」
「きもいとは何だ! 体を張って謎のアイテムの鑑定したんだぞ!」
「げー、毒食らってるし! 伝染る!近寄らないで!」
「伝染るかよ! ぎゃー死ぬ! 回復して!」
はあ……今夜も長丁場になりそうだ……。俺はみんなの騒ぎ声を聞きながら一人、立ち尽くしていた。
【九十八結】ランク:SS
百八の煩悩を封じたとされる妖刀。稀代の大罪人シャクランはこの刀で108人の高僧を斬り殺した後、開眼したと言われている。一結からはじまり百八結まで合成可能。




