2 フリッツパーティー
「誰も来ないねえ」
独り言のように呟いたレドさんの言葉は、雪を巻き上げる風の音に紛れてほとんど聞こえなかった。
全滅した俺たちは城の外まで飛ばされ、復活ポイントである『朽ち果てた女神像』の傍らに散り散りに転がっていた。
誰でもいい。誰か俺達を生き返らせてくれる冒険者が通り掛かればすぐに城へ戻って再戦できる。が、そうじゃなければ街まで戻って道中やり直し。かなりの時間と精神的なロスになる。俺達は死体となった状態のまま、誰が通るとも知れない極寒の雪山で助けが来るのを待っていた。
雪は容赦なく吹きすさび、無様に散った冒険者たちを埋葬するようにその姿を隠していく。
「でもこれはこれで地面が冷たくて気持ちがいいですよ~」
とベルさんが呑気な口調で言った。
もちろんゲームだから冷たさは感じない。でもそう思えるほどに雪と岩肌の質感はリアルだった。何百年も溶けることのない雪。風によって削られた岩壁。俺達が想像もつかない昔から本当にこの場所にあるように思えてくる。まあゲームだけど。
「いや、これ戻ったほうが早いでしょ。そもそもなんで城の外まで飛ばされるんだよクソがあああ」
風が強く吹いてガブの体の毛がなびく。ガブの種族はいわゆる獣人。全身が毛に覆われ体も小さく、本来はマスコット的な可愛らしさがあるはずだがその口の悪さからかこいつにはまったく可愛いげがなかった。
「ほらさっさと帰ろうぜー、待ってても無駄だって。こんなとこ誰もこねーよ」
「もう少し待ってみない?いい機会だからちょっとさ、さっきの反省会でもしたいかなー、なんて」
ミレイが提案する。そう言えばさっきの戦闘中睨まれたけどまだ怒ってるかな……。
「ほら、フジが気絶したじゃない? それでレドさんがサブタンクに入って、あそこからどう立ち回るのが良かったのかなーとかさ」
「フジがそもそも気絶しなければ良かったと思いまーす」
ガブが茶化すように言った。いや、茶化し半分、本気半分かも知れないが。
「それはまあそうなんだけど……」とミレイが呟く。何となく俺が反省会の槍玉に挙げられそうな流れを感じたが、「まあまあ仕方がないじゃあないか」とレドさんがフォローするように割って入った。こういうところはさすがリーダー、ありがたい。
「誰でも完璧に立ち回るのは不可能だからね。それぞれの失敗をカバーし合うのがパーティーだと僕は思うなあ……しかし言わせて貰えばガブちゃんのネバネバ爆弾のコントロールも大概だったけどな!」
「お、死んでるスキにトイレ行ったやつに言われたくないねー。おじさん、城に入る前も行ってなかった? やっぱ器の小さい奴は膀胱も小さいんだなー」
「なんだと貴様! もういっぺん言ってみろ!」
レドさんとガブの言い合いが始まった。さすがリーダーと心のなかで誉めた自分が恥ずかしくなる。
まあ別に二人とも本気でケンカしてるわけじゃない。いつものじゃれあい、普段の馴れ合いだ。
「そもそもフジのサブで入ったタンクがなんで一撃で即死してるんだよ!」
「それは、ほら! さっき拾った装備試着してファッションショーしたでしょ? その時に装備外したままなの忘れてて……」
「防具は装備しないと意味ねえんだよー! 防具屋の主人に昔からさんざん言われ続けてるだろ! 何年ゲームやってんだよ! ボケがあああ」
延々と続く二人の言い合いに見かねたミレイが割ってはいる。
「ちょっと、真面目に反省会やりましょうよー。ほら、八丁さんどうですか? なんかありませんか?」
「ん、まあ気合いじゃないかな……」
「いや、だから」
「あ、ミレイちゃんパンツ見えそう~」
ベルさんの言葉に男たちが一斉に視線をミレイに向けたのがなんとなくわかった。男の性。悲しい条件反射だ。
「ちょっと! やめてよ! ていうかほら、レドさんだって太もも丸出しだし!」
「いや、勘弁してくれよ……おっさんの太ももなんか見たら呪われるぞ……」
ガブが身震いするように言う。
「おっさんとはなんだ。僕はまだギリギリおにいさんと呼べなくもない年だよ」
レドさんは見た目は女子だが中の人はおじさんだ。ヘルメットみたいな兜を常に愛用し、丸メガネを掛けたその姿は、田舎の自転車通学の女子学生を連想させた。ノーム族特有の羊のような巻き角が、どういう構造になっているのかわからないけどヘルメットから突き出ている。
俺たちのリーダーでギルドマスターであるが、性格の適当さは随一だった。正式なキャラクター名は「レドロフスキー14世」だが、まどろっこしいので頭を取って「レド」さんとみんな呼んでいる。
「まだおにいさんだと思ってるのは自分だけですよ……って、あ、誰か来たかも!」
ミレイの言葉に、見えそうで見えないスカートの中から視線を移すと、遠くの岩山を登ってくる人影が確かに見えた。おーい、おーいとみんな一斉に声を上げる。死んだ状態でも声を発することはできるが、パーティー外の第三者には聞こえない。意味はないがまあ、なんとなくの雰囲気だ。
「助けてくださぁぁぁぁぁい!」
と叫ぶレドさんの迫真の呼び声が届いたわけではないが、一行は俺達に気が付いたようで進路を変えてこちらに向かって来たように見えた。
「あれは……多分ヒーラーいるね。しかも二人。待ってて良かったよ。反省会もたまにはいいもんだ。ミレイちゃんナイス!」
「あれのどこが反省会だったんですか……。まあいいですけど!」
その一行はかなりの手練れのようだった。装備と立ち振舞いを見ればなんとなくわかる。全身統一感のある装備に身を包み、いかにも熟練の冒険者といった出で立ちだ。岩山を難なく登り、そのまま俺達に近づいて来る。
助かった、と思わず安堵のため息が漏れた。
過酷な旅はプレイヤー同士の手の取り合いによって成り立っている。これまでに何度も見知らぬ冒険者に助けられたし、立場が逆になれば自分も可能な限りは善意を返したいと思う。助け合いの連鎖が繋がれば、世界は少しだけ平和になるのだ。本当に、本当にありがたい。
と、感謝の念を胸に刻んだのも束の間、一行は俺達の傍らで立ち止まったまま、何かコソコソと言葉を交わし始めた。不穏な空気が流れ、場を取り繕うようにレドさんが口を開く。
「あ、あれ? こっちのヒーラーが誰か迷ってるのかな? ほら、ミレイちゃん! 恥ずかしがってないでわたしでーす、ってアピールしなきゃ!」
「死んでるんですから無理ですって……」
こういう場面ではとりあえず相手方のヒーラーを生き返らせるのが定石だが、それとは雰囲気が違う。まさか……。
先頭に立ったリーダーと思われる男が、俺達を見下ろす視線をぐるりと回す。それからニヤニヤニヤニヤとした含み笑いを残したまま、仲間達に合図を送った。
「え、ちょっと……」
誰とは無しに思わず言葉を漏らす。
案の定、すでに体半分ほど雪に埋もれた俺達を横目に、一行はそのまま通りすぎて行った。
「なんで~!」
「待てえええい!」
「あいつ今わたしのスカートの中チラ見してた! 最悪!」
「おっさんの太ももも見てたぞ! ざまー! 呪われろ!」
わざわざ岩山を登り、パンツを覗いて去っていっただけの冒険者達を罵倒しながら、取り残された俺達は灰色の空に向かって恨みの言葉を叫んだ。
まあ、これも良くあることだ。いろんな人がいて、それぞれ全部に腹を立てていたらキリがない。俺はみんなの呪いの言葉を聞きながら、視線をぐるりと回して遠くの稜線の向こうを眺めた。
灰色の空と、雪の境も曖昧に見える果てに黒い影が渦巻いている。あそこがこのゲームの現段階での終着点。『極点』と呼ばれる最難の塔だ。
きっとさっきの冒険者はあそこを目指したんだろう。俺達を生き返らせるMPと時間が惜しいのもわかる。極点の実装後半年あまり、多くの冒険者たちが我先にと攻略に挑んでいたが、いまだ誰一人としてそれを成し得たものはいない。
「ちくしょー!さっさと戻ってやり直すぞ!!」
ガブが空に向かって叫んだ。
俺達はあの最難の塔に挑むこともできない。その前の前哨戦、このノースピークの城で足止めをくらっているからだ。
ボスにはこれまで散々挑んできたがなかなかうまくいかない。決して攻略出来ないレベルでは無いはずだが、肝心な所での運の悪さと、適当さと、不真面目さと……その他諸々で日々敗戦が続いていた。
俺達のギルド「フリッツパーティー」は六人きり。
リーダーで錬金術師のレドさん、サムライで無口な、タヌキの着ぐるみを常に着ている八丁さん、回復を担うプリーストのミレイ、盗賊で口の悪いガブ、魔術師でマイペースのベルさん。そしてパラディンで壁役の俺。
この世界に数千とあるギルドのひとつ。何万といる冒険者の中のたった六人。当たり前だけど特に目立つことも、表舞台に立つこともない、ただの一般プレイヤーだ。
「あいつら、今に見ておれ! この恨みはらさでおくべきか!」
そのレドさんの呪いの言葉を合図に、みんなは次々と転移して街へ帰還していく。
雪が一層と勢いを増す中、朽ち果てた女神像が一人残った俺を見下ろしている。この世界を創ったとされる女神。俺達冒険者はこの女神様の加護を受け、いまだあの極点の頂上に囚われているという女神の化身を救うために塔を目指す。
俺は心の中で女神像に祈った。
次こそは、どうか、まともに戦えますように。
物言わぬ女神像は憐れみとも悲しみともとれる不思議な表情で、ただじっと俺を見下ろしていた。
熟練の冒険者「いやー、さっきのパーティー笑えるな。きっと生き返らせてくれると思って待ってたんだぜ。あ、でもあのヘルメットかぶったノームの女の子可愛かったな……。あれ?なんかドキドキしてきた……。どうしたんだ俺…………ってなんかいつの間にか呪われてる!?なんで!?」
レド「くくく……」




