22 ガブの戦い③
とにかくヘイトをこちらに向ける。スキルがあったはずだ。いつもパーティー組んでる時はその辺フジに任せっきりだからほとんど使ったことないけど。
オレはサイクロプスに背を向け、突きだした小さな尻を一心不乱に叩いた。
盗賊のスキル、いわゆる『挑発』だ。ペチペチと尻を叩く虚しい響きは何の効果も無いかと思われたが、トゥーファに向かうサイクロプスのひとつ目がこちらをジロッと睨む。
いいぞ、ほら、こっちだ。ペチ、ペチ、ペチ……
突然、こちらに向き直ることもせずサイクロプスはオレに向かって斧を投げつけた。
巨大な鉄塊は地面をえぐり、あたりに土埃を舞い上げる。かわすと同時に飛び退いたオレは、目を狙い矢を連続で射った。が、そのバレバレの攻撃は顔面を覆うようにかざした左手で防がれる。
あの目、やっぱり。いや、当たらなくてもいい。とにかくトゥーファが起きるまで時間を稼ぐんだ。
地面に突き刺さった斧を拾い上げようと、サイクロプスはこちらに歩み寄る。いいぞ、トゥーファから離れろ。オレはやみくもに爆弾を投げつけた。立ち込める爆煙に紛れ、四つん這いで素早く建物の影に身を隠す。
見失った獲物を探してサイクロプスはあたりをうろついている。このまま逃げ回ればあいつはターゲットを変え、トゥーファに止めを刺すだろう。それなりにダメージを与えなきゃヘイトを維持できない。
オレは道具袋を探り、残りの爆弾の数を確認する。イベント用に取っておいた分だけど出し惜しみしてる場合じゃない――
腰に差した短剣を抜く。自分でも驚くほどその指は硬直し、まるで凍えてるみたいに震えていた。クソ。痛いほどに短剣を握りしめる。
深呼吸し、物陰から飛び出す一瞬「このまま逃げる」という選択肢がふっと頭に浮かんだ。
そうだよな、オレだけじゃこいつを引き止めるのは不可能だ。別に義理も大義もない。見ず知らずの奴とパーティーを組めば、そんなことは日常茶飯事だ。多分ここで逃げてもトゥーファには滅多に会うこともない。もし会ったとしてもオレの名前すら忘れてる。何万人もいる冒険者の一人。たまたま今日一緒にパーティー組んだ奴。それだけ。ただそれだけのこと――
――そう思いながらも、オレは飛び出した。
ぼんやりとした視界の中を駆け抜け爆弾を投げつける。サイクロプスの足元で爆発した三発の爆弾は再び煙を吐き出し辺りを覆う。これもただの目眩ましだ。その白煙に身を隠し俺は突撃した。不意をつくしかない。
今にも取り落としそうな短剣を握り直しながら思う。逃げろって、俺。絶対ムリ。しかし思考とは裏腹に体は勝手に動く。小さい体をさらに低くして地面スレスレに駆ける。だってまあ、なんかさ、カッコ悪いだろ、逃げるとか、そういうの。
はっきりとしない視界の中、ぼんやりと輝くお月様みたいな目玉を目指して飛んだ。短剣を逆手に構え、祈るような気持ちで一撃を放つ。
しかし、白煙を切り裂くように空気が渦を巻いて動いた。
まじか。見えてんの?
サイクロプスの右手がなぎ払われ、オレの体は弾き飛ばされた。一瞬早く気付いたお陰で身を守れた。空中で身をひるがえし華麗に着地するつもりだったがそんなに上手く行くはずもない。オレの小さな体は不格好に地面に叩きつけられ、倒れたままのトゥーファの傍らへぶっ飛んだ。
敵の動きは素早かった。
こちらが体勢を立て直す間もなく距離を詰めてくる。小虫を叩き潰すように、その掌をオレに向かって振り下ろした。
かわせない。
サイクロプスの掌が月明かりを遮り、視界に影が落ちる。次の瞬間に訪れる即死ダメージの衝撃に身を備えた。何百回、何千回味わってもこの瞬間は慣れない。いっそ死角から一撃で仕留めてくれるほうが気が楽だ。まあ仕方ない。よくやったよ。大体がさ、すぐ横でひできが倒れてるこの状況がおかしい。イベント始まった時はこんなことになるなんて思ってなかった。うん。死んで教会まで戻されたらやっぱりパーティー抜けよう。トゥーファには悪いけど、トッププレイヤーと組むなんて荷が重すぎる。ま、どのみち向こうから言われるだろきっと。死んだら。そう、死んだら。死んだら……
しかし、ダメージの代わりに、ほとばしる鮮血が俺の頭の上から降り注いだ。
いつの間に目を覚ましたのか。トゥーファの二本の刀がサイクロプスの掌を受け止め、貫いていた。その手の重みに耐えるトゥーファは、プルプルと震える声で、しかし余裕ですよ、と言わんばかりに口元に笑みを浮かべてこう言った。
「よお、苦戦してる?」
「……全然」
【アジャパ・オジャン】ランク:SS
二本で一対の曲刀。その昔、砂漠の王国アジャパの王が異国の旅人に双頭の竜の討伐を命じた。旅人は見事竜を討ち取ったが、その呪いによりアジャパは一晩で砂中に没した。あじゃぱー。旅人が持ち帰った竜の頭が変化したのがこの刀と云われている。湾曲した刀身は扱いが難しいが、比類なき切れ味を誇る。




