21 ガブの戦い②
組んで一分で後悔した。
やっぱやめときゃよかったわマジで。
トッププレイヤーと一般冒険者の違いはそもそもが装備とかステータスの問題じゃない。感覚、操作、連動性、前提としてこの世界の捉え方が根本的に違うんだと痛感した。
トゥーファの動きはこれまで見た冒険者のどれとも違っていた。たまに八丁の動きを見て感心することはあるけれど、それともまた違う。
空間に対しての認識、身体制御の自由度。地面は壁で、壁は地面で、天地があべこべに見えるほどにアクロバティックで、別のゲームをやってるんじゃないかと言うほどに制約がなかった。
屋根の上を飛ぶように跳ね、時には路地を走り、街を立体的に駆けながらトゥーファは舞う。目に見える者を全て殺し尽くす勢いで死体の山を残しながら、スラムの方角へ向かう。
俺はそんなトゥーファの尻を追いかけるのに必死だった。屋根の上をひょこひょこと歩き、路地を這い、街を泥臭く這いずり回りながら夢中で後を追う。
上空に展開させたコウモリ型ペット「キルキルちゃん」の視線を借り、街に潜む魔物の姿を探すのが俺の役割だったが、ほとんどそんな余裕も無いほどについて行くのがやっとだった。
たまに偶然視界に入った魔物の位置を共有のマップにマーキングすれば、数秒後にはトゥーファがそこに向かいあっと言う間に切り捨てる。それでポイント加算。正直楽なんだか、しんどいんだかよくわからない。
俺の存在なんて忘れてるんじゃないかと思うほどに街を縦横無尽に突き進むトゥーファとの距離は離れていく。オレの心はすでに折れていた。お前が振り向いた時には、俺はきっといないだろう。短い付き合いだったな。さようならトゥーファ。と、そんな俺の心の呟きが聞こえたはずはないが、トゥーファは一際高い建物の屋根の上で立ち止まった。俺を待っている……わけではなさそうだ。
尖ったひさしの先端にしゃがみこみ、じっと街を眺めている。緑のマントが風になびき、夜空に浮かび上がる月を背景に映す様子はまるで映画のワンシーンみたいだ。
ちくしょう、なんかムカつくぜ、と思いつつも、やっと追いついた俺はその姿に見惚れ、しばらく立ち尽くしていた。
まったく、この世界の覇者みたいに振る舞いやがる。くそ。
そんな俺に気付いているのかいないのか、トゥーファはポツリと呟いた。
「雑魚ばっかでつまんねえな、もっとつええ奴いないのかね」
ぐ、この上文句かよ……。
「ちょっとタンマ……。ほら、敵もなんとなく多くなってきたし、本格的な戦いの前に作戦会議しよう……」
このままではまた置いていかれてしまう。呼吸を整えつつ、俺は今にも飛び出しそうなトゥーファを引き留めるために適当な理由を述べた。その言葉を受け、トゥーファはジロリと視線をやっと俺に向ける。
「は?作戦なんかねえよ。バーンとやってドーンと殺す。俺がやるからついてくりゃいい」
「あ、いや、そりゃそうなんだけどほらなんていうか、その、俺することあんま無いっていうか…」
蛇のように絡みつくその視線のせいだろうか。思わず本音が出た。
「ん、当たり前だろ。お前は敵だけみつけりゃいい。ランキング狙ってんだろ? ポイント入るんだから別にいいだろ」
「まあそうなんだけどそうじゃないっていうか……」
「意味わからん奴だな、時間もったいねえからほら、次のやつ」
ちくしょう。なんだこいつ。
俺は何も言わず、上空を旋回するキルキルちゃんの視線を借りて辺りを探索した。望み通りヤバそうな奴を見つけてやるよクソ。こいつの鼻っ面をへし折るくらいに強えやつをな。そして吠え面かいて、泣きベソもかいて、後悔のなか震えて死ぬがいい。
第一、ほんとにつええやつと戦いたいならあのドラゴンをやればいい。この夜の王者であるところの黒竜はまるで巨大怪獣のごとく、遠くの町並みを破壊しながら闊歩していた。もっとも、チャットも使えない今、いかにトゥーファと言えどもあいつを討伐するのは絶対に不可能だってのは俺だってわかってるけど。
上空から俯瞰する街並みはなんとなく見知ったエリアだ。気付けばスラムが近い。そういえば、あいつらどうなったかな、とぼんやり頭をよぎった時、視界の隅に何かが動いた。
街並みの一角。屋根と屋根の間に巨大な魔物が頭を出したのが見えた。その姿ははっきりと認識できないが、大きいのは間違いない。大きいイコール強い。ゲーム世界の鉄則だ。すぐにその影は建物に遮られ見えなくなったが、俺はおおまかな位置をマーキングした。
「なあ、あの辺に……」
と、言い掛けた時にはすでにトゥーファは屋根の上から飛び降り、重力に身を任せて落下していた。その動きには躊躇も恐怖なんかないように見える。地面に激突する直前で建物の壁を蹴り、そのままの反動で石畳と水平に飛ぶ。通りをウロウロしていたゴブリンたちをついでに切り捨てながら、速度を落とすこと無く一瞬のうちに路地に消えて、見えなくなった。
ぐ、オレ、やっぱりやることねえ……。
黙っていてもパーティーを組んでいるお陰でポイントはどんどん加算されていく。悪くないが、いや、むしろ最高なのだが、何か腑に落ちない。
畜生。俺が思い描いたのはこういうことじゃない。トッププレイヤーとの共闘、互いに助け合い、ピンチを切り抜け、背中合わせに、迫りくる敵をバッタバッタと薙ぎ倒す。君強いね、なんなら今後もパーティーに……とかそんなことを想像した。そもそもトゥーファは始めからそんな気はなかったんだろうが、これじゃおこぼれをあずかっているだけのただの寄生だ。これが現実ってやつだよなあ。エンジョイ勢とガチプレイヤーの埋められない溝。世知辛いよなまったく。
トゥーファはいつの間にか路地の暗がりに消えていた。仕方がないから後を追うしかないが、あんな動きはとてもじゃないが真似できない。盗賊のスキルであるロープを使って屋根の上から安全に降りる。
このまま行けばランキングには入れるかも知れないけど……なんだかモヤモヤが残る。フジとおっさんに内緒でランクインしてびっくりさせてやろうと思ってたけど、こんなんで自慢なんかできるかよ。あーあ、なんかやる気失くしてきたわ。黙ってログアウトしちゃおっかな。
そんなことを考えながら少しずつロープをたぐり、よっこいしょ、と降り立った暗がりの路地裏は静まり返っていた。
えーと、 あいつどこいった?
月明かりの届かないその一角は、大襲撃の最中とは思えないほど静かだった。トゥーファだけではなく、誰からも取り残されたような錯覚に陥る。いよいよ置いてきぼりを食らったのか、と思った矢先、建物の向こうから複数の足音と声が聞こえた。
魔物か。
とっさに弓を構えたが、路地から飛び出してきたのは数人の冒険者パーティーだった。俺の事など見えていないかのように、狭い路地を我先にと必死の形相で駆けていく。
あぶねえ、功を急ぎ過ぎてプレイヤーを狙うところだったぜ……。俺は構えた弓を下ろしながら胸を撫で下ろす。しかし今の奴ら、何かから逃げてるみたいだった。おっかねえからトゥーファをさっさと探しに……
と、踵を返そうとした時、地面が揺れた。
建物の影から巨大な魔物が現れる。闇に浮かぶ満月のような瞳が爛々と輝く。筋骨隆々とした腕。片手に握られたバカでかい斧。頭には天を突く一本の角。どこからどうみてもサイクロプス。一つ目の巨人だ。
間違いない、さっき俺が屋根の上から見つけたのはこいつだ。
顔面の半分以上はあるかと思われる大きな目をギョロリと回し獲物を探している。さっきのパーティーはこいつから逃げていたんだろう。その手には一人の冒険者の死体が握られていたが、俺の姿を認めた途端、代わりのおもちゃを見つけたとでも言うようにそれをポイと放り投げる。
その強さ、恐ろしさは戦うまでもなく明らかだ。
こんな奴に構ってたら、命がいくつあっても足りない。オレも逃げようと身構えた時、背後からふいに声がした。
「いいねえ、こういうのよ」
いつの間にか後にいたトゥーファが突然に、俺の頭上を越えサイクロプスに向かって飛びかかった。
腰に差した二本の剣を空中で抜き、目にも止まらぬ速さでその腕から肩にかけてを切りつけた。そのまま、まるで肉をえぐる取るように体を回し鮮血を撒き散らす。
突然の襲撃にサイクロプスは怒りの雄叫びを上げた。空気が振動し、周囲の建物の窓ガラスが一斉に割れる。その音は戦いの開始を告げる合図のように、静かだった路地裏に鳴り響いた。
地面に降り立ったトゥーファはその怒気に臆する事無く、次の一撃のために身を低く構える。
まじで? やるの? 二人で勝てるの? いやしかし、ひできがあんな自信満々に飛びかかって行ったんだからやれるんだろう。
サイクロプスがトゥーファ目掛けて斧を振り下ろす。トゥーファはギリギリ身をかわし、そのまま飛び掛かる。空気を強引に切り裂く斧の風圧は離れたこちらまで届き、俺の体の毛を揺らした。
これまでの雑魚とは明らかに違う。
仕方ねえ、俺もついに活躍の時が来た。しかしおっかねえから近づかないよう弓で援護だ。
距離を取り、どでかい頭に狙いを定めた。だいたいああいう奴は目が弱点と相場が決まってる。トゥーファが奴から離れた隙を狙って打ちこむ。その時を待ち、弓を引き絞った。
高速で動くトゥーファの動きは読めない。迂闊に矢を放てば、下手すりゃ当たっちまう。サイクロプスの周りをハエのように、いや、蝶のように、と言うべきか、飛び回るトゥーファが邪魔で弓を打ち込むタイミングが全然掴めなかった。
おいおい、全然攻撃するタイミングが……
ま、いいや、撃っちゃおう、と振り絞った弓を放とうとした次の瞬間――――
ハエ叩きのように振り下ろされた斧が突然にトゥーファを捉えた。
きりもみながら吹っ飛び、地面に叩き付けられ、数メートルの距離を転がり、壁にぶち当たりやっと止まったトゥーファは動かない。は? 死んだ? あれだけ大口叩いて置いていきなり死んだ?
「おい!勘弁してくれよ!」
サイクロプスがこちらに歩み寄る。その視線は倒れたままピクリとも動かないトゥーファを狙っていた。
だらしなく開いた口元には、獲物を捕らえた愉悦が浮かんでいるように見えた。
「おい!トゥーファ!」
HPは残ってる。パーティー表示には気絶のアイコン。おいおいマジか。このままじゃとどめを刺される。
そのゆっくりとした動きは勝者の余裕か、サイクロプスはトゥーファに悠々と歩み寄る。汗がじわりと吹き出すのを感じた。
俺が、時間を稼ぐしかない。




