20 ガブの戦い①
ちくしょー、なんなんだよこのクソクソイベント。全然プレイヤーを楽しませる気ねーなクソが。
凱旋門の眼下には魔物と冒険者が入り乱れ、まるで夜の海みたいに波打っている。
あそこに落ちれば荒波に巻き込まれて一貫の終わり。たちまちに泡と消えてご臨終だ。
凱旋門の壁をよじ登ろうとする魔物はかがり火の明かりに照らされ、不気味なシルエットとなって浮かび上がっていた。その影に向かって次々と手持ちの爆弾を投げ落とすと面白いように魔物が吹き飛ぶ。イベントの貢献度を示すポイントがどんどんと加算された。
オレ、意外と健闘してる。このまま上手くいけばランクインも狙えるかも知れない。
前回のイベントから、この凱旋門のてっぺんに目を付けていた。人知れず登るルートを開拓し、今日という日に備えていたのだ。フジとおっさんには悪いが、ここまであいつらは登ってこれない。必然的にソロでやることになったけど悪く思わないでくれ。ふっふっふ。
広場の四方に建てられた見張り塔。そこに陣取ってた冒険者たちは、すでに土台ごと魔物に破壊され夜の闇に沈んだ。カリアのシンボルであるこの凱旋門は異常な耐久力を誇る。俺の他にも数人この場所に陣取ってる奴がいるが、皆健在だった。
「おらおらー!」
次々と爆弾を投げ落とす。千載一遇のチャンス。ランクインしてあいつらに自慢してやる。
しかし、気になるのはあの黒いドラゴンだ。
最初のブレスで地上の冒険者を蹂躙したドラゴンは、今は大通りを南下し広場からは離れている。なんか無駄にウロウロして動きが変だけど、とにかく無視だ。あんな大物狙うよりも、身の程をわきまえて雑魚を大量に殺したほうが良い。ポイントを稼ぎランクインを狙う。それが今夜の最優先事項だ。
さっきよりも大量の爆弾を投下してやろうと身を乗り出した時、眼下から歓声が沸き起こった。広場全体にこだまする恐怖と混乱の叫び声とは明らかに違う。なんだ?
眼下の暗闇に目を凝らす。
闇を飛び回る影。
一瞬、八丁かと思ったが違う。あいつはそもそも今日はインしてないはず。
なんだありゃ? ものすげえ速い。
その影は次々と敵をなぎ倒し、広場に死体の山を積み上げていく。ほぼ一撃で魔物を仕留めながら、ごった返す冒険者の間を縦横無尽に飛び回る。その一帯だけ、波が引くようにどんどん魔物が消えていく。
闇に紛れる褐色の肌、飛び回り揺れる大きな胸。下品なほどに露出したその格好は流石のオレでもちょっと引く。目をそらしたくなるほどだ。
「どんどんっ!どんどん来いっ!」
その冒険者は歓喜に震えるように魔物に向かって叫びながら跳ねた。ほとんど半裸の姿。たなびく緑のマントだけが鮮やかに暗闇に線を引く。
あのマント、『宝石持ち』か。しかも緑。緑の奴はめっぽう強いって噂を聞いたことがある。翡翠のなんとか。名前はなんだっけ。トッププレイヤーなんてさっぱり縁がないからあんまり知らないけどホントに強いんだな。
爆弾を投下するのも忘れて、俺はその姿に思わず見惚れた。あんな風に動けたら、あんな風に戦えたら、そりゃ楽しいだろうな――。
ひできは両手に持った二本の刀を滑るように操り、次々と魔物を死体に変えていく。流線型の、独特な形をした刀剣。ダンサーの系統が扱うものだが、あんな強いなんて聞いたことない。
うちの八丁とどっちが上かな。どれどれ、と盗賊のスキルで遠くから装備の詳細を覗き見る。うーん……いや……比べるまでもない。恥ずかしながら身内のひいき目だ。全体的な装備も、PSも、あの下品なお姉ちゃんのほうが全然上だわ。世の中、上には上がいるってことですよねまったく。
流線型の刀剣が、月明かりを反射して輝く。数体の魔物を瞬時に切り倒したひできは、一息つくように顔の返り血を拭った。
そもそも比べちゃいけない。あれはリアルの全てをこの世界に捧げないと辿り着けない領域だ。一般人とは違う。でもあいつ、このゲーム終わっちゃったら泣くだろうなあ。御愁傷様ですよ、まじで。
と、心の中で手を合わせた時、すぐ足の下で魔物の唸り声が聞こえた。気付けば下品な顔をしたゴブリンが凱旋門の縁から顔を出している。
いかん、見とれてる場合じゃない。
俺は背中の弓矢を取り出しすぐ足元まで迫った魔物の頭に矢を放つ。脳天直撃で相手はまっ逆さまに闇の中へ落ちていった。危ない。人様のことはどうでもいいから集中だ。よそはよそ。うちはうち。他人は関係ない。
次の獲物は、えーと……
気付けば眼下の魔物は大分減っていた。くそ、あのひでき強すぎだろまじで。広場中の魔物を根こそぎ倒しかねない勢いだ。
ひできは余裕寂々で刀を腰に納めた。いかにも暴れたり無いと言った様子で大口を開けて欠伸をしている。
あいつ、なんかムカつくな。どさくさに紛れて一発食らわしてやろうか、って、あ――
ひできの背後。
割れた街灯の上に一匹の魔物がいる。暗闇と同化するような姿。黒いローブを身にまとった不気味な奴だ。そいつが魔法を詠唱してるのが見えた。多分ひできも、周りの冒険者も気付いてない。いや、気付いててもみんなタゲを確認してる余裕なんて無い。
ローブの魔物の周囲に魔方陣が展開する。ひできは体中の返り血を、そのマントでグイグイと拭っていた。あのマント特殊装備だろ、もったいねえ。多分、狙われてるけど気付いてないよな、あれ。
俺は弓矢を構え、詠唱する魔物に狙いを定めた。余計なお世話かな。まあ大分遠いし的も小さい。当たるかわかんねーし。
風向きを計算。FPSは昔から得意だった。色んなゲームやって、フレンドもたくさんいたけどなんか疲れてやめちゃった。なんだろ、もともと銃の音とかビックリするんだよねオレ。あの頃のフレンドたちはみんな元気だろうか。毎日のように一緒に遊んでたけど、気づけば誰とも連絡は取ってない。世の中そんなもんだよな。
狙いを定める。弓を引く小さな短い腕が軋む。
FPSに疲れて、息抜きのつもりで始めたこのゲーム。弓を射るのが楽しくて、こんなにハマると思ってなかった。
この体も好きだ。実家で飼ってた犬に似てるから名前を借りた。ずっと昔に死んじゃったけど、大好きだった。あいつに義理立てしてるのか知らないけど両親はあれから犬を飼っていない。
頭を撫でた時のあの顔。フサフサの毛の柔らかさ。もうほとんど感触は覚えてないけど、あいつの匂いだけはしっかり覚えてる。
土の匂い。季節の匂い。太陽の匂い。
俺の体もあいつと同じ匂いがしたらいいな、と思う。
俺の最初の友達。なんでも噛みつくから「ガブ」。
弓を射る指は、この上なく滑らかに動いた。
冷静だった。どうでもいい時ほど頭が冴える。いつもこうだったらいいのに。外す気がしない。この感覚、たまにあるこの感覚。言葉に出来ない頭と体の一体感が心地好い。
指を離れて放たれた矢は弧を描き、まさに詠唱を終えようとする魔物の顔面に吸い付くように突き刺さった。
断末魔の絶叫をあげ、闇に溶けるように四散する魔物。
ふ、どうだ、と一人ほくそ笑んだがすぐに気付く。魔物に止めを刺したのは俺の矢じゃない。矢が当たる寸前、振り向き様にひできが放った短刀が敵の体を一瞬速く貫いていた。
いや、そりゃ気付いてたよな……。
やべ、なんか恥ずかしい。
オレはそそくさと身を縮めた。凱旋門の縁からこっそり覗くと、ひできがこっちを見てるのがわかる。見てるというか、なんか睨んでない……? 獲物を横取りすんな、とか怒られるかな。
ひできは辺りを見回した後、一直線にこちらに駆けてきた。
え、なんで、ちょっと……
そして凱旋門の壁に向かって跳んだ。壁にへばりつく魔物を次々と踏み台にし、垂壁を登ってくる。その動きは先ほどと同様、まるで重力無視だ。おいおい、オレはやっとの思いで登ってきたのにそんなやり方ありかよ。
まるで水面から飛び出すみたいに、ひできは月を背景にして俺の目の前に降り立った。仁王立ちで俺を見下ろす。ほとんど半裸の姿にジャラジャラとアクセサリーを付け、近くでみるとよりその品の無さが際立った。
「おい、お前」
「お、おう?」
すっとんきょうな声が出た。落ち着け。どんな難癖をつけられるのか知らんがなめられちゃいけない。ひできと言えども同じプレイヤーだ。絡まれたら言い返してやる。
負けじと睨み付けるオレに向けてひできは口を開いた。
「お前さっきからここにいるだろ? 上から見てて何か気付かないか?」
え、何かって何?
きっと端から見れば、オレはキョトンと口を開けて馬鹿みたいに見えたのだろう。話が通じないと悟ったのか、相手は早口に喋りだした。
「敵の動きが何かおかしい、ってことだよ。いつものパターンと違う。広場の魔物もほぼ片付けたが雑魚ばっかだ。もっとつええのが街中に向かったはずだが、どこに流れてるか上から見ててわかんないか?」
そう言われるとそんな気もしないような気もしないけど……。そもそもパターンとかあんの? 魔物の殲滅に夢中で全然気にしてなかった。
「いや、そこまで気にしてなかったからわかんないな」と素直に答えると、ああ、そう、と一人吐き捨て、ひできは凱旋門の上から辺りを見渡した。
「役立たず」と言われたわけではないがそんな声が聞こえた気がしてなんだか面白くなかった。
眼下を見回し、ひできはやがて街の南側に遠く目を向けた。向こうは町外れ、俺達のギルドハウスがある辺りだ。戦いの激しさを示すように何本かの煙が立ち上っている。
「スラムか……? いや、意味わかんねえだろ……」
そう言って、ひできは怪訝そうに眉を潜めた。
どういうことだろうか。スラムに魔物が多く向かってる? そういえばおっさんたちは下水道に向かうって言ってたけど大丈夫なのか?
俺は思わずひできに向かって話しかけていた。
「ちょっと、スラムがどうしたって? 敵のパターンってどういうこと?」
「さあ、わかんねえけど。ま、イベント仕様なのかもな」
そう言ってひできは再び遠くに目を向けた。自分から絡んでおきながら、話かけられたらめんどくさそうなのが丸わかりだ。
やがてひできはメニューを開き何か操作を始めた。クソ、何してんだよ、さっさといなくなれ。凱旋門に陣取ってる他の冒険者たちもこちらをチラチラと気にしている。トッププレイヤーともなると有名人だ、まったく。
ん?
目の前にメッセージが表示される。
見慣れたその画面には、こう記されていた。
『トゥーファさんからパーティー申請がありました』
え?
なんで?
トゥーファ、そうだ、思い出した。こいつの名前はトゥーファ。翡翠のトゥーファ。
何かの間違いだろうか。いや、間違いに違いない。
不思議そうに固まるオレに視線も向けず、イラついた口調でトゥーファは言った。
「お前盗賊だろ。「鷹の目」が欲しい。魔物を探し回るのもだるいからな。持ってるよな?」
「お、おう……あるけど」
鷹の目とは、飛行型ペットの目を借りて上空から周囲を探索することができる盗賊のスキルだ。入り組んだ街中を、しかも夜間に目視で魔物を探すのは確かに骨が折れる。
「いつものイベントだと思ってたからよ、適当にソロで来ちまった。チャットも使えねえし。お互い効率いいだろ。それに……」
続けてトゥーファが口にした言葉は、予想外に、斜め上の角度から、まるで流星が降り注ぐが如く、俺の胸に突き刺さった。
「こっから先はできるやつと組んだ方がいい」
そう言ってトゥーファはオレの返事も待たず、夜の闇へ躍り出るように凱旋門から飛び降りた。
「……」
トゥーファが姿を消したその暗闇を見つめ俺は立ち尽くしていた。視界のすみにパーティー申請を促す表示だけが明るく光っている。俺の頭にはトゥーファが今、口にした言葉だけが回っていた。
できるやつ。
俺のこと???
YES、NOの表示。迷うことはない。断る理由もない。あいつと組めばランクインどころかランキング上位も夢じゃない。いや、違う。そう言う事じゃない。それも大いにあるけれどそれだけじゃない。
できるやつ。そう言われて嬉しかった。単純に、何だか認められたようで嬉しかった。
俺は目の前の「YES」を選択した。
トゥーファの装備を盗み見るガブ。
ガブ「なるほど、【天邪鬼のピアス】【色魔のビキニ】【へそ曲がりのベルト】【壊死のブーツ】【悪手の手袋】【銭ゲバの首飾り】か……。呪われてんのかあいつ……」
トゥーファ「嘘つくなよ!」




