19 ガーディアン
「魔物が襲ってこない今のうちに僕らにはすることがある。というかこのまま時間が過ぎるのをただ待ってるだけは暇だ。暇すぎる」
下水道の暗がりの中、レドさんがメガネの奥の瞳を輝かせて言う。
「暇潰しにガーディアンの仕様を検証せねばなるまい。ダメージも受けてたみたいだし、パムルゴニアの光のチャージタイムも気になる」
「でもガーディアンってすぐ消えちゃうよね。どうするの?」
別に背中に隠されているわけでもあるまいに、ベルさんがニアの背後をキョロキョロと覗きこみながら尋ねた。
「ほら、それなんだけど僕に考えがある」
と、レドさんはチラリと俺を見た。嫌な予感がする……。レドさんが言わんとしていることは何となく想像がついた。
「嫌ですよ。怖いし」
「お、察しがいいね。流石」
何が流石なのか知らないが、レドさんはつまり俺を犠牲にしようというわけだ。
「ほら、つまりは誰かが、というかフジくんが犠牲になってニアを殴ればガーディアン出てくるじゃない」
「それって殴った人死にますよね。レドさんやればいいじゃないですか」
「いやいや、僕が死んだら誰が蘇生するのさ」
「それはそうですけど」
「と、いうことでフジくん頼みます」
「嫌ですよ。あれ怖いし……」
と、押し問答をしているとベルさんがすごい剣幕で割って入った。
「だめ!ニアちゃん叩くなんて可哀想だよ!」
「じゃあどうすればいいのさー、なんか他に方法あるのー、あったら教えて下さいよー」
自分のアイデアを否定されたからか、レドさんがいかにも嫌味に鼻をほじりながら言った。
「お願いしてみようよ。きっとニアちゃんいい子だからわかってくれるよ」
「お願いって……」
ベルさんはキラキラとした目で俺を見ている。く、俺がやるのか……。ベルさんはこう見えて強情だ。とりあえず従うポーズを見せて諦めてもらうしかない。俺はしぶしぶニアの前に膝をつき、小さな子供に諭すようにして言った。
「ニア、ガーディアンって出せるかな?あの玉みたいなやつ。玉わかる?金色の玉。金の玉見せてほしいな」
「フジくん、なんかその言い方やだな……」
「考えすぎですよレドさん……って、うわ!」
反応は無い、と思っていた。実際何かを期待してニアに頼んでみたわけでもない。が、予想に反して空間にそれは音もなく現れた。
球体が三つ。
空中に固定されたように浮いている。ガーディアンが現れた事よりも、ニアと具体的な意思の疎通が取れたことの方に驚愕した。やっぱり言葉を理解してる。ニアちゃんすご~い、とパチパチ拍手をする呑気なベルさんを横目に、俺とレドさんは目配せをした。言葉は無くとも、その眼差しは事の重大さを物語っていた。
普通のNPCでも簡単な受け答えと、それに準じた動きはできる。店の売り子や鍛冶屋、クエストを与えてくれる兵士、村人、ストーリーを導くキャラクター。
でもそれはあらかじめ決められた役割に沿った行動だ。
玉を見せろ、何て言う曖昧な表現を理解し、行動で返したのはとてもじゃないが信じられない。これもただの偶然だろうか。ニアがただのNPCでは無いという事実が、はっきりと形を成した気がした。
レドさんは三体のガーディアンをまじまじと観察し始めた。空中で静止するそれは機械のようにも生き物のようにも見える不思議な質感をしていた。
「えーとこれは、三体別々のステータスなんだ……。あ、名前もそれぞれついてる。ムー、アガペ、ペテロリュウス。変な名前だなあ。ふむふむ……ムーのHPがだいぶ減ってるけ……ってうわ!!」
何を思ったのか、横からベルさんが杖でガーディアンの一体をこずいた。当然のように発動したパムルゴニアの光がベルさんを貫き、ステータスを覗き込んでいたレドさんの鼻っ柱をかすめて通路の先に一筋の光を残してから突き当りの壁に直撃し、下水道全体を揺らして消えた。
「きゃー!やられたー!」
即死したベルさんは楽しそうだ。ニアは殴れないがガーディアンは躊躇なく殴れるということか……。
「うおお、危ねえ」
突然のことに腰を抜かしたレドさんはその場に下手り込んだ。
「ちょっと、どうしたんですかいきなり」
「わたしも食らってみたくて。ただそれだけ」
「そうですか……」
「あ、フジくん!時間!チャージのタイム測らないと!」
ガーディアンがまとう小さな青い光が、暗がりをぼうっと照らしている。その光は少しずつ強まり、まるで体の内側からエネルギーを束ねるかのように輝きを増していく。パムルゴニアの光をチャージしているということだろうか。
俺は時計を眺めながら、なんかこの青い光、夢でみたことあるな、というデジャヴのような感覚を覚えていた。
◇
ガーディアンを観察した結果、わかったことは三つ。
ひとつ目はそのチャージタイム。実に75秒という半端な時間をかけてパムルゴニアの光は充填された。青い輝きが収縮し、玉の中央に集まるように光が灯ったのがおそらくその合図だろう。
75秒。
それはこの威力のスキルとしては規格外に早いが、その間ニアは無防備になる事を意味していた。
ふたつめはガーディアンの体力。
レドさんが墓参りのようにガーディアンにドボドボとポーションをかけたが、回復されている様子は無かった。おそらく魔法やアイテムによる回復は不可。代わりに数秒ごとに僅かの割合で自動回復している。やはり生物ではなく、機械のような存在ということだろうか。
そしてみっつめ。これは総合的なまとめだが、ひとつめとふたつめを踏まえた結果、とどのつまり、要するに、端的に言えば……
「このガーディアンは……弱い!」
レドさんが口惜しげに拳を握りながら言った。
まったくもってその通りだ。パムルゴニアの光の威力は規格外ではあるが、連発できない上にガーディアンの耐久性もない。勿体無くも一気に放出される超威力の攻撃の後は75秒の無防備な状態に晒される。ガーディアンを破壊しニアを襲うことは、イベント中ではなくても複数の魔物にかかれば容易な事のように思われた。
「75秒のチャージタイムか……。今わかってるのはそんなところかな。あとはニアだよ。異常にヘイトを集める。嫌われ過ぎでしょ。なんであんなに狙われるのかなあ」
レドさんはゴニョゴニョと呟きながらベルさんの蘇生をはじめた。倒れたベルさんの周りを囲いチョークで模様を書いていく。ミレイの蘇生呪文とは違ってこちらはそれなりに手間がかかるらしい。
忙しそうなレドさんを横目に、俺は改めてガーディアンを観察した。
ガーディアンは意外と脆い。HPも回復できず、代わりに自動回復はするがかなりの時間を要する。戦闘中はほぼ無意味だ。レドさんが今言った言葉が頭に引っ掛かる。異常なヘイト。先ほどのギルドハウスの魔物。ニア。パムルゴニアの光――
後ろで気配がした。
振り向けば、通路を塞ぐほどに巨大な影が立ちはだかっていた。二つの巨大な赤い瞳が俺達を見下ろしている。
なんだこの魔物。
闇の中から、空気を切り裂き何かが飛び出す。
俺は反射的にニアの前に立ちはだかった。
やっぱり。狙われるのはニア。
目にも止まらぬその攻撃を俺は弾く。重く、しなるように打ち付けられた一撃は強力だ。
咄嗟の出来事に頭がパニックになる。
俺の背後から放たれたパムルゴニアの光が闇を照らし、魔物を貫いた。暗闇の中、一瞬だけ閃光に照らされその姿が露になる。通路を塞ぐほどに巨大な体躯。毛に覆われた体。俺を見下ろす赤い二つの目。
こいつの正体が何であれ、パムルゴニアの光をまともに食らえば即死だろう。
と、思ったが
あれ?
「フジくん逃げて!」
レドさんの叫びに俺の体は勝手に動いた。咄嗟にニアを抱き上げ、通路を走る。振り向かずとも地響きのような足音がこちらを追い掛けてくるのがわかる。
なんなんだこいつ。確かにパムルゴニアの光は直撃したはずだが、まったく効いていないかのように追い掛けてくる。
「フジくーん!」
遠くからこだまするレドさんの声。それは通路を反響し、何重にも聞こえた。
俺は謎の魔物の影に追われるまま、暗闇の奥へと必死で走った。




