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パムルゴニアの冒険者たち  作者: 不思議OHP
第二章 大襲撃の夜
18/50

18 下水道へ

「のーこった!のーこった!」


 レドさんの掛け声が熱を帯びる。魔物の顔面がすぐ近くにあり、その荒い息づかいに顔を背けたくなる。ニアのビームが打てるようになるのはまだか。そもそも何秒でチャージされるのかすらわからない。


 こうしてる間にもさらに新手が現れるかもしれない。焦った俺は思い切り力を込めて魔物を押し込んだ。このまま壁際まで寄りきって、こいつを外に放り出す。


 一時しのぎだがとにかくニアから引き離し時間を稼ぐのが先決だ。


「レドさん!こいつを外まで押し出すから!そしたら壁ふさいで!」


「お、おうよ!どんとこい!」


 レドさんは壁際まで走りより壁板を持って待機した。


 俺は一旦素早く後ろに引き、相手との間にスペースをつくる。突っ込んでくる敵の勢いでカウンターの張り手を食らわせた。


「フジヤマの強烈な突っ張り!突っ張り!」


 レドさんがさらに盛り上がっているが無視だ。ダメージはほとんどないが敵は僅かに後退した。このまま一気に押し込む。続けざまに張り手を繰り出すと仰け反った魔物はどんどんと退く。


 あと一息──俺は最後の一撃を繰り出そうと渾身の力を込めて、思い切り踏み込んだ。が、バキッ、という乾いた音とともに、体が沈む。


 え、なに?


 体勢を崩した俺を一瞬で跳ね退け、魔物はニアへ向かう。なんだこの床。踏み込んだ拍子に俺の右足は床板を見事に踏み抜いていた。ちょっと、待ってくれ。必死に腕を伸ばし、後ろから魔物のたてがみを掴んだ。ズルズルと引きずられながらも首に腕を回し後ろからしがみついたが、この体勢では魔物を引き戻すことはできない。俺は咄嗟に、ほぼ条件反射でアンカーを発動させた。


「あ!アンカーはだめ!」


 レドさんが叫んだ時にはすでに楔のエフェクトが体を囲んでいた。もう遅い。全身に重力を感じた瞬間、レドさんの言葉の意味がすぐにわかった。


 体の下から音がする。


 軋む床。


 足元がふっと沈む感覚。



 やばい。



 俺はすかさず鎖を発動させて天井の梁に巻き付けた。と同時に、これまで立っていた床が凄まじい音を立て崩れる。床の落下に巻き込まれ、落ちていく魔物。梁にぶら下がった俺の足の下から、土埃が舞い視界が真っ白になる。


「うおおお、また僕の家があああ」


 俺は思い出していた。トントンカンカンと毎夜地下から聞こえていた音。日頃の倉庫管理のだらしなさ故、インベントリが満杯に近づいていたレドさんがここ数日地下倉庫を拡張しようとしていた事を。


 物理法則を無視して無茶な増築を繰り返したおかげだ。昨夜のニアのレーザー、さらには俺のアンカーが決定打となり、いよいよ床の強度は限界に達したらしい。眼下の魔物は、部屋中に詰め込まれたアイテムの海に溺れるようにもがき、暴れ回り、粉々にそれらを破壊しつつも、頭上のニアに視線を向けていた。


 ひとまず何とかなった……のか?


 ベルさんに抱きかかえられるように守られるニアは無事な様子だ。ガーディアンは消えていた。俺は体を振って鎖を揺らし、残った床の端に降りる。


「とにかく下水道向かいましょう!ほらレドさん早く!」


 僕の家があ、と放心状態のレドさんを引っ張り、無理やりに外へ飛び出す。後ろにはベルさんに手を引かれるニア。狂気をはらんで赤く燃える瞳がどこまでも追いかけて来るような気がして振り返ることができず、俺はやみくもにスラムの薄暗い路地裏を走った。





 城塞都市カリアの地下には広大な下水道が網の目のように広がっている。


 内部はいくつかの階層に分割され、巨大なダンジョンの様相を呈していた。幾度かクエストで来たことがあるが、陰鬱な景色が延々と続く上に、細い通路は迷路のように入り組んでいる。


 壁には汚水や謎の染みが付着し不気味な影を作っていた。ネズミ達が物陰から常にこちらを覗き、壁に据え付けられたランプがその影を巨大な魔物のように写し出す。この場所を訪れた冒険者の誰もが口を揃えてこう言った──


 ──とにかく気持ちが悪いから二度と行きたくない、と。


「あ、わたし意外に平気。グラフィック設定最低だからあんまり細かく見えないのよね。ぼんやりした感じ?別にずっといても気にならないかも。わたしの部屋の方が汚なかったりして」


「いや、部屋がこんな状態だったらまずいでしょ……病気なるよ……」


 目の前を歩くベルさんとレドの声が、流れる水音に混じって反響し、どこか不気味に聞こえた。


 俺達は下水道の入口からそれほど遠くない付近をあてもなく進んでいる。モンスター達に出会う事なくここまで着いたのは良かったけれど、イベント終了までの二時間近く、この陰鬱とした場所を徘徊するのも具合が悪い。


 暗い通路に点々とランプの明かりが灯り、壁の謎の染みを照らし出している。水の流れの隙間には何かの死体の骨が見え隠れし、それは下水道というよりも巨大な墓場のように思えた。


「それで、これからどうするの?」


「ひとまずあんまり奥に進まずにミレイちゃん待とうか。ネズミも多いし。一人で合流できないと困るからね。後でぎゃあぎゃあうるさいし」


 レドさんがそう言ったとき、通路の奥を巨大なネズミの影が走り抜け、全員が肩をビクッと震わせた。


「と、とりあえずここにマーカー立てておこう。よし、ミレイちゃん!ここだよー」


 レドさんが指輪に向かって話しかける声が薄暗い下水道に響き、湿ったこだまが反響した。


 「あれ、なんかおかしいな?ミレイちゃーん、ミレイちゃーん……おーい……」


 黙って回復しろー、MPケチるなー、リーダーを敬えー、とレドさんは延々指輪に向かってミレイへの悪口を繰り返すが反応はない。


 レドさんはメニューを開き、しばらく画面とにらめっこした後、ちょっと、これみてよ、と俺に向かってログを見せた。


 そこには 「チャット送信不可」のエラーが表示されていた。タイミング良くピンポンパーンと運営の天の声が鳴り響く。


『ただいま一部エリアの物理的負荷により、ゲーム内通信に不具合が発生しております。繰り返します。ただいま一部エリアの……』


 「どういうことー?ミレイちゃんには今の聞こえてない、ってことー?」


 天の声に質問をするように、天井を見上げながらベルさんが呟く。


 「そういうことだね。逆に聞こえてたら僕の命が危ないけど。イベントだからって張り切って魔物出しすぎなんだよ!運営やってくれたなあああ!」


 拳を握りしめるレドさんの声が通路に反響した。


 これまで、こんな障害が起こることはめったになかった。しかも立て続けに。これまでこの世界は安定して維持されていたはずなのに何かがおかしい。ニアは変わらず虚空を見つめていたが、繋いだ手が少しだけ、ほんの少しだけ強く握られたような気がしたのは気のせいだっただろうか。


「ニア、大丈夫だからな」


「……」


「お、おお、フジくんが頼もしい。普段もそれくらい頼もしければいいのに……」


「やっぱりニアちゃん可愛いから〜」


 レドさんもベルさんも好き放題言っているが、なんと言うことはない。不安なのは俺自身だ。大襲撃。ワープ不可。エリア障害と見たこともない魔物たち。あの黒い竜。そして他でも無いニアの存在。


 ただ漠然とした、誰にも説明も伝えることもできない形のない違和感が胸に沸き上がる。それらを繋ぐ要素も根拠もない。だけど何かがおかしいのは間違いない。


 通路の奥からこちらを覗くネズミの瞳。その赤い瞳が先程の魔物のそれと重なる。物言わぬニアの手を、俺は少し強く握り返した。  


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