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パムルゴニアの冒険者たち  作者: 不思議OHP
第二章 大襲撃の夜
17/50

17 フジヤマ、のこった

 ドラゴンの炎から何とか逃れ、スラムの入口に差し掛かった時、通りの向こうで冒険者と魔物の争う叫び声が聞こえた。もうすぐそこまで敵は迫っている。少なくとも数分後にはギルドハウスまで到達するだろう。


「急ぎましょう!」


 レドさんを促し、いや、半ば強引に首根っこを捕まえ通りを走る。寂れた無人の路地を抜けると静まり返ったギルドハウスが見えた。他の家に比べてすでに廃墟のような佇まいだが、それは元々がボロいのと、昨日のニアのレーザーのせいだ。魔物の姿は辺りには見当たらない。間に合ったのか?俺は祈る気持ちでギルドハウスの扉を開いた。


「ベルさん!無事?」


 声をかけるや否や、炎の矢が俺の鼻先をかすめ、背後のレドさんの顔面に直撃した。


「うおお……お約束すぎるぜ」


 体に燃え移った炎を必死にはたき消しながらレドさんが嘆く。


 部屋の中には杖を構えたベルさんの姿があった。


「ごめんなさい!魔物が来たかと思って!」


 謝るベルさんの背後に、緑の物体が見え隠れしている。炎に包まれもがくレドさんを無視し、俺はその謎の物体に駆け寄った。全身を緑のタイツに包んだニアが、何故か手にキュウリを握りしめて立ち尽くしていた。


「これは……何?」


「河童!」


「そうですか……」


 その格好はさておいて、ニアの無事な様子に胸を撫で下ろした。隣のレドさんはいよいよ巨大な炎の塊と化しているが、とりあえずニアと合流できたことは安心しなければならない。


 魔法で水を噴射してレドさんの消火活動を行うベルさんの傍らで、その河童は変わらぬ様子で佇んでいる。


 ただのNPC、と先程ガブは言ったが俺には何だかそう単純には思えない。元々俺が連れてきたというのもあるが、他のNPCとはどこか違う不思議なところがあるのは確かだ。河童の頭の皿を見ていると、先ほどの鍛冶屋の主人のハゲ頭が思い出された。ニアの正体はともあれ、こんな小さな子があんな風に魔物にやられる様は絶対に見たくない。


 瀕死のレドさんが、びしょ濡れのまま言う。


「とりあえずは良かったけど、さて、これからどうしようか……。おーい!ガブちゃん!生きてるかー!広場の様子はどうー?ガブちゃーん!」


「はいはい、こちら現場のガブですよ」


 レドさんの問いかけに、いかにも面倒そうに答えるガブの声が指輪から聞こえた。


「お、広場はどんな感じ?」


「こりゃひどいわ。虐殺虐殺大量虐殺だよ。さっきのドラゴンの炎で野良組は壊滅だな。とにかく魔物は多いし、暗いし、怖いし、ってあぶね!」


 指輪からは戦闘の激しさを物語るように冒険者と魔物の叫び声がごちゃ混ぜになって聞こえていた。広場の混乱具合が見てとれる。しかし、一体ガブはどこでどうしているのか。


「とにかくここから移動したほうがいいですよね、どこか安全な場所とか」


 自分でそう口にしながらも、このカリアに安全な場所など存在するのかは疑問だった。それはレドさんも同じなのだろう。考え込み、沈黙が降りる。その時指輪から別の声が届いた。


「あー!もう!回復しても意味ないよこんなの!わたしも抜けてそっち行きたいけど、どこ向かえばいい?」


 ミレイだ。


「おおミレイちゃん!来てくれると助かるよ!えーと、そうだなあ……えーと、えーと、えーと下水道!下水道に向かおう!」


「えー、あそこはダメです。まじでダメ。ネズミでるからホント嫌なんですけど……」


 ミレイの声のトーンが明らかにさがった。昔クエストで下水道に一緒に行ったことがあったのを思い出す。小さなネズミが出る度にミレイはぎゃあぎゃあと声を上げ逃げ回り、そのせいで道に迷って散々な目に遭った。


 何かネズミにトラウマがある様な事を話していた気がするが、ただの好き嫌い以上に、危機迫った様子だったのを覚えている。


「ネズミなんて外をうろついてる魔物に比べればかわいいもんだよ!ほれほれ向かうぞ!おー!」


 レドさんはミレイの訴えを無視するように一人で掛け声を上げた。ベルさんが楽しそうに、おー、と一緒になって応じる。


「いや、わたしネズミがホントにだめで……って聞いてます?下水道行くなら行かないです!ほんとですよ!嘘じゃないですよ!」


「マップにマーカー出しとくから辿ってきてね!ミレイちゃんも気をつけて。はい、それじゃ!」


 そう言ってレドさんは強引に会話を終了させた。


「よし、それじゃ下水道向かおう。入口すぐそこだから。いやースラムの住人で良かったなー、下水道まで徒歩1分、ってね」


 なんだその冗談……と苦笑いしか出ないが確かに好都合ではある。スラムにギルドハウスがあって良かったなんて思うのは初めてだ。


 ベルさんがそれじゃお出掛けしましょうねー、とニアの手を引く。まるでお散歩にでも行くようでまったく緊張感が無いが、ひとまずの目的地が決まったことに安堵した。


 さすがにイベントそっちのけで下水道まで魔物は入って来ないだろう。そこで夜明けまで時間を潰せさえすれば……。俺はこれからの道筋を頭に描きながら、扉に向かおうと振り向いた。


 その時──


 視界のすみに黒い影が動いた。


 昨夜のビームで壁に開いた大穴。そこからこちらを覗く黒い影。赤く血走った目玉が闇に浮かび上がっている。三つの目はそれぞれが独立して動き、俺達を見つけた喜びに震えるように爛々と輝いていた。


「魔物!」


 俺が叫ぶより早くその獣は壁の穴に手をかけ家の中に飛び込んできた。


 初めてみる魔物だ。狼の頭に猿の体を混ぜ合わせたような姿。たてがみは乱れ、狂気に歪む口元にはノコギリのような牙が見え隠れしている。


 狭い家の中、距離は近い。普段から敵の目線を読む癖はついている。誰をターゲットしているかは一目瞭然だった。


 その視線は俺を通り抜け、明らかに背後のニアを狙っていた。


 相手が飛び出そうとした瞬間、俺はすかさずタックルをして獣の足に飛び付いた。そのままもんどり打って床の上に倒れる。


 暴れまわる獣をなんとか制そうと押さえ込む。それでも俺のことなど見えていないかのように、魔物はヨダレを垂らし、目を血走らせ、狂ったように暴れ続ける。


 その様子に違和感を感じた。普段なら魔物はすぐに邪魔をする俺にターゲットを移すはずだ。まるで一つの事しか頭に無いように、床に爪を立て、這いながらもニアに向かう。


 それをなんとか防ごうと、揉み合う俺と魔物の脇をもうひとつ、別の黒い影が走り抜けた。


 ──もう一匹いた。そう思った時にはすでに遅かった。


 新手の獣は俺の頭上を飛び越え、そのままニアに飛びかかる。


 レドさんが咄嗟にニアの前に立ちはだかったが、体当たりを受け吹っ飛ばされる。突然のことでベルさんは動けない。


 ──ダメだ、間に合わない。


 振り下ろされた獣の爪はニアを切り裂く寸前、見えない何かに遮られた。水面を揺らす波紋のような、青い光の壁がニアを守るように包みこんだ。


 昨夜と同じだ。前触れもなく、何も無かった空間に三つの球状の物体が浮いていた。音も、重力も無く、ただそこにある。まるで時間が止まっているようにも思える静かな一瞬。


 轟音とともに放たれた三本の閃光は獣を貫き、ついでにレドさんの家の天井も貫き、さらに隣の空き家の屋根も破壊し、夜の空を一瞬明るく照らした後、闇に拡散するように消えた。後には消し炭になった魔物の死体と、目の奥に焼き付いた光の眩しさだけが残っていた。


 おそらくカウンターで発動する超威力のレーザー砲。


 あれほどのダメージを出せる技は、少なくとも俺の知る限りではこの世界に存在しなかった。しかも三発。球体からそれぞれ放たれたパムルゴニアの光はカンストダメージを叩き出し、オーバーキルも甚だしく敵を一瞬のうちに消滅させた。


 その規格外の威力に呆けていた俺の隙を突き、押さえ込んでいた獣がさらにニアを狙い飛び出した。


 しまった。


 何でニアばかり狙われるのか。頭に浮かんだその疑問を、すぐに別の疑問が描き消した。


 再び振り上げられる獣の爪。同じようにガーディアンがニアを守る。すぐに放たれるであろう閃光の眩しさに備えて目を細めたが、その瞬間は訪れなかった。


 あれ?


 二撃、三撃と続けて獣の爪がニアに振り下ろされる。パムルゴニアの光は放たれることなく、三体の球体が身を呈して敵の攻撃を防ぎ続ける。みるみるうちにガーディアンのHPのゲージが減っていくのがわかった。 


「チャージされてない!チャージタイムがあるんだ!」


 まじか。


 レドさんの叫びで我に返った俺は無我夢中で魔物に飛びついた。とにかくニアから引き離さなければ。獣がうなり声をあげ、さらにニアに向かおうとする。なんだこのヘイト。さっきからおかしいだろ。魔物とニアの間に割って入った俺は、向き合う形でそれを制す。こうなったら相撲だ。どれくらいの時間が必要かわからないが、パムルゴニアの光がチャージされるまでこいつを押さえつけるしかない。


 俺は両足を踏ん張り、がっぷり四つの姿勢を取った。


「のこった!のこった!フジヤマ!のこった!のこった!」


 レドさんが応援の掛け声をあげる。


 組み合ってみると尚感じる。こいつはニアにしか向かっていない。体を獣とニアの一直線上に置けば、こいつの動きを制することはそれほど難しくなかった。


「フジヤマ!のーこった!のーこった!」


 レドさんの声が熱を帯びる。


 いや、手伝ってくれよ……と思いながら俺は、魔物を押し戻すためにぐっと力を入れた。


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