16 大襲撃のはじまり
「それでは張り切って行ってみよう!大襲撃の夜!スター……トゥ!」
司会が掲げた腕を振り下ろして数秒、地鳴りのような音が広場全体、いや、都市全体を振るわせはじめた。ざわざわと冒険者の間に動揺が広がる。その音はだんだんと近づき、やがて本当の地震のように地面が揺れ始めた。
ちょっとこれは……
揺れがいよいよ大きくなり、立っていられないと思った次の瞬間、とてつもない音を立てて壁を形作っていた岩石が砕け散り、城塞が一気に崩れ落ちた。
司会の立っていたステージもろとも、最前列で待機していた冒険者を巻き込み、爆発のような粉塵が舞い上がった。司会のお姉さんが持っていた真っ赤な拡声器がくるくると回転しながらその瓦礫の中へ落ちていくのが見えた。
崩壊した壁から、黒い影が津波のようになだれ混んでくる。その影はたちまちに広場内に押し寄せ、冒険者たちが形作る壁とぶつかり合った。その暗黒の津波の正体はこれまで見たこともないほどのものすごい数の魔物の群れだ。
まずいって。
冒険者たちの興奮とも恐怖とも取れる叫び声が響き渡り、広場はごった返しの地獄と化した。至るところで赤黒い鮮血が飛び散り、魔物のものとも冒険者のものともつかない血で広場はみるみるうちにドス赤く染まっていく。
それまで退屈にひしめいていた広場は一瞬にして戦場と化した。
とりあえず前列にいなくて助かった。俺とレドさんは顔を見合せ、広場を背にして同時に走り出した。
俺達は良い。いくら死んでもゾンビのように生き返りこのイベント終了まで戦い続けるだけだ。カリアから出られないにしても嫌になったらログアウトすることだってできる。
だけど、ニアはそうじゃない。
俺達は先ほど歩いてきた広場前の大通りをギルドハウスに戻るために逆走した。なにも言わずともレドさんにも状況は分かっているようだ。
「とにかく走ろう!フジく、うごっ!」
走りながら俺に向かって振り向いたレドさんは正面から雪崩込んできた冒険者の波に激突し、吹き飛ばされ、地面に叩きつけられ、くるくると回転しながら道の脇の屋台に直撃した後、跳ね返った弾みでさらに数メートル滑った末に道の真ん中に飛び出し、冒険達にもみくちゃに踏まれながらボロ雑巾のように倒れ込んだ。
「ぐおお、死ぬ……」
「何してるんですか!」
息も絶え絶えのレドさんを引きずり道の脇へ避難する。
広場から逃げ出す冒険者と、逆に広場へ雪崩れ込む冒険者たちに挟まれ身動きが取れない。その間にも魔物はどんどんと、器から水が溢れ出すように広場から市内へ続く路地へと流れ出ていた。
これはギルドハウスまで戻るのも容易ではない。俺は指輪に向かってベルさんに呼びかけた。
「ベルさん!ベルさん!」
「は~い、なんでしょ~」
呑気な声が帰ってきた。イベントが始まったことに気付いているかどうかすら怪しい。
「ニアを連れてどっか隠れて!地下とか、どこでもいいから!」
「え?何?周りがうるさくて、良く聞こえないよ?あ、今ね、ニアちゃんがすごく可愛く仕上がりそうだから後で写真送るね、じゃそういうことで~」
「ちょっと!ベルさん!」
ダメだ。全然話が通じない。
「畜生!これはベルちゃんに状況を説明するのは無理だな……」
レドさんはそう言ってメニューを開きポチポチと何かを操作している。数秒後、メッセージ受信のアラートが鳴り、『シキュウニアヲマモレ』という昔の電報のような文面が表示された。
「とりあえずみんなにメッセージ送っといたから。ガブとミレイちゃんも見てくれたらいいけど……ほら、あっちの細い路地向かおう!」
レドさんは人混みの切れ間を抜い、這うように路地裏へ向かう。
その時、大通りの脇で筋骨隆々としたハゲ頭で髭面の鍛冶屋の店主が魔物に襲われているのが見えた。
武具の強化を担い、プレイヤーの恨みを一身に受けているNPCである。強化の失敗により装備を破壊された冒険者は星の数ほどおり、勿論俺もその内の一人だ。文句をつけようものなら、たちまちその豪腕で返り討ちにされてしまう。そんな無敵の強さを誇る彼が、魔物の群れになすすべもなくボコボコにされていた。この光景を見たがっていた冒険者は数多く存在するだろう。
普段は衛兵がすぐに助っ人に駆けつけるが、今夜、彼を助けにくるものはいない。どうやら魔物の多さに衛兵も機能していないようだ。
とにもかくにも、急いでギルドハウスのニアの元へ戻らなくては。
俺はレドさんに習い、冒険者たちの足元を必死でかき分け、その暗い路地裏に逃げ込んだ。
クモの巣のように広がったカリマの裏通りは入り組んでいて、巨大迷路の様相を呈している。こんな細い道からギルドハウスの方角へ行けるのだろうか……?
考えていても始まらない。小柄なレドさんは細い路地をどんどんと進んでいく。はぐれないよう必死で後を追いかけたが、道は段々と狭まる。嫌な予感はしていたが無理矢理に突き進んだ結果、やがて鎧が壁と壁に挟まり俺は動けなくなってしまった。
「レドさん!ちょっと待って!」
「うお!フジくん何してんの!」
戻ってきたレドさんが必死に俺の腕を引っ張り、なんとか引き抜こうとする。
「君、壁にハマるの好きだね!鎧脱いだほうがはやくない?」
いや、それはわかっている。先程から試みているが何故か鎧が脱げないのだ。
「なんか脱げなくて……」
「ってフジくん呪われてない!?」
「ええ!なんで!?」
「あ!さっきの大根だよ!あれマンドラゴラ的な奴だから保存方法ちゃんとしないと呪われるんだよ!説明読みなよ!ばかだな君は!」
「そんなこと言われても……お、俺のことは構わずに先に行ってください…」
「バカ野郎!とにかくほら!引っ張るから!」
普段は難なく抜け出せるはずだが、焦れば焦るほどうまくいかない。悪戦苦闘してもがいていると、指輪から声が聞こえた。
「おーっす。いやあイベントすごいことになってんね。ところでさっきのチャットなんなの?」
ガブだ。俺は壁から抜け出そうともがきながら指輪に向かって話しかけた。
「文面の通りだよ!ニアが危ないんだ。ギルドハウスに向かってるからガブも来て!」
「あのチンチクリンを魔物から守れ、ってこと?えー……俺ランクイン狙ってんだけど……」
あからさまに乗り気ではないガブに、レドさんが横から割って入る。
「まだ昨日のこと根に持ってるのか!体も小さいが心も小さいな君は!」
「い、いや別にそういうわけじゃ……ただのNPCだろ、って話だよ!てかそもそもさ、昨日のガーディアンみただろ、あれがいれば無敵だって!」
その言葉にこれまで俺の腕を必死に引っ張っていたレドさんがふいに手を止めた。
「ちょっとレドさん…」
「た、確かに……ガブちゃんの言う通りだ。雰囲気に飲まれて僕としたことが」
「いやいや」
「あんな強いならちょっとやそっとの魔物に襲われても大丈夫だよ。逆に全員やっつけちゃうんじゃない?」
果たして本当にそうだろうか。先ほどからある俺の胸の中の悪い予感。形のないモヤモヤとした、説明もできないただの不安。悪い予感なんて言うものは大抵当たらないし感じたこともないが、昨日から何かがおかしいのは間違いない。
「いやいや、一応急ぎましょうよ、何があるかわからな……」
そこまで言いかけた時、頭上から響き渡った咆哮が俺の言葉をかきけした。
その音はまるで稲妻のように空気を震わせ、都市全体に響き渡る。
あれはなんだ?
路地裏の狭い空を見上げると、月を何かが隠してより深い影が落ちた。
その巨大な魔物の影はぐるりと都市の上空を旋回した後、地響きを立てて広場の方角へ降り立った。城壁の上で燃えるかがり火に浮かび上がる真っ黒なその影は蛇のように頭をもたげ、夜空に向かって一筋の炎を吐いた。
レドさんが目を丸くさせ呟く。
「あれは……ドラゴン……?このイベント大盤振る舞い過ぎじゃない……?」
広場の方角から、冒険者たちの混乱の叫び声が聞こえた。
ドラゴンの種族はファンタジーの例に漏れずこのゲームでも特別な存在だ。そこらの雑魚とは違い、数百人規模のレイドバトルで挑むような強さを誇る。しかもあの黒いドラゴンは見たことがないほど大きい。遠くからでもわかるほどにその姿は禍々しく、恐ろしさを物語っていた。
もう一度広場からドラゴンの叫びが、不吉なのろしを告げるように鳴り響いた。
「あれに襲われてもニアは無敵ですかね……」
「いや、どうだろうね……?って、あ!ヤバい!」
レドさんが俺を置いて逃げようとする。振り向かずとも何が起きているのかは想像がついた。
広場の方向から熱風が吹き込み、瞬間的に空気が乾く。遠くから聞こえる冒険者たちの悲鳴が事態のヤバさを物語っていた。
まずい。
俺は必死にもがき、何とか体を引き抜いた。そのままレドさんの背中を追いかけ走る。何かが爆発したような音とともに、背後からものすごい勢いで炎が迫る。広場で放たれたドラゴンのブレスが路地裏にまで吹き抜けているのだ。街をすべて破壊せんとばかりに迫りくる炎に追われ、俺達は死に物狂いで路地裏を走る。
「うおおおお死ぬうううううう!」
やはりこのイベントは何かがおかしい。




