15 凱旋門広場
「うお、すごい人だかり。ベルさんは来なくて正解だったかもね」
広場にはすでに多くの冒険者が集まっていた。確かにベルさんのマシンスペックではここにいる半分の人間も表示されず、下手すれば処理落ちでフリーズするだろう。
城壁に吊るされたステージを見上げる形で大勢のパーティーがイベント開始を待っていた。城壁の上にはかがり火がいくつもたかれ、夜の闇を照らす。いつもとは違う異様な雰囲気に自然と胸が高鳴った。
「なんかドキドキしますね」
「うん、中学生の頃に行った地元のお祭りを思い出すなあ。夜のお祭りなんてそれ以来だよ。あー、なんか色々思い出して嫌な気持ちになってきた」
「そうですか……」
めんどくさそうなので何があったのかは聞かない。俺達は人混みをかき分け、なんとか二人分収まるスペースを見つけて待機した。広場の冒険者たちは皆思い思いにイベント開始を待っている。パーティーで集まっているものは、談笑に花を咲かせ、作戦を練り、なんとも楽しげだ。たった二人きりの俺達は所在なげにキョロキョロと待つしか無い。
ガブとミレイにも声をかけたが、二人とも今夜のイベントには別々で参加するらしかった。ミレイはフレンドに誘われて。ガブは何故かソロで。レドさん曰く「昨日の一件でいじけてるんじゃないの?」ということだったが、奴は元々一人で行動していることも多い。別段不思議な気はしなかった。
八丁さんに至ってはいまだにログインすらしていない。
「お、あれミレイちゃんじゃない?」
レドさんが指差す先には、人混みに紛れて確かにミレイの姿があった。その姿は一見すると見逃してしまうほどにいつもより着飾り、別人のようだ。周りにいるのは今日パーティーを組んでいるというフレンド達だろうか。
「なんかいつもより気合い入ってますね……」
「うん……」
そのパーティーはどのメンバーもお洒落に着飾り、洗練されているように見えた。ごった返す人混みの中でミレイ達がいるその一角だけ、まるで別世界のように華やいでいる。笑顔で何か話している様子はなんだかキラキラと輝いて見えるほどだ。
俺のへこみだらけのくすんだ鎧がなんだか恥ずかしく思えてきた。イベント終わったら新調しようかな……。
「おいおい、周りの優男はなんだありゃ!胸をはだけさせてないで前衛なら鎧を着なさい!鎧を!おーい !ミレイちゃーん!おーい!」
俺が制止する間もなくレドさんは馬鹿みたいに両手を振って叫びだした。一緒にいるのが恥ずかしい。気付いたミレイがこちらに視線を向けたが、俺達の姿を見とめた一瞬、その表情には氷のような冷たさが宿った。
「ね、ねえ、あれなんか睨んでない…?」
「めっちゃ睨んでますね…」
絶対に、話、かけるな、という無言の圧力を感じ、俺達は人混みの中へそそくさと身を隠す。ミレイはフレンドも多いし社交的だ。彼女には彼女の世界がある。よく考えればこんなギルドにいるのがそもそも不思議なくらいだ。
「ちくしょう、青春を謳歌しやがって!ガブちゃんは行方不明だしミレイちゃんは合コン中だし八丁はいないし、祭りの嫌な思い出は蘇るし、トゥーファの阿保に会っちゃうし散々だよ!」
そう言ってレドさんは口をとがらせる。
まあ仕方ない。みんなそれぞれ楽しみ方があるものだ。
まだ少しだけイベント開始までには時間があった。周りを見回すと、改めて様々な冒険者たちがいるのがわかる。鼻息荒くイベント開始を待つもの。作戦を練っている気合いの入ったパーティー。俺達と同じように少人数で参加している者。
その人混みの一角に、神は死んだ、というプラカードを掲げた一団が陣取り、何やら声をあげているのが見えた。こういうイベントによく出没する運営への抗議デモみたいだけど、半分以上はお祭り騒ぎの野次馬だろう。周りの冒険者もイベントが始まるまでの暇潰しに、一緒になって何やら騒いでいた。
みんな個性豊かな格好をして、思い思いの主張を叫んでいる。その内容は抗議というよりもただの文句だ。
『金返せ、時間返せ、ボス弱体化しろ』
その姿を興味深そうに眺めていたレドさんが言う。
「ああいうのってさ、リアルではみんな政治活動なんてほとんど興味ないんだよ。みんなこの世界のほうが身近で死活問題なわけよね。まあ僕もそうだけど」
確かに。自分だって新聞とか全然読まないけど、運営からの便りは欠かさず見てるもんな……。
抗議集団の中心に立つ男が、神を許すな!と声を上げた。彼が言う神とはつまり運営のことだ。時に傍若無人ともいえる行いをする運営は時として神と呼ばれる。半ば以上皮肉の表現だが、かがり火に照らされた彼のその真剣な表情は冗談とは思えない切迫した何かを感じさせた。
「神様も大変だね。全員が納得する社会ってのは難しいもんだ。ある程度成熟した社会は つまるところ平均化するんだよ。リアルはその方がいいけどね。でもゲームだと刺激がなくなる。つまり端的に言うと、みんなのいうこと聞いてたらゲームはつまらなくなるってことだよ。お、僕ためになる話したなあ」
そうですねえ、と俺はその一団を眺めながら適当に相づちを打つ。一人の男が持っているプラカードに書かれた「パムルゴニアに光を!」という言葉が気になった。昨日のニアのガーディアンとパムルゴニアの光。あの閃光の眩しさがまだまぶたの裏に残っているような気がして、俺は目を瞬いた。
「さらにいうとさー」
レドさんの話は延々続いているが、ほとんど頭には入っていなかった。
ニアとは結局何者なのか。俺達冒険者とNPCの中間のような存在。その上チートクラスのガーディアンを従える。
昨日の庭園、あの場所、暗い通路と突然のバグ、 何かが引っ掛かっていた。
「つまりネトゲにおける神というのはだね、いや、これは現実でもそうか。つまりは『偶然』という不確定で、曖昧な、しかしすべからく根源的な要素に僕らは支配されているのだよ。偶然の出会いが生み出す想定できない物語。それこそがオンラインで繋がることの意味でもあるんだなあ」
ほとんど聞いていないうちにレドさんの話はいつの間にか哲学的な話になっている。
偶然。昨日のバグも偶然なんだろうけどホントにそれだけだろうか。
抗議デモの一団は、周りの冒険者にうるせー!と一蹴されていた。何やら揉み合いが始まり、さらに人が騒ぎ出す。
俺はその様子を眺めながら、一つの可能性について考えていた。世界の名前、誰も知らないあの場所。いくら世界が広くとも、ゲームプレイヤーたちの熱量はその広大さを上回る。どれだけ隠された要素であっても誰かが必ず見つけ暴き出す。ゲームの世界とはそういうものだ。
ニアのいた庭園。ギルドメンバーたちもそんな場所は知らないと言っていた。未実装のエリアという結論に至るのが自然だが、果たして本当にそうだろうか。
「思えば僕がみんなと出会ったのも偶然だからね。懐かしいなあ、ほらあの時の……」
誰も見たことが無い場所、誰もたどり着いたことがない場所が、まだこの世界にはひとつだけあることを俺は、いや、すべての冒険者は知っているはずだ。
「つまりさー、偶然があるから世界は面白くなるってことで」
俺は喋り続けるレドさんの言葉を遮り尋ねる。
「昨日のニアのパムルゴニアの光ってどう思います?」
「え?どうって? 強い、速い、恐ろしいの三拍子かなあ」
「えーと、それもそうなんですけど、パムルゴニアの光、って名前気になりません?」
「そりゃあね。世界の名前を冠するくらいだからめちゃんこ強いよね。それで弱かったら腰砕けだよ。昔のゲームでさ、仲間が命と引き換えに手に入れた究極魔法がとにかく弱くてね。あれは腰どころか全身砕けたね。え?そういうことじゃなくて?」
俺が言いたいのは一つの可能性の話だ。つまり……
「つまりですね。えーと、なんかふと思っただけなんですけど例えばですね、ニアと会った庭園なんですけど、もしかしたら」
「もしかしたら?」
「もしかしたら、極点の、塔の、てっぺんだったりして……とか思ったり……」
根拠も無い。そう思った理由も説明出来無い。ただその考えがこれまでの出来事と曖昧に結び付いて頭に浮かんだだけだ。
俺の言葉の意味を考えるように沈黙した後、レドさんはぼそりと言った。
「……そうだとしたら、つまりニアはか…」
その時夜空に花火が打ち上がり、俺達の話は中断された。
ステージの上にスポットライトが当たる。そこにいるのは司会役の運営のキャラクターだ。他のイベントでも良く見掛ける女性のキャラで、毎回何故か無惨な死を遂げることでお馴染みのお姉さんだ。
「冒険者のみなさーん!こんばんはー!」
真っ赤な拡声器を手にしたお姉さんが夜空に向けて叫ぶ。
その声は広場どころかカリア中へ響き渡るほどの大音量だ。こんばんはー、と答える冒険者たちの返事がまるで波のように広場を揺らした。
「と、いうわけでー!公式イベント『大襲撃の夜』が始まりますよ~!リアル時間で二時間、ゲーム内時間では夜明けまで! この城塞都市カリアを守ってくださいね~!なお、今回のイベントに限り!皆さんにサプライズでーす。事前にお知らせしていた通り、今回はー、趣向を凝らして魔物が入り込むエリアを都市内全域に拡張しまーす!」
司会のお姉さんの説明はほとんど頭に入っていなかった。俺の頭にはレドさんがさっき言いかけた言葉が漂っていたからだ。
『そうだとしたら、つまりニアはか……』
か……
その言葉の続きは予想がつく。
この世界にいる冒険者なら誰もが知っていることだからだ。
司会のお姉さんの話は続く。
「さらに!なんとなんとこれから先は都市内外への移動、およびワープ行為はシステム的に制限されまーす。つまり助けも来ないし逃げられもしない、ってことですよー」
え、ちょっと待て。あんまりちゃんと聞いてなかったけど今何て言ってた?
隣でレドさんがすごい早さでメニューを開き運営からの便りを確認している。眉間にシワを寄せながら俺にその画面を見せた。確かにトップページには『イベントについてのお知らせ』と銘打ち、司会が述べた通りの説明が記されていたが、更新時間は15分ほど前だ。
こんなの知らなかったのは俺達だけじゃない。集まった冒険者たちの間にもざわざわと戸惑いが広がる。
「都市全域って、スラムも、ってことですよね…それってつまり……」
「うん……そういうことだね……」
「もし、仮にですけど、ニアって死んじゃったらどうなるんですかね……」
「NPCは死んだとしても一定時間後には、元いた場所に復活する。そうじゃないと他の人が困るからね。ニアの場合は、多分だけどその庭園?に戻されるんじゃないかな……」
それはつまり、あの場所へ自由に行き来することが出来ない俺達は、二度とニアに会うことは出来ないということになる。
俺達は顔を見合せた。何を言わんとしているかはお互いにわかる。
つまり──
ニアが危ない。
◇
この世界には神話がある。それは冒険の根幹を成す、ただ一つの、シンプルな物語だ。
レドさんが言わんとした言葉の続きはきっとこうだ。
『そうだとしたら、つまりニアは神様』
極点の塔の最上階、そこには世界を創りし女神が囚われている。
ニアこそが、この世界の『神様』だ。




