14 翡翠のトゥーファ
この世界には「英気の宝石」と呼ばれる特殊装備が存在する。
琥珀の盾、翡翠のマント、金剛石の杖、玻璃のティアラ、藍玉の短剣…………
宝石の名を関するそれらの装備は唯一無二。獲得条件が「この世界で最も○○をする」と言うなんともニッチなものであるために、この世界でそれぞれ一人づつしか手にすることができないのだ。
この世界で最も魔物を討伐している者。
この世界で最もお金を持っている者。
この世界で最もクエストをクリアしている者。
この世界で最も多くの犯罪を行った者。
この世界で最も大きな魚を釣った者。
この世界で一番深く穴を掘った者。
この世界でetc……
ユニークスキルの付与された宝石装備。名誉と、賞賛と、自己満足を得るためにその獲得を目指す冒険者は数しれない。
今、俺の目の前にいるトゥーファはまさしく『翡翠』の獲得者だ。その証である翡翠のマントをはためかせ、数百人規模のレイドバトルで先陣を切って戦いまくる姿を何度か見たことがあるが、こんなに近くで接するのは初めてだ。
俺みたいな弱小冒険者はまったく接する機会はない。レドさんと商品の奪い合いをしている姿はなんだか思い描いていたイメージとは違い、ずいぶん庶民的だが……。
しばらく睨みあったあと、翡翠のトゥーファは口を開いた。
「レドなんとか、てめーまだ引退してなかったのか。相変わらずダサいな」
「君も相変わらず下品な格好してるね、トゥーファ」
負けじとレドさんも嫌味を返すと両者の間に目に見えない火花がほとばしる。トッププレイヤーと知り合いだなんてすごいな、と思う傍ら、その並々ならぬ険悪な雰囲気に端から見ているこちらまで冷や汗が出てきた。
「全然見ないからすっかり泣いて引退したかと思ってたぜヘルメット野郎。しぶとく生き残ってるとはな」
「は、こっちはリアルが充実してましてね。君みたいに年中ゲームやってる暇ないんですわー。あー忙し忙し」
「言い訳だけは相変わらずいっちょ前だな。ま、こっちは宝石持ちともなると色々引っ張りだこでね。」
「は、宝石持ち、って……てかそもそもさ……」
『英気の宝石』の獲得者はプレイヤー間では「宝石持ち」などとも呼ばれるが、それとは別に最も一般的に使われている呼び名がある。それは称賛と、尊敬と、嫉妬と、ようやるわという呆れと、その他諸々の、多くは負の感情を込めてこう呼ばれる。
それは「英気の宝石」をもじり――――
「仮にも『英気』が一般人のアイテムを横取りしようとするなんて君は恥ずかしくないのか。ひできはずかし!」
「仮にも、とはなんだ。立派な翡翠のトゥーファ様だ。ま、そもそも俺だって一般人だがな。そういう負け犬根性が負け犬を負け犬たらしめる所以、ってわけだ」
「一般人、ていうかもうこの世界の住人でしょ。その装備やばいよ。ゲームやりすぎでしょ。リアル大丈夫なの君?あ、もしかしてゲームの中に閉じ込められたってやつ?ログアウトできないみたいな?通報しといてあげようか?」
「それって妬み?おっさんの嫉妬ほど醜いものはないとか言うけどまさしくそうだな。顔にもその醜さが出ている。あ、もともと不細工だったなお前は」
二人ともそう会話しながらも握った商品は離そうとしない。
両者の間に関係の溝、暗黒の海溝のような深い亀裂があるのは明らかだ。
「どうでもいいけどそろそろ手、離してくれない?暗黒の波動が伝わってきてなんだかむず痒くなってきたよ。僕までデスゲームに巻き込まれたら迷惑千万なんだけど」
「安心しろ。てめーなんて最初に死ぬモブだ。可哀想なお前に俺からの最後の手向けとして恵んでやるよ。大根を抱いて眠れ」
「こんな気持ち悪いもんいるか!ほれ、買えばいいじゃん、ほれ」
「俺もいらねーよ!お前が触ったもんなんか買ったら手が腐るわ!」
と、両者は同時に手を離し商品を放り投げた。いつのまにか離席から復帰していた店主が目の前の状況を理解できずにオロオロと戸惑っている。地面に落ちる寸前の商品を俺はすかさず拾い上げ、店主に頭を下げた。誠に申し訳ない……。
睨み合う両者。
このままでは斬り合いが始まるのではないかと思われた時、試合終了のゴングを告げるようにもう一度運営のお知らせが鳴り響いた。
──あと15分で公式イベント『大襲撃の夜』が始まります。参加者は凱旋門広場へ集まって下さい。繰り返します、あと15分で──
ちっ、とひとつ舌打ちした後、トゥーファは無言でその場を後にしようと背を向ける。その後ろ姿にレドさんはべーっと舌を出す。アクションがいちいち古い。
去り際、おい、と呟きトゥーファが振り返った。
「八丁、ってまだいるのか?全然みかけないけど。ってお前何してんだよ!」
「あ、いや、いるさ!今はインしてないけど」
「ああそう、あいつに見限られないようにお前もせいぜいがんばりな」
そうしてニヤリと不適な笑いを残し、翡翠のトゥーファは広場へ向かう人混みの中へ姿を消した。レドさんは懲りずにすでに見えない後ろ姿に向かって中指を立てている。
「すごいですね、宝石持ちと知り合いなんて。それも翡翠の」
「ん、ああ……。昔同じギルドにいたからね。八丁も知ってるけど嫌なやつさ。どやる、見下す、バカにする、の三拍子だよ。オンラインゲームの闇を体現したような奴だね。あんな格好して中身おじさんだし。ああはなりたくないよねまったく」
同族嫌悪、という言葉が頭をよぎったがめんどくさいことになりそうだったので口には出さなかった。
翡翠の獲得条件は聞いたところによると、世界で最も多くの魔物を討伐していること、らしい。それはまさしく世界最強を意味する。まごうことなきトッププレイヤー中のトッププレイヤーだ。
なんだか抱いていたイメージとは違ったがやはり宝石持ちはすごい。チラリと目にはいった装備の強さは俺達とは次元が違う。翡翠のトゥーファか。俺には一瞥もくれなかったなあ……と思い少しだけ落ち込んだ。
「嫌な奴に会っちゃったなあ。こうしちゃいられねえ。いこいこ」
そう呟いたレドさんは露天を後にし、広場へ向かう人の流れに消える。後を追おうとした俺を露天の店主が呼び止めた。
何か手を差し出すジェスチャー。
あ、すいません、と手に持ったままだった大根を返そうとしたが、何かがおかしい。よく見れば大根から生えた無数の毛が俺の腕に絡みついている。
なんか毛が伸びてる気がするんですけど……。
「フジくーん、ほれ置いてくぞー」と、通りから急かす声が聞こえる。大根を腕から引き剥がそうとするが中々上手くいかない。店主の視線に耐えかねた俺は仕方なく代金を払い、急いでその場を離れる。くそ、後でちゃんと請求しよう、と釈然としない気持ちのまま俺はレドさんの後を追った。
フジたちが去った露天内で、店主はほっと胸を撫で下ろす。
取り合いが始まった時にはどうなることかと思ったが、とにかくあの大根が手元を離れたことに安堵した。
(あの大根を手に入れてから不幸続きだったような気がするんだよな)
鎧の青年、頑張れ……。と、店主は心の中でエールを送った。
※本編にはあまり関係ありません




