13 城塞都市カリア
城塞都市カリア。
大陸のど真ん中に位置するこの街は、すべての冒険者たちの旅立ちと帰還の場所だ。大陸各所に小さな村や街は点在しているがこれほど大きく栄えている場所はない。冒険者の誰もがこの場所から旅立ち、そしてまたこの場所へと帰る。文字通りの世界の中心、と言っていいだろう。
その巨大な都市のはずれのはずれのそのまたはずれ。人気もない荒んだ路地を俺とレドさんはふたり並んで歩いていた。
ゲーム内時刻は19時。
太陽は現実よりも早い速度で燃え落ちていく。夕暮れの最後の名残がでこぼこの路地裏の道を赤く照らしていた。
「なんかさー、正直さー、謎だらけだよね」
レドさんの声が路地に響く。スラムと呼ばれるこの一角は俺達以外にほとんど人影はない。話は自然とニアの話題になった。
「フジくんに着いてきたけど、特にシステム的に紐付いてるわけでもない。僕とベルさんも連れ出せてお散歩できるし、今だって良い子にお留守番もできる」
「ペットみたいな言い方しますね」
「そう、それ。さしずめ放し飼いの犬よ。あ、これ紐付く、とリードをかけてるんだよ。教えればお手とか伏せくらいはできるかもね」
そう言ってレドさんは静かに目を輝かせた。ベルさんといい、レドさんといい、ニアはこの人たちの好奇心を満たす格好のおもちゃだ。ニアが不憫に思えたが、まあ面白がるのも無理はもない。
あ、それともうひとつ、と言ってレドさんは少し声のトーンを落とす。メガネの奥の瞳に真剣な光が宿った気がして少し嫌な予感がした。
「フジくんが迷い込んだその庭園?のことなんだけど」
どちらともなく自然と立ち止まる。何処か遠くでカラスの鳴き声かひとつ聞こえた。
「知り合いに聞いてみたんだよね。サービス開始から毎日欠かさずログインしてるような奴でさ。僕が知る限り、この世界のロケーションには一番詳しい。その彼が言うにはそんな場所は見たことも聞いたこともない、って。詳しくは話さなかったけど、やっぱり未実装エリア、と考えるのが妥当かな。意外と次の大型アプデあたりでひょっこり実装されたりしてね」
それだけ言ってレドさんは再び歩きだす。
未実装のエリア……。
その言葉を聞いて俺の中にあったモヤモヤが急に形を成したような気がした。水の底に溜まった泥のように胸の奥に沈んでいたもの。その存在には俺自身気づいていたが、見て見ぬふりをしていたと言っていいかもしれない。今、レドさんの言葉によって水の底の泥は巻き上げられ、急に胸の中を濁らせた。
その正体は「このままニアを放っておいていいものか」という不安だ。
俺はレドさんの背中に向かって声を掛けた。
「それなら尚更、やっぱり運営に一応連絡しておいた方が……」
ゲーム内で不具合を発見した場合には報告が義務付けられている。とは言っても今までほとんどバグの類いは見たことも聞いたこともなかった。それほどまでに秩序良く保たれていた世界が最近なんだかおかしくなっているような気がする。後々めんどうなことになる前にきちんと報告しておくことが、この世界で生きる冒険者としてのモラルであるように感じられた。
別にいいんじゃないのーそのうち居なくなるっしょ、と前を歩くレドさんは振り向きもせず呑気に答える。
レドさんと他のメンバーがその事をまったく気にしていない理由は想像がつく。何かあったとしても、どのみち怒られるのは結果的にニアを連れ出した俺だとみんな思っているからだ……。
俺だって本当は報告なんてしたくはない。事実、今日もニアが変わらず存在していることを嬉しく思う気持ちがあった。しかし逆に言えば、情が移る前に心を鬼にして一刻も早くニアを保護してもらうべきでもある。
レドさんはそんな俺の複雑な気も知らず、いや、わざと知らない風を装っているのか「イベント終わったらニアと何して遊ぼうかなー楽しみだなー」とのたまっている。
呑気なものだ……。
今報告しようとすればおもちゃを取り上げられようとする子供のように、レドさんが駄々をこねることは目に見えていた。イベントが終わった後、心苦しいがひとりでこっそり運営へ連絡しよう。
みんなにぶーぶー文句を言われるだろうが仕方ない。うん、それが冒険者としての正しい行動だ。
そう自分に言い聞かせ俺は、子供のようにスキップしてイベント会場へ向かうレドさんの後を、急ぎ足で追いかけた。
◇
すっかり日が落ちる頃、足元は土混じりのひび割れた舗装から、キレイに整備された石畳に変わる。
道の脇にはプレイヤーが出店する個人露店、NPCが売り子をする商店が立ち並び、薄暗い町外れとは違ってたくさんの冒険者で賑わいをみせていた。
鎧に身を包んだいかにも歴戦の強者。Tシャツにジャージ姿の現実とほぼ変わらない格好をした者。アニメのコスプレをした冒険者。ほぼ裸の男。ほぼ裸の女。
中世ファンタジーがベースの世界観ではあるが、思い思い様々な格好をした冒険者たちが大通りには溢れかえっていた。イベントということもあり、普段より明らかに人が多い。
この人出に乗じてギルド勧誘を叫ぶ者もいる。なかには乞食のように道行く人にお金をせびっているものまでいる。ヒューマン、エルフ、ノーム、ドワーフ、獣人、単純な種族の話だけではなく、カリアはまさしく人種のるつぼと化していた。
「あ、ちょっと露天見ていこ。イベントだからなんか掘り出し物あるかもよ」
そう言ってレドさんは人混みをかき分け手近な露天を覗き混む。そのはしゃぎ様はまるでお祭りに来た子供だ。
プレイヤーが直接アイテムを売る露天は、NPCが経営する店やオークションよりも掘り出し物が多い。今日は人手に乗じて店を出している者も多く、いくつも床に並べられた商品を吟味するレドさんは珍しく真剣な面持ちだ。
露天の主であるプレイヤーは操作を放置しているのか、離席表示のまま呆けた顔をして座っている。
俺も並んで商品を覗いてみたが、雑多に地面に置かれたアイテムは素材系が多く、どれが価値のあるものかはさっぱりわからなかった。
「ただのポーションひとつ500Gって高くないですか?」
「こういう店が逆に狙い目なんだよ。適当に値段つけてるからそんな相場になってるわけよ。つまり逆もまたしかり、ってことさ、お!この素材は!?」
何かを見つけた様子のレドさんが鼻息荒く声をあげ、大根のような植物に手を伸ばした。縮れた毛が異常に生えていて、なんだか気持ち悪い。俺にはよくわからない代物だが錬金の素材だろうか。
素早く、一直線に大根を握りしめる──が、脇から現れた別の冒険者の手が、それをレドさんと同時に掴んだ。
「あ」
「あ」
思わず両者に漏れる声。
一瞬の気まずい沈黙の後、お互いにどうぞどうぞ、と手を離し譲り合う。冒険者の鏡だ。俺は二人のその紳士的な振る舞いに感動した。明確な社会規範、ルールが無い世界だからこそ個々のプレイヤーのマナーと優しさと思いやりでこの社会は成り立っている。なんという素晴らしい行動だろうか。
と、感心した矢先、互いの顔を見合った両者は突然競い合うようにもう一度商品に掴みかかった。
「これは僕のほうが先に手をつけた!」
「いや、俺だ!俺のほうがはやい!」
急に始まったアイテムの奪い合い。マナーとは一体何だったのか。しかしさらに驚いたのは相手の冒険者の姿だ。面識は無くてもその冒険者が何者なのかはすぐにわかった。
褐色の肌。巻き毛の金髪。目のやり場に困るほど露出したその格好はほとんどビキニと言っていい。そしてなにより存在感を放っているのは、背中にたなびく深緑のマント。
それはこの世界でもごく限られた者しか手にすることが出来ない装備だ。限られた者、それはつまり──
「てめーヘルメット、ケンカ売ってんのか!」
そうレドさんに喰ってかかったのは紛れもなく、「宝石持ち」と呼ばれるトッププレイヤーのひとり、『翡翠のトゥーファ』だった。




