10 ギルドハウス①
「で、それで街まで戻ってきたと、君はそう主張したい訳だね」
「いや、その言い方、何か疑ってません?ほんとですって」
「なるほど……つまりあくまでも身に覚えがないと、そう言うことでいいんだね?」
「いや、だから、何度も言いますけど向こうが勝手に……」
「ふふ、いかにも誘拐犯が口にしそうな言い訳だね」
「人聞きの悪いこと言わないでくださいよ……」
俺とレドさんはギルドハウスのテーブルを囲んで話をしていた。レドさんの家の散らかり具合は絶妙に心地好く、ギルドメンバーの溜まり場になっている。壁の木棚には一面に謎の小瓶がならび、床にはアイテム素材やイベントで貰った家具が雑多に積み上げられている。適当に板がはられた床は穴だらけ。これ以上散らかしても、汚しても、何なら家を破壊しても罪悪感の起こらない、素晴らしく居心地の良い家だ。
「フジくんてあれだよね。一番無害な雰囲気出しといてやるときゃやる男だよね」
「いや、ですから、勝手に着いて……」
「きゃー!かわいー!」
ミレイとベルさんの黄色い声に会話が中断される。
「おいー!君たち!おにいさんたちは真面目な話してるんだから静かにしてくれたまえよ!」
家主らしく威勢よく声を張り上げたレドさんだったがミレイにキッと睨まれ、あ、すいません、と小さくなった。
ミレイは何事も無かったかのようにすぐ視線を戻し、ベルさんと再び騒ぎだす。
「ねえねえ、あ、これは?ほら、ベルちゃんとお揃いでかわいくない?」
「きゃ~血圧あがる~」
ベルさんの感想はよくわからないが、目の前で繰り広げられる光景に圧倒されながら俺はその様子を眺めた。
さっきの庭園、あの静けさと落差すごいな……
俺達の目の前、テーブルのお誕生日席にはさきほどのNPCの少女がちょこんと座っていた。いや、座らされている。座らされて、これでもかというほどに、いじくり回されている。
かれこれ飽きること無く三十分。取っ替え引っ替えミレイとベルさんに手持ちの服を着せられ、髪を結われ、果ては化粧まで施され、まるで着せ替え人形のごとくおもちゃにされているのであった。
「わたしうちの倉庫にまだまだお洋服あるから後で持ってこようかな~」
「あ、じゃあさ、倉庫の中身呼び出すアイテムあげるよ。家まで戻るのめんどくさくない?」
「え~ありがと~」
まだまだ終わる気配が無い。
「おいー!フジよー!お前生きてたのか!?いつの間に帰ってきたんだ!?水くさいなおい!」
フラフラのガブに絡まれる。
「いや、それ言われるの三回目なんだけど……」
ガブは俺の声が聞こえているのかいないのか、フラフラと部屋の中を千鳥足で歩く。どうやら勝利の祝い酒を飲んでいたらしく大分酔っぱらっていた。
VRヘッドギアは従来のゲームのようなコントローラでの操作を必要としない。直接脳波を読み取り操作をするわけだが、アルコールを摂取すると脳波が乱れ、動きがおぼつかなくなる。つまりはリアルと同じような酩酊状態となる。アルコールの力は現実と仮想の境目を越えて等しく絶対なのだ。
ガブは部屋の隅に倒れ込み、それきり動かなくなった。どうやらまた寝たらしい。
「ずるいぞ君達!さっきから僕も待ってるんだから!いい加減代わってください!」
ついにレドさんがミレイ達に抗議、というか懇願の声をあげた。
「え、待ってるなんて知らなかった。じゃあ順番でーす。並んでくださーい」
「な、なんだと……」
レドさんは立ち上がり、素直にミレイとベルさんの脇へ並ぶ、と思いきや八丁さんがすかさずその前に横入りした。
「うお!ずるいぞ貴様!」
「……僕もずっと待ってた」
「なにー!」
レドさんと八丁さんが順番争いの取っ組み合いを始める。
一体なぜこんなことになってしまったのか……。俺は混沌としたギルドハウス内を眺めながら心の中で溜め息をついた。
◇
あの泉の中に飛び込んだ俺は、気がつけば見慣れた景色の中にいた。
目の前にそびえ立つ美しい凱旋門。四方を城壁に囲まれた、巨大でありつつも閉鎖的な都市。かがり火に照らされる夜の広場は、ひっきりなしに転移してくる冒険者で賑わう。
いつもの街の風景。俺達の冒険の中心、城塞都市カリア。つい数時間ぶりなのにやっと帰ってきたという安堵があった。
俺は生きて戻ってきた。
広場の真ん中で、両手をあげて叫びたい衝動に駆られたが、他の冒険者たちの手前ぐっと堪える。
さてさて、さっさと寝よう。ログアウトのためメニューを開けば、その表示はすべて正常に戻っていた。さきほどまでの諸々がすべて夢の続きであったかのように、いつのまにか何事もすべて元通りだ。俺は安堵の深いため息をつく。
少しだけギルドハウスに寄ってみんなの顔を見てこようか、という気持ちが沸き起こる。正直寂しかったというのもあるが、一向に戻ってこない俺の事を心配してくれているかどうかが気になった。いや、期待するだけ無駄だけど……。
ギルドハウスのある町外れに向かい歩きだす。見慣れたその街並みに安心を感じながらも、先ほどの出来事が頭をよぎる。さっきの庭園、さっきのNPC。何だったんだろうか。庭園の風景に感じた寂しさの名残が、少しだけ胸の中で尾を引いていた。
『ニア』。明日にでも、少し調べてみようかな。もしかしたら俺が知らないだけで何かのクエストで出会えるのかも知れない。もしそうなら暇な時にでも会いに行ってみようかな。あんな所に独りでいるのも可哀想すぎる。いや、ゲームのキャラクターだろ。何考えてるんだ俺は。
ふと気付けば、月が照らすスラムの路地裏には二つの足音が響いていた。
一つは当然俺の足音だ。鎧が石作りの路地を踏みつける、聞きなれた音。その音に混じり、小さな足音がずっと後ろをついてくるのがわかる。
俺が立ち止まれば止まり、歩きだせばまた歩く。
嫌な予感がして振り返ると、俺の背後には案の定、あの庭園の少女が静かに佇んでいた。
街をウロウロするのも忍びなく、そのままギルドハウスに連れていったわけだが……。
先ほどの勝利を祝い、戦利品の吟味などをしてギルドメンバーたちは騒いでいたが、俺が連れ帰ったニアの姿を見た瞬間、一瞬にしてギルドハウス内はお祭りと化した。
レドさんは興味深そうにジロジロとニアを観察し、ミレイとベルさんは「かわいー!」を連呼し、八丁さんはいつも通り黙して語らずながらも、ちらちらとその様子を気にしている。ガブはお酒を飲んでいるのか、顔を真っ赤にして物言わぬニアに絡みまくる。
まあ、こうなることはわかっていた。事態は良くなったのか、さらに悪くなったのか。
そして今に至る。
◇
着せ替えに興じる面々を横目に、けなげに順番待ちをしているレドさんが俺に話しかける。
「気になるのはニアの立ち位置というか、仕様だよね。ほら、女性陣は有無を言わさず着せ替えしまくってるけど、普通のNPCにはあんなことは出来ない。他のゲームで言うところのプライベートNPCというか、それに近い仕様になってるのかなあ。興味深いなあ。はやく僕も着せ替えしたいなあ。羨ましいなあ」
確かに。いや、羨ましいという話ではなく、レドさんの言う通りミレイとベルさんにとっかえひっかえ服を着せ替えられているニアの仕様は通常のNPCとしてはおかしい。
そんな疑問はお構い無しに、女性陣は新しい服を着せる度に「かわいー!かわいー!」と盛り上がり、「妹にしたーい!」とまでのたまっている。
正体不明の存在であるはずのニアだが、この人たち受け入れるの早いな……。
俺はそんなみんなの図太さを、羨ましいような心配なような、複雑な気持ちで眺めていた。
【集中メガネ】
精神を集中すれば、あらゆるものが透けて見えるメガネ。という謳い文句に騙されて大枚はたいた助平は数知れず。なんてことない普通のメガネ。
レド「僕は別にそう言う目的で掛けてるんじゃないから!誤解しないでよ!」




