卑怯者
「……なんだよあれ。あれは卑怯だろ」
「だよな。初級魔法で詠唱を邪魔して勝とうなんて普通はやらない」
「あんなの、まともな魔法戦じゃねぇよ」
今回の入れ替え戦はタクトとカナタの勝利で幕を閉じた。
一方的とも言える試合展開にどよめく会場では、消極的ともいえるタクトの戦法を非難する声が目立っていた。
「……違います。今の戦いはそんなに単純な話じゃありません」
コハルは誰にも聞こえない声で一人呟く。
「あの雷魔法は、同じ等級の魔法で競い合うという魔法戦の常識を覆しました。それだけじゃありません。霧の向こうにあった土壁は、以前見たものより脆くなっていました。おそらく最初から相手の魔法を利用することが前提の魔法」
スカートの裾を握る手に、ギュッと力が入る。
「……最初から最後まで、全てが灰嶋さんの計算通り。勝負を決めたのは水色さんですが、灰嶋さんがそのための舞台を整えたように見えました。——これが二人の戦い方、なんですね。ただ……」
まだざわめいている観客席を見る。
耳に入る声は、やはりタクト戦い方への非難が多いように感じられた。
「……灰嶋さんの強さが理解されるには、まだ時間が必要かもしれません」
コハルはもう一度タクトを見つめると、そっと席を立った。
◇
「灰嶋くん! お疲れー!」
「うん。水色もね」
パチンと手を合わせる。
「なんか、今回は上手くいった感すごくない?」
「……そうだね。事前の打ち合わせ通りに進んだ気がする」
考え抜いた魔法と戦術がハマり、勝利を手にした。
それは喜ぶべきことなのに、タクトの胸にはまだわだかまりが残っていた。
脳裏に浮かぶのは、タクトを睨むヨウカの眼。
そして、ケンシの鋭い叫びだった。
「……灰嶋くん。どしたん?」
ふと気がつくと、目の前にカナタの顔があった。
空色の瞳が、心配そうにタクトを見つめている。
タクトはその視線を正面から受け止められず、目を逸らした。
「いや、なんでもないよ。大丈夫」
「……そう? ならいいけど」
その時、審判を務めていた教員が二人に話しかけてきた。
「対戦相手の二人だが、もう帰ってしまったようだ。挨拶もせんとは……。しかし、良い勝負だったぞ。ところで、灰嶋の分岐する雷はどうやったんだ?」
「……あー、企業秘密、です」
教員の質問を適当に交わした後、タクトとカナタも帰ることにした。
「挨拶なしで帰っちゃうなんてねー。そりゃクラス落ちがショックなのはわかるけどさー」
カナタは口を尖らせている。
「うん。でも——」
やりたいことを何もさせなかった。
そうしたのは他ならぬタクト自身だ。
それが間違いでないことはもちろんわかっている。
「よっぽど嫌な負け方……だったのかもしれない」
靴が砂利を踏み締める音が、やけに大きく聞こえた。
◇
翌日。
「いよいよだね。あー緊張するぅ〜」
「大丈夫だよ。E組の時も問題なかった……わけじゃないか。いきなり模擬戦挑まれたんだった」
「ちょ、直前に不安になること言わないで!」
「……ごめん」
そんなやりとりをしながら、D組の担任に続いて廊下を進む。
「この学園では昇格や降格は当たり前だ。早く慣れた方が良いぞ」
「……ほら、先生もこう言ってる」
「だから、そういう問題じゃないんだなぁ〜」
カナタはしきりに手を握ったり開いたりしている。
その様子を見たタクトが苦笑いを浮かべているうちに、教室の前に着いた。
ドアを開けた教員に続いて、二人はD組へと足を踏み入れた。
「さて、簡単に自己紹介してくれるか?」
「はじめまして。水色カナタです」
パチパチと拍手が鳴る。
先ほどまでの緊張はどこへやら。
ピンと背筋を伸ばし、はっきりと話していた。
タクトはその様子を見て感心した。
「なんだかんだで、決める時は決めるよね。水色は」
その小さな呟きは、クラスメイトたちの拍手にかき消された。
教員に促され、タクトも少し胸を張った。
「灰嶋タクトです。よろしく」
ぺこりと頭を下げる。
しかし——拍手は起こらなかった。
代わりに、ひそひそとした声ばかりが聞こえてくる。
「あれ、あの雷の」
「……卑怯者じゃん」
「わたし、戦いたくないなー」
タクトに向けられたのは、少しの怯えと強い忌避感が入り混じった視線。
それだけだった。




