訓練室にて
「あ!灰嶋さん!」
タクトが訓練室に着くと、管理委員のコハルが出迎えてくれた。
「常盤さん。こんにちは。訓練室借りるね」
タクトは挨拶もそこそこに、ズンズンと訓練室へ歩いて行く。
コハルは、他の利用者がいないことを確認してタクトの後を追った。
「この前の模擬戦、観させていただきました!」
「え、そうなんだ」
一旦足を止める。
コハルのメガネがきらりと輝いた。
「灰嶋さんの魔法、ものすごく面白かったです!」
「……そう?」
「はい!普通なら炎槍を見た時点で水壁を選ぶところを、あえての土魔法!破壊されて自分が傷つくのも気にせず、相手の魔力を削るために使うなんて!」
コハルの声が、少しずつ早くなる。
「しかも最後は水壁で熱量を受け止めた……!あの水壁、最初に使ったものとは厚みも展開範囲も全然違いましたよね?同じ水魔法でも、目的に合わせて構造を変えていたんですよね?」
「う、うん……」
「あとあと、最後の土魔法もです!あの土壁はあえて攻撃力や操作性を捨てて耐久性だけ残しているように見えました!あの場面で必要な機能だけを抽出したんですよね!?」
「……常盤さん」
「はい!」
「ちょっと落ち着いて」
乗り出すようにして話していたコハルの肩をポンと叩くと、コハルは我に返ったように姿勢を正した。
「……すみません。魔法のことになるとつい……」
「いや、大丈夫」
コハルは上目遣いでタクトの顔色をうかがい、そこに嫌悪の色がないことを見てホッと息を吐いた。
「ただ……」
コハルは眼鏡の奥から、じっとタクトを見つめる。
「もっと知りたいです。灰嶋さんが、どうやってそんな魔法の使い方を思いつくのか」
「……それなら、また実験手伝ってもらっていいかな」
「……はい!ぜひ!」
コハルはパッと表情を輝かせて頷いた。
「でも、今日は一人でも大丈夫かな。それでも良ければ見にくる?」
「いいんですか?」
「うん。なにか気づいたらアドバイスして欲しい」
「わかりました!そういうことなら!」
コハルは胸の前で拳をグッと握りしめた。
◇
「なるほど。魔法の分岐実験ですか……」
「聞いたことある?」
コハルは顎に手を当てて少し考え込む。
「ないです。少なくとも、私の知る限りでは」
タクトは軽く頷きを返すと、しゃがみ込んだ。
地面に火球の魔法式を書く。
その様子を見ていたコハルが言った。
「……灰嶋さんの文字って、綺麗ですよね」
「そうかな。みんな同じじゃない?」
「いいえ!一文字一文字が丁寧なのはもちろん、全体のバランスが良いと思うんです。かなり練習したんじゃないですか?」
タクトは地面の文字に視線を落とす。
「魔法式を書くの、好きだったから。小さい頃からずっと」
コハルの顔がほころぶ。
「その積み重ねがこの綺麗な魔法式の秘密なんですね」
「そんな大層なものじゃないよ」
タクトは頬をかくと、顔を上げた。
「それで本題なんだけど、劣化魔法式では中級魔法を削って削って、なんとか発現させたのは覚えてる?」
「はい。必要なところだけ残して、初級魔法とほぼ同じ出力で再現してるんですよね?」
「うん。今回は、初級魔法をさらに削って特化させたいんだ」
「え?初級魔法をさらに削って魔力を節約しても、灰嶋さんにとってはあまり意味がないんじゃ……」
タクトは首肯する。
「だから、初級魔法が持っている機能を削って、別の要素に振り分けたいんだ。例えば、この火球」
先ほど書いた魔法式の一部を消し、新たな文字を書き加える。
「こんなふうに文字を変えて、魔法の形も変える。そういうコンセプト」
「でも、魔法式の形をそこまで崩したら……」
「うん。たぶんこのままだと……」
タクトは地面の魔法式を読み上げ、魔力を流す。
パンッ!という小さな破裂音と共に、魔力が宙に散っていった。
「失敗、ですか?」
「そうだね。この前にやった実験でもそうだったけど、文字列ごとに適した魔力の流し方やタイミングが違うんだと思う」
コハルが首を傾げるのを見て、タクトは説明を続けた。
「今の魔法教育では、なるべく均一に魔力を込めるように指導されるよね。たぶん、今使われている魔法式はそれを前提に作られてる。だから文字や配列だけを変えてもダメなんだ。魔力の流し方や詠唱も変えないと」
「なるほど!でもそれって……」
「うん。組み合わせが膨大すぎて、なかなか大変」
「いや、大変ってレベルじゃ……」
文字の選定、配列、詠唱、魔力の流し方。
一体何通りの組み合わせがあるのか、タクトにも想像できなかった。
「普通に考えれば気の遠くなる作業だね。でも、劣化魔法式の時に少しコツを掴んだ気がするから、なんとかやってみるよ」
魔法式を地面に書き、読み上げては失敗し、また書き変えては失敗する。
隣にいるコハルのことを気にすることもなく、ひたすらに実験へ没頭し始めた。
「試行回数がモノを言う実験ですね。でも、だからこそ灰嶋さんならできるかも……」
以前の実験でも、何度魔法を行使しようとタクトは平然としていた。
「灰嶋さん。がんばって」
コハルはタクトの様子をジッと見つめながら呟いた。




