閃き
「ハッ、ハッ、ハッ」
「そーそー!呼吸を乱さないことが大事!ファイトだよ〜!」
「……そういう水色は、喋りながら走ってるけど?」
「このペースじゃ、あたし的には走ってるうちに入らないし!」
「……マジか」
早朝。
まだ冷たさの混じる空気の中に、二人分の足音が響く。
一つは規則的に、もう一つはやや不規則に。
「それにしても、灰嶋くんがまた走りたがるとはね〜」
「……この前の一戦で思ったんだ。魔力はあっても、体力が切れたら詠唱もままならないって」
頭に浮かぶのはトモエたちとの激戦。
ボロボロになったタクトは、体に染み付いているはずの詠唱を紡ぐことすら必死だった。
「そっか。魔法使いも、意外と体力勝負なんだね〜」
隣を行くカナタの表情には余裕があり、鼻唄でも口ずさみそうだ。
その足取りは澱みなく、一定のリズムを刻んでいる。
「……水色はほんと、体力あるね。何かコツとかあるの?」
「コツ〜? 地道にやるしかないって! 継続は力なりーってね」
「……水色って意外と真面目というか、努力家だよね」
「そんなこと言われたら照れるじゃん! やめてよ〜」
そう言いながらも、カナタはにへらと締まりのない笑顔を浮かべた。
「まぁ……強いて言えば同じペースで走ることが、長く走るコツかな?」
「……どういうこと?」
「だって、走る速度をコロコロ変えたり、止まってからまた走ったりするのってしんどくない?」
なるほど、とタクトは頷いた。
自分のペースを保っている方が楽で、それが乱れたらしんどい。
いつも走っているカナタでも、そこは同じ。
「何か、あと少しで閃きそうなんだけどな……」
しかし、今日は彼の頭に閃きが降りてくることはなかった。
◇
——翌日。
タクトの姿は再び闘技場の観客席にあった。
今日は偵察というわけではなく、アイデアに詰まった頭を少し切り替えたかった。
「今日はB組の模擬戦をやってるのか……」
戦場では中級の魔法に加え、上級の派手な魔法も時々飛び出し、観客を沸かせている。
「やっぱり、上級魔法には上級魔法を当てるよな」
魔法には相性こそあれ、基本的に等級で劣る魔法では対抗できない。
「あれ? なんで詠唱をやめたんだ……? あぁ、中級魔法を中断して上級魔法の詠唱に切り替えたのか。流石はB組だな。相手の詠唱から等級を予測して相殺してるのか……」
第一に等級の差で押し負けないこと。
そして、魔力不足を防ぐためにあまり無駄な魔力を使わないこと。
上級クラスになると、このあたりの駆け引きが必要になるのだろう。
「……でも、中断せずに中級魔法を撃ってたらどうなったんだろう」
タクトが見る限り、あのタイミングならば中級魔法の方が敵の上級魔法完成よりも先に到達するように思えた。
「詠唱途中で攻撃を受けたら詠唱は止まる。なら、止めずに撃った方が有効なんじゃ……」
そこで戦場をよく見れば、お互いの勇者候生が賢者候補生の近くで控えている。
「なるほど。そうなれば勇者候補生がカバーするのか」
つまり、中級魔法は勇者候補生が防いで、カウンターの上級魔法で勝つ作戦だ。
中級魔法の威力に勇者候補生が耐えられず退場したとしても、上級魔法の規模なら敵二人を同時に倒すこともできなくはない。
下級クラスに比べて、魔法の重要性が高い構造になっている。
現に、目の前で行われた戦闘も、結局は魔法を押し通したチームがそのまま勝ち切った。
「でも、僕は上級魔法はおろか、中級魔法すら撃てない。なら、詠唱を止める方向で何か試すしか……」
詠唱だけなら、初級魔法が一番短いから早く撃てる。
勇者候補生にカバーされなければ、相手の詠唱は崩せる。
「どうすれば良い? どうすれば……」
昨日観たD組の試合では、勇者候補生がしっかりと賢者候補生を守ろうとする姿勢は見られなかった。
だから、入れ替え戦までは初級魔法による妨害作戦が通用するかもしれない。
だがそれでは、結局その先で勝てない。
「初級魔法で最速なのは雷かな……あ」
はたと気づく。
勇者候補生は一人。
それなら——
「二方向から攻撃できるように調整できないかな?」
中級魔法から最低限必要な部分だけを残して削ることで出力問題をクリアできたのだ。
だったら、詠唱や魔力の流し方を工夫すれば——
「威力はもっと削っていい。とにかく当てること、妨害することを目的に再設計したら……」
ガタンッと勢いよく立ち上がる。
やることは決まった。
「訓練室に行こう」
タクトはそう呟くと、目の前で行われている派手な魔法戦に目もくれず、闘技場を後にした。




