強さ
「攻撃が止んだ……?」
土塊の影で詠唱を続けていたタクトは、次の炎槍が飛んで来ないことに気づいた。
横から顔を出してみれば、トモエの様子がおかしい。
顔は青白く、少しふらついている。
——攻撃のチャンス。
そう捉えることもできた。
「……とにかく、固めないと」
しかし、タクトは愚直に土塊を重ねることを選んだ。
そうして3枚目の土塊を展開した時だった。
「トモエ!諦めてんじゃねぇー!!」
静寂に包まれた会場を切り裂く、シュンの声。
そして、トモエが詠唱を再開したのが聞こえた。
タクトは小さく苦笑し、息を吐いた。
やがて、トモエを中心にして吹き始めた風が、土塊の裏にいるタクトにも届いた。
熱を持ったその風は、タクトの頬を撫でてひりひりとした痛みを残す。
これまでの攻撃では、こんな現象はなかった。
タクトの頭に警鐘が鳴り響く。
次の攻撃を防ぐには、土塊だけでは足りないかもしれない。
そんな予感があった。
「それなら……」
タクトは土塊から一歩離れた。
空いた隙間に、水壁を展開していく。
先ほど、広範囲を薄くカバーした時とは違い、自分を守れる最低限の範囲に限定して。
ただひたすらに、分厚い水壁を。
「はぁ……はぁ……」
……息が切れる。
身体はダメージと疲労で鉛のように重い。
それでも、彼の口は詠唱を止めなかった。
——あとは任せたっ!
カナタの言葉が、あの笑顔が。
彼を奮い立たせていた。
水壁を築き終えたその瞬間。
——燃え盛る豪炎が、土塊に激突した。
「ぐぁっ!!」
凄まじい熱波がタクトを包む。
直に肺を焼かれているかのような痛みで、呼吸もままならない。
目を開けることすら難しい。
——それでも、タクトの詠唱は止まらなかった。
炎槍は一枚目の土塊を破壊したあとも消えることなく二枚目を貫き、さらには三枚目へと到達した。
それでも二色の炎は消えず、進み続ける。
間もなく三枚目の土塊も砕け、槍先が水壁に到達した——
バシュッ!!
——その瞬間、爆発的に広がった蒸気が戦場を白く覆った。
会場からどよめきが起こる。
視界を遮られ、誰も蒸気の向こう側を確認できない。
タクト、トモエのどちらにも動く様子がなく、戦場は不自然なほどの静寂に包まれていた。
やがて、少しずつ蒸気が消え始める。
徐々に開けていく景色の中、最初に見えたのは……無惨に吹き飛ばされた三枚の土塊とその破片。
そして——その後ろで膝に手を当て、なんとか立っている、タクトの姿だった。
「はっ、はっ」
彼は身体中が泥に塗れ、傷だらけだった。
顔を上げることすらままならない。
それでも、倒れなかった。
「くっ……!」
タクトは次の攻撃に備えるため、気力を振り絞って顔を上げた。
その鮮やかな紫眼に映ったのは——
静かに倒れ伏す、トモエの姿だった。
彼女には傷一つなく、服に埃すらついていない。
しかし、まるで糸の切れた人形のように、動くことはなかった。
審判がトモエに近づき、反応がないことを確認すると、頭上で手を交差しながら声を上げた。
「火谷野トモエ、戦闘不能! よって——勝者、灰嶋タクト・水色カナタ!」
タクトはその宣言を聞き、空を見上げる。
そして……深く息を吐いた。
「そうだ。水色は……?」
カナタを探す。
その紫眼は、戦場の外で跳び上がってはしゃぐ相棒をすぐに見つけ出した。
「……まったく。人の気も知らないで」
強張った口元が、ふっと小さく綻ぶ。
タクトは覚束ない足取りで、カナタの元へ帰るのだった。
◇
華麗な魔法で攻め続け、傷一つ負わなかった敗者。
そして、攻められ続けて傷だらけの勝者。
対照的な二人に対し、会場のどよめきは収まらなかった。
「……すごい魔法だったね」
「最後の赤と青の火はなんだったのかな?」
「中級魔法とは思えない威力だったな」
観客たちは敗者に賞賛を贈り、そして——
「あの野郎、ずっと引きこもってただけのくせに」
「だよな。勇者の子に守られてたし」
「引きこもってただけで、たまたま勝っただけじゃん」
「……引きこもり野郎」
勝者を貶めた。
「なるほど。世間の評価はそうなるわけですか」
観客席で一部始終を見守っていた常盤コハルは、静かに呟いた。
「確かに火谷野さんの攻撃は素晴らしかったです。中級魔法をあれだけ連発する魔力量の高さ。安定した詠唱と照準。そしてなにより、あの最後の一撃……原理はわかりませんが、上級魔法に匹敵する威力に見えました」
メガネをクイっと引き上げる。
彼女の独り言は止まらない。
「ですが、戦術面で灰嶋さんが上回った。初級魔法程度の出力しか出せないはずなのに、守り勝ったんです。普通なら、中級魔法には中級魔法をぶつけないと負けるはずなのに、あの人は発想と工夫でその原則をひっくり返した……」
コハルは制服の裾をギュッと握りしめた。
丸メガネの奥で、深緑色の瞳が輝きを増す。
「面白い……面白いです灰嶋さん!」




